表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第5章〜五星学園交流〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

156/240

術式訓練

楓は頬杖を付き、制服のままプールサイドで溜息を吐いた。


「ひまだな……」


目の前に広がっているのは残念ながら桃色の世界ではない。代わりに激しい術式の撃ち合いが行われていた。


「『凍氷麗華(とうひょうれいか)』!」


美鈴の澄んだ声が響く。

プールが凍てつき、急激に気温が下がる。そして氷上が空に牙を剥いた。針が雑多に氷から突き出し、その上にあるものを串刺しにせんとする。


「甘いっ!『燎原(りょうげん)』っ!」


火影日向が術式を放つ。

小さな炎が氷原の中心で燃え上がり、氷を覆い尽くす。

凄まじい温度変化によって白煙が視界を奪った。


「寒いし……、暑い……」


楓はぼんやりと呟く。二人がすごいということはパッと見てすぐ分かる。だが、至近距離で眺めているのもだいぶ精神が削られるのだった。


「術式の制御が甘いから、霊力の使い方に注意してみて下さいね〜」


呑気に楓の隣で言っているのは例のシスコンだ。今は完璧な教師顔をしているが、あの惨状を知ってしまうとどうしようも無い感覚に襲われる。


「……はぁ……」


楓はもう一度、今度は小さく溜息を吐いた。

ゆっくりと立ち上がり、伸びをする。


術式の訓練はここだけではなく、他の広場などでもやっている。

光希や涼達が術を扱っている所も気になる。


「先生、他の所も見て来ますね」


照喜は振り返り笑顔で楓に手を振った。


「はーい、僕も他の所も回るからよろしく〜」


なかなかに機嫌が良い。日向がいるからだろうか。……まあ、それはどうでもいい。


楓はプールサイドを歩いて囲いの外に出る。

光希達の姿を探してくるりと辺りを見渡すと、すぐに居場所が分かった。というのも、色々と派手にやっているからである。


気持ちの良い風が頬を撫でる。

楓はその心地よさに暇であることをしばらく忘れて道を歩いた。


今日の夜会が楽しみだ。


楓は初めてのパーティーを想像して頬を緩ませる。今は夏美は会議に出ていていないが、夜会になれば一緒に楽しめるだろう。


天宮楓の披露宴でもあるのだということを完全に綺麗さっぱり忘れ、楓の足取りは軽くなる。


突然、地面を轟かせて大きな音が鳴り響き、楓はピクッと肩を震わせた。音の方を見るが、予想したような煙などの破壊の様子は感じられない。


楓はその方向へと駆け出した。




***




「どうだー!私達の結界はそんなのじゃ破れないのだあ!」

「笹本の結界は流石の相川でも破れないんだぜ」


ドヤ顔の笹本の双子が立っている。光希は額を拭い、苦笑した。


「そうだな、流石だ」

「僕も光希と手合わせ願いたいかな〜」


涼は微笑む。そこで涼はこちらに向かってくる楓の姿を見つけた。


「楓ー!」


楓は顔を輝かせて手を振る。


「やっほー!」

「やっほー!楓!」


夕姫が眩しい笑顔で楓に駆け寄った。


「どうかしたの?」

「いやー、暇だったからさ、ボクもみんなの術が見たくなったんだ」

「なるほど〜!」


夕馬が会話に参加する。


「だったらさっきのやつが凄かったんだけどな」


夕姫が夕馬の言葉にうんうんと頷く。


「光希の『烈火爆散(れっかばくさん)』を私達の結界にぶつけてね!それでね!」

「それはもう綺麗さっぱり封殺されたぞ」


光希が肩を竦める。楓は明るく笑った。


「あははっ、夕姫達凄いじゃないか」

「そうだな、笹本の双子の名は伊達じゃない」


光希はそう言って小さく笑う。


「当たり前ではないか〜!」

「その通り!」


ハイテンションな笹本二人組は胸を張る。光希は苦笑いをして二人を眺めた。その顔に、楓は光希がこの訓練を割と楽しんでいることに気づいて安心した。


「それで光希、僕と手合わせしてもらっても良いかな?」


涼がニコニコして首を傾げる。光希は無表情になって頷いた。


「ああ、断る理由はない」

「久しぶりだな、光希と術だけで戦えるの」


涼が笑みを溢した。光希は涼に背を向け、距離を取る。ハイテンションな双子は一旦黙って涼と光希から離れた。


「けっこー離れないと危ないよ、楓」


夕姫に促され、楓も後退する。

距離を取り向かい合った光希と涼の間の空気が張り詰める。戦闘体勢を取ったというところだ。その姿からはどちらが強い、などという情報は全く伝わってこない。せいぜい楓に分かるのは、二人が並外れて凄いということだった。


「なあ、笹本。相川と神林、どっちが強いんだ?」


夕馬に聞いてみる。夕馬は眉を寄せ、それから口を開いた。


「うーん、光希もすごい強いんだけど、術式だけだったら涼が一枚上手かもしれないな」

「へえ?」


楓には少し意外な答えに、夕馬に更なる説明を求める。


「なんていうかな……、涼は」

「「戦うのが(うま)いんだよ」」


夕姫と言葉が重なる。夕馬が台詞を盗られたせいか若干迷惑そうに顔をしかめ、夕姫が意地悪くニヤッと笑う。


「それは見たらきっと私達が思ってることが分かるはずだよ」

「なるほど……」


そう言われて楓は光希と涼に意識を向けた。


二人は静かに立っている。

そして始まりは突然だった。


光希の目が真っ直ぐに涼を捉える。空気が歪み、幾つもの風の刃が放たれた。涼の身体を取り囲むように刃は進む。だが、涼は避けようとしない。


光希は無表情で更に術式を放つ。


「『刃羽斬はばきり』」


白い羽が舞い上がる。一枚一枚が圧倒的な破壊をもたらす術式を、何の躊躇いもなく光希は使った。涼もまた、一切動揺しない。


さっき光希の『かまいたち』が空を斬り裂いて生まれた微かな気流に乗って白い羽が涼へと向かう。


「危ない……」


楓は思わずそう呟いた。あの術式の脅威は身を以て知っている。そんな術式を躊躇いなく放ち、避けようともしない二人の考えていることが分からなかった。


涼が小さく笑みを浮かべた。

同時にその周りを緩やかな炎が包む。


「『刃羽斬り』の軌道が変わった……⁉︎」


夕姫の驚きが隣から伝わってきた。


おそらく気流によって『刃羽斬り』を操っていた為、熱せられた空気に羽が舞い上げられたのだ。

光希の制御から術式が離れ、白い羽が風になって霧散する。

だが、光希は予想済みとでもいうように顔色を変えずに次の行動に移った。

同時に涼が動く。


氷の弾丸が涼の周りに現れた。涼はそれらを全て光希に向けて放つ。

光希は即座に防御に転じ、障壁を展開して弾幕を防ぐ。


「発動速度が半端ないんだよなー」


夕馬が二人の攻防から目を離さずに言う。

楓は同じく視線を離さずに夕馬に尋ねた。


「術式名って言うやつと言わないやつがあるのか?」

「うーんとまあ、それは術者の技量によるな。俺はあいつら程の技術が無いから、精々初歩の術式しか術式名を省けないぜ」

「楓も授業で習ったから知ってると思うけど、術式っていうのはイメージが大事だからね。術式名を言うのはイメージをしっかりさせるため!だから、熟練度に応じて術式名の省略ができるの」


夕姫が夕馬の説明を補足する。楓は頷きながらまとめる。


「つまり、使い慣れてる術式ほど、速く術を放てるんだね?」

「そういうこと!でも、その家に伝わる秘術なんかだと、そもそもが複雑だから術式名を言うのとか、詠唱とかが必要になることが多いんだよ」

「へぇ……、なるほど」


楓は分かりやすい説明に納得して、高度な術式戦闘を繰り広げる空間に集中し直した。


氷の弾丸は光希の展開した障壁に弾かれる。だが、それはまだ原型を保っている。

つまり氷の弾丸はまだ涼の制御下に置かれているのだ。

涼は握っていた拳をパッと開く。


そして氷の弾丸は粉々に砕け散った。

細かな水の粒子は霧となって視界を奪う。


白い霧の中を閃光が走った。

光希は再び障壁で『雷火(らいか)』を防ごうとする。しかし、涼の霊力が含まれた霧が術式の構築を阻む。


「くっ……」


『雷火』自体を避けても、霧に囲まれている今、霊力の霧ごと爆破される。

『かまいたち』で活路を開こうにも、こう視界が奪われてしまっては安易に放つことができない。

何しろ、事故でも楓を傷つけることはあってはならないのだ。もちろん楓なら、完璧に避け切ってくれるはず。だが……。


「……降参だ」


光希はそう口にした。

途端に霧が晴れる。涼が笑顔で無表情の光希を見ていた。


「また僕の勝ちだね、光希」


光希は肩を竦める。


「そうだな、お前には勝てない」

「……って言っても、本気の真剣勝負なら僕に勝ち目なんて無いけどね」


全く悔しくなさそうに涼はさらりとそんなことを言った。光希は観戦していた楓や笹本兄妹を見る。


「凄かったな!神林も相川も!」


楓は目を輝かせて二人に詰め寄る。


「神林の戦い方、前にも見たけどやっぱりすごい!術式のエキスパートって感じでさ!」

「そう言ってもらえると嬉しいな、楓」


涼は笑みを溢し、楓を優しい眼差しで見つめた。興奮気味の夕姫がそこに割り込みをかける。


「すごかったよ!いつ見ても憧れる!」

「ありがとう。でもやっぱり実戦は光希を見習った方が良いと思うよ」

「うん!光希もすごいもん!だから私も頑張って強くなる!」


夕姫は決意を語って拳を握る。涼はそっと頷いた。


「夕姫ならきっとなれるよ」


コクリと夕姫は強く頷き返した。


楓は不意に何か大きな気配を感じ、振り返る。光希も少し遅れて楓が見た方向に目線を向けた。


「あれは……」


少し離れた場所にいる少女の周りを桃色の光が舞っている。ふわふわと、何の意思も持たなさそうな動きでしばらく浮遊した後、光は何かの形を編んでいく。


「霊鳥だ」


光希が光が形作ったものの名前を呟いた。

霊鳥は自らの意思を持ったように、キョロキョロと首を動かす。


そして、こちらをじっと見た。


ぼんやりとした光の塊の視線の先など分かるわけがない。だが、楓には見られた、という感覚があった。


「相川……、あれは一体?」

「羽柴の精霊だ」

「精霊?あれが?」


楓のイメージでは光希の青龍しか考えつかない。青龍と比べると、明らかに劣っているのは明白だった。


「……相川の青龍の方がずっと綺麗だ……むぐっ⁉︎」


心の声が漏れてしまった。光希が血相を変えて楓の口を塞ぐ。


「……それは機密事項だ、下手なことを言うなバカ」

「うう……、バカとはなんだ、バカとは……」


ぶつぶつ言ってみるが、こればかりは自分が悪いので黙るしかない。


『我と、あんな下位の精霊を比べられては困るぞ』


どこからか声が聞こえた。光希が今度はうんざりした顔をする。


「良いから黙れ。……お前が一番危機意識が低い」


ムッとした気配が届いた。


『我だって、もうちっとは派手になぁー』

「止めろ」


即座に光希が斬って捨てる。青龍が両手(?)をツンツンさせて拗ねる姿が目に浮かぶ。


『……酷いではないか……』


青龍が恨みがましく呟くが、光希は無視を決め込んだ。


「……羽柴になら気づかれるかもしれない。だから出てくるな」

『ふむ、それはどうだかな……。九条の紛い物に我が知覚できるかはいささか怪しいぞ』


楓はその言葉に引っかかり、聞き返す。


「……九条の紛い物?」


光希が目を見開いた。


「青龍の声が、聞こえるのか?」


楓はキョトンとして頷く。青龍が楓にも聞こえるように話しているのだと思っていたが……。


『我の声を天宮楓にも聞こえるようにしたのだぞ』


得意げに青龍が解説を入れてくれた。


「……そういうことは勝手にやるなよ……」


光希が頭を抱える。楓は思わず笑ってしまった。意外と、無愛想な光希にはお似合いの精霊かもしれない。


「二人とも何話してるの〜?」


突然涼と話していた夕姫がにゅっと顔を出す。


「うわっ、……びっくりしたぞ、夕姫」


瞬きをして楓は夕姫に笑顔を向ける。そこで青龍は喋るのを止めてしまった。


そして青龍の言葉はそのまま忘れられた。

忙しくて一週間に一度くらいの更新頻度です……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ