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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第1章〜無能少女と青波学園〜

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曇り空の下

 白く曇っていた視界が開けた途端、地面に倒れる龍の姿と刀をダラリと持った光希の姿が目に入った。


 光希が張った障壁が消えている。それに気づいた楓は憔悴した光希に駆け寄った。


「……おい、障壁から出てくるなって言った筈だ」


 疲労を滲ませる声で光希は言う。楓は障壁があった場所を振り返った。


「消えてるよ。まあ、でも、森神さん? 、がぶっ倒れてるから大丈夫だろ」


 楽観的に楓は口にした。光希は頭が痛いというように顔をしかめる。


「俺はこいつを気絶させただけで倒してない。いつ起きてくるか分からないんだぞ」

「その時はその時さ! ……でも、この龍は一体何なんだ?」


 光希は倒れた龍の姿を見下ろす。


「この森に住む精霊だ。それも高位の精霊だ。本来、精霊には実体がないからおかしいとは思うんだが……」


 ふうん、と相槌を打って楓は龍の横顔を眺める。


「でもこれってさ、独りで戦う相手じゃないよな」


 光希は楓の横顔を見た。きちんと楓は気づいている、この違和感に。


「ああ。それにこの森の森神は九頭龍のはず。一つの頭じゃないんだ」

「んーって、ことは誰か犯人でもいるんじゃないか?」


 楓は言いながらキョロキョロと辺りを見回した。もちろん、まだ森神の結界は解けていないから何も無い。

 霞のかかった空間で、楓と光希はしばらく沈黙していた。


「あ……」


 龍の身体が淡く光り始めた。

 森神の結界が解け始める。霧が晴れ、元いた森が姿を現した。


「結界が解けた? だが、まだ森神はここに……」


 光希は困惑する。楓は龍を指先でつつこうとして光希にギロリと睨まれた。

 ……当然か。


「どうしよう? このまま帰るか?」


 楓は龍を残してすっかり元に戻った景色を確認する。さっきのような危ない気配はしないので、脅威は去ったと判断して良いだろう。


「……そうだな」


 光希が再び口を開こうとしたその時、楓は木の向こうから人の気配を感じた。


「誰だ!」


 楓は鋭く声を飛ばす。光希が一歩前に出て、刀の柄に手を掛けた。


 カサカサと葉擦れの音を立て、木の間から黒髪の少女が姿を現した。少女は綺麗な髪を揺らして妖しげに微笑む。


「お疲れ様、光希」


 開口一番に木葉はそう言った。それで全ての謎がスルリと解ける。ただ一つ、なぜこんな事をしたのかという事を除いて。


「木葉……?」


 首を傾げて楓は木葉に目を向ける。

 光希が頭が痛いという顔をして、刀の柄から手を離した。


「凄いわね、森神をたった一人で倒すだなんて」


 ニコニコしながら木葉は地面に倒れた龍に近づいていく。制服のスカートを押さえながらしゃがむと、木葉は龍の額に触れた。


「倒してなんかいない。なんとか気絶させられただけだ」


 光希は木葉を見下ろす。木葉は龍の隣にしゃがみ込んだまま、光希に向かって不思議そうに首を傾げた。


「あら、随分と正直なのね。KOって事で勝ちでいいのに」


 光希は鼻をならし、木葉を睨む。


「どういうつもりだ」

「どういう? そんなの簡単よ。ただのレクリエーションよ」

「は?」


 楓は思わず声を上げる。完全に理解不能である。光希も訳が分からないというように沈黙していた。


「なによ〜、飲み込み悪いわね。つまり、光希と楓の親交を深めようというワケなのよ!」

「……」


 自信満々に胸を張る木葉。

 今度こそ楓と光希は木葉に置いていかれて沈黙する。


「これのどこが親交を深めるイベントなんだ⁉︎」


 何拍も遅れて楓は叫ぶ。木葉は待ってましたとばかりに説明を始めた。


「光希の実力を楓に見せたかっただけよ?その為に森神さんの頭一つ分を使役してレクをしたの」

「……普通森神をレクには使わないだろ」


 光希が呆れというか諦めを込めて呟く。木葉はお茶目に片目を閉じる。


「だって光希、そこら辺の雑魚なんて簡単に倒しちゃうでしょ? 森神は一人じゃキツイかと思ったのだけど、そんな事も無さそうね」

「別に頭一個分をしばらくの間止めれただけだ」


 ぶっきらぼうに光希は言うが、木葉は微笑みを崩さない。


「謙虚ね〜。でも高校1年生にしては上出来いえ、それ以上だわ。楓、光希の戦闘はどうだったかしら?」

「えっ?」


 突然話を振られて戸惑う。ニヤニヤ笑う木葉と無表情の光希をしばらく見比べる。完全にこれは答えるまでこのままなパターンだろう。


「えっと……、その、すごかった。ドドドドってなってダダダダってなってどっかーんって!」


 擬音語と擬態語しか並ばない説明。木葉と光希は思わず互いの顔を見合わせていた。


「……幼稚園児か、こいつ」

「間違いなくそうね」


 流石に出会ってすぐにおバカキャラとして認定されるのはまずいと思い、楓はそのイメージを払拭すべく努力する。


「で、でも! 相川の動きはすごく綺麗だった。術式の使い所もそうだけど、それ以上に常に的確な行動を選んでいた。間違いなく相川は強いよ」


 光希の無表情が動いた。それが何の感情なのかは分からない。だが、その動きは楓の言葉が光希の感情を僅かに動かしたということに他ならなかった。


「楓ーっ!」


 木葉が何故か楓に抱きつく。楓はその突然さに間抜けな顔をして木葉をくっつけて立ち尽くす。


「え、え、え⁉︎ な、何だ⁉︎ 木葉⁉︎」

「光希、この子ヤバイわ! 天然キラーだわっ!」

「……?」


 木葉の言葉は光希には理解出来ず、木葉はただ一人で悶えている。


 ーーうん、謎だ。


 楓は一人で納得しーー。

 我に返って楓は木葉の関心を逸らそうとして叫んだ。


「ちょ、木葉⁉︎ 森神さん放置でいいのっ⁉︎」

「あ、そういえばそうね……。帰してあげないと」


 木葉の指先にふわりと光が灯る。その指先をスッと横に動かす。淡い紫色の粒子が舞い、龍の身体を撫でた。


「……元いた場所に戻りなさい」


 静かに木葉の唇が動く。龍の身体が光に変わっていく。そして、龍は小さな光のカケラになって風に溶けた。


 楓は息を呑んだ。儚い光はとても綺麗で、宝石のように輝いていた。この世界を支配する力はこんなにも美しいのだった。


「ねえ、光希。あの子の護衛は嫌?」


 溶けていく光の粒を眺めながら木葉は問う。光希は空から目を離し、感情のない瞳を木葉に向ける。


「……護衛なんてやらないし認めない、絶対に、だ」

「本当に?」


 木葉は疑いを声に込めて光希の瞳を覗いた。光希の瞳が微かに揺れる。


「それならどうして楓を背中に庇ったのかしら?」

「……」


 光希はその問いに答えられない。自分でも分からないからだ。護衛は認めない。護衛はやらない。そう心に決めている。

 光希の心に生まれた小さな混乱を見抜いたのか、木葉は妖しく笑った。


「ーー無駄よ。あなたは既に選んだ、天宮楓の護衛になる事を」

「違う。俺は選んでなんかいない」


 咄嗟に光希は否定する。


「そう? まあ良いわ、いずれ気づくわ」


 木葉はそう言って楓の方に意識を向けた。


「ーーで! 楓!」

「へ?」


 どうやらしばらく惚けていたようだ。木葉に呼ばれて意識を現実に引き戻す。


「ごめん、ちょっとボーッとしてたよ」

「それは見てたら分かるわ〜。そんなに綺麗だった?」


 楓はコクリと頷いた。

 まだ瞼に景色が残っている。

 蛍に似た淡い光の舞が薄暗い森を照らす光景。今まで見た何よりも美しかった。


「木葉、凄いね。強い龍を使役するなんて凄いや。木葉も相当な実力者なんだろ?」

「そうかしら? ……でもありがとう、楓」


 少しだけ木葉は嬉しそうに微笑んだ。


「改めて言うわ。これからよろしく、楓」


 楓は笑顔で木葉に答える。


「こちらこそ!」


 木葉は笑顔のまま光希の足を容赦なく踏んづける。入学式と全く同じ光景だ。光希はやはり痛そうに眉を寄せ、渋々口を開いた。


「……よろしく、天宮」

「……よろしく、相川」


 楓も前と変わらず少し顔を引きつらせて言う。

 やっぱり仲良くなれる気がしなかった。


「そろそろ帰りましょうか」


 木葉はニコニコとしながら楓と光希の顔を覗き込む。楓と光希はその何故か怪しい感じのする視線から逃れようと同じように目を逸らした。


「明日から学校ね。そういえば楓、刀は学校に持っていく必要があるわよ」

「なんで?」


 キョトンと楓は目を瞬く。


「青波学園には戦闘訓練もあるのよ。っていうか、それが本当の目的だし」

「……それホント?」

「ええ、そうよね?光希」


 光希も会話に参加させようとしたのか、木葉は話を振った。


「……ああ、五星学園は霊獣や魔獣などに対抗する戦力を育成する為に設立された」


 バカ丁寧に答えてくれる。根は真面目なのだろう。


「そうなんだ……。ボク、全然この世界の事知らないんだな」

「そうね、でもこれから知っていけば良い。そうでしょ?」

「うん」


 半端に霊能力に触れない環境で育った楓は、この世界の仕組みはあまり理解していない。だが、これからはそうも言っていられない。楓は『天宮』の名を与えられた天宮家の人間なのだから。

『無能』の楓にとってはこれ以上無いほどの最悪な状況だ。それでも、木葉や光希が気にしないで居てくれるのは数少ない慰めだった。


 楓は空に向かって伸びをする。


「帰りますか〜」

「ええ」


 楓と木葉、そして光希の三人は歩き出す。

 涼しい風が楓の髪を攫い、なんとも言えない感覚を頰に残していった。


 そして三人を見下ろすのは、今にも雨が降り出しそうな曇天だった。

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