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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第5章〜五星学園交流〜

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10本家会議

「ーー改めて、今年度の10本家会議を始めようと思う」


円卓を11人の本家当主が囲み、本家会議はこうして始まった。

相川家、荒木家、水源家、火影家、笹本家、神林家、光神家、羽柴家、風間家、如月家、そして天宮家。

序列10位までの本家に加え、それらの上位に位置する天宮家が一堂に会するこの機会。それは、一年に一度だけであり、欠かすことのできない大事な会合であった。


着物に身を包んだ老人が重々しく口を開く。


「さて、それぞれ報告を始めて貰おうか」


10本家に名を連ねるということは霊能力者の家系にとってこの上ない名誉だ。しかし、それには責任が伴う。10本家はそれに加わる栄誉を得たその瞬間から、五星結界の外の防衛という任務が課せられる。


五星結界は外の霊獣や魔獣を寄せ付けない為の結界ではあるが、完璧ではない。

15年前に世界の形が変わってしまってからというもの、日本の大地は歪み、霊獣や魔獣が蔓延るようになった。


10本家の任務は五星を中心として日本、今では国家ではないが、という人間が生存できる地を守ることなのだ。


「荒木家の管轄では、特に問題は起こっていません。北方の山脈では例年よりも雪が少ないのが少し気になります。そして、何より、霊獣の出現率が例年よりもやや多いです。ですが、管轄地を削られる程ではありません」


夏美は淡々と報告する。荒木家が受け持つのは北側だ。


「風間の管轄でも変化はほぼありません。ですが、荒木さんが仰ったように、霊獣の数は増えております」


風間家当主はそう告げる。


「私の管轄でも、霊獣の活発化は見られます。海の方でも凶暴な霊獣は確認される頻度が増えていますね」


水源泉みなもと いずみはおっとりとした雰囲気を漂わせ、微笑む。しかし、この円卓を囲む空気は張り詰めたままだ。


「……霊獣に加え、魔獣も増えました。呪詛を撒いているので、領域には侵入されていません……。ところで、笹本さんにお聞きしたいのですが……、結界の効力は落ちていたり、しませんか?」


気怠げな声で報告をする如月家当主に、笹本家当主、笹本勝則ささもと かつのりは訝しげな視線を向けた。


「自分の管轄は正常に保っていますが、……確かに、広範囲結界の効力は少し落ちていますね。術式は変えていませんし、使っている霊力量も変わりません。……その理由がお分かりになるのですか?」


如月慎也きさらぎ しんや、如月家の若当主は首を振った。年にしてまだ二十五歳。夏美の次に若い当主である。


「……残念ながら。実を言うと、こちらの呪詛の効力も、落ちているのですよ……。笹本さんは大規模な術式をお使いになっているのでもしかしたら……、と思ったのですが、やはりそうでしたか……」

「霊力の力場が不安定なのではないでしょうか?」


そう口を挟んだのは羽柴家当主、羽柴弥生はしば やよいだ。羽柴家は15年前に九条家が滅んでから本家に上がった新参の家柄である。


「精霊達にもざわつきが目立ちます。彼らは言葉を持たないので、正確には分かりませんが、霊力が安定していないみたいです」


普通、精霊は言葉を持たない。青龍、つまり四神のような最高位の精霊は別だが、それは圧倒的に少数派だ。


「全体として霊獣や魔獣の活発化と霊力の力場の不安定が問題ということになりますなぁ」


恰幅の良い男が髭を触りながら話をまとめる。


「……相川さん、どう思いますか?」


火影家当主は躊躇いながらもさっきから会話に参加しようとしていないみのるに話を振った。空気がピキリと凍る。

みのるはニコリと微笑み、口を開く。


「そうですねー、色々な場所を見てきましたが、その2点はどこでも共通して当てはまっているようです。なので、それらには早急に対処する必要があると思います」


みのるの言葉はもっともな事だ。


ーーだが


みのるを見る当主達の目はとても冷ややかだと夏美は感じる。


相川家は本家と呼べるものではない。『異端の研究』によって生み出された血統。そしてその血を引くのはここにいるみのると光希だけ。もちろんそんな家に分家は存在せず、五星外の防衛任務は課せられていない。

ただ、その身を天宮家に捧げ、あらゆる地に赴き戦うのがその使命だ。それは、五星外の管轄地だけを守れば良い他の家とは比べ物にならないくらい過酷な定めだった。


ーー相川はただの戦闘兵器だ。


夏美もその事は当然知っている。

だが、他の当主のように『戦う道具』だとは思っていない。……思えないのだ。


相川家の不遇な扱いに微かに胸が痛んだ。その感情をすぐに夏美はゴミ箱に捨てる。この感情は荒木家当主の荒木夏美には必要ない。


「天宮様、どう対処致しますか?」


夏美は響く声で、静かに報告を聞いていた健吾に尋ねた。健吾は小さく顎を引く。本家当主達は全員その注意を健吾に向けた。


「……生徒会の方からも報告があったが、五星の結界にも僅かに霊力の乱れがあるそうだ」


ざわりと空気が揺れる。


「五星も、ですか?」


神林信之かんばやし のぶゆきが確かめるように聞き直す。


五星の結界に違和感が生じるということは今まであったことのない現象だ。それが意味するのはこの今の体制が揺らいでいることに他ならないのである。いかに本家当主であれ、動揺は隠せない。


健吾は顔色を変えずに頷く。


「どの学園も霊力に違和を感じているようだ。注ぐ霊力量は例年と変わらないか、それ以上。だが、今までよりも強度が僅かに落ちているそうだ」

「全体として、霊力が安定していないということが裏付けられたことになりますね」


指を顎に当てて、水源泉は呟いた。


「しかし、それでは我々には対処できませんな」

「……光神さんの言う通りです。……僕達にできるのは……、せいぜい防衛に回す力を増やすことだけですね……」


如月慎也は気怠げに腕を組んだ。


「現在、これに対処できる能力を持つ天宮はいない。……そもそもこの場合、霊力自体に問題がある。今の方針としては、防衛を強化し、原因を探す、そういうことになる。また、霊獣と魔獣の出現頻度が高いことから、五星学園の生徒達の強化を進める」


それが妥当な判断だろう。だが、最後の生徒の強化を進める、という方針には他にも理由があるように思える。


夏美は鋭く健吾の顔を観察し、何の収穫も得られずに諦めた。


だが、健吾は気づいているのかもしれない。……五星結界が崩壊する可能性に。


「分かりました。私たちは防衛に回す戦力を増やすことにします。……ですが、先日の青波学園で現れたような魔獣が現れると、対処しきれないかもしれません」


羽柴弥生は不安を顔に出して言う。それに何人かは頷いて同意する。


「その場合、『九神』を派遣する。早急に連絡しろ」

「はい」


『九神』を派遣する、というのは相川を戦場に送り込むのと同意義である。


夏美は目を細め、誰にも気づかれないように小さく息を吐き出した。


「ところで、一つ、天宮様にお聞きしたいことがあります。よろしいですか?」


風間直樹かざま なおきは細い目をそっと持ち上げる。


「聞こう」


一瞬の沈黙の後、直樹は声を発した。


「天宮楓、彼女は一体何者ですか?」


円卓にこれまでにない緊張が走る。微笑んでいた水源泉でさえ笑みを消し、みのるは健吾に視線を向ける。


これこそがまさに、霊力の揺らぎよりもよっぽど重大なことである。


しかし、この質問は地雷にもなり得る。天宮健吾の機嫌を損ねる可能性も大いにあった。

静かに全員が健吾の答えに耳を澄ます。


「……天宮楓が『天宮』なのか、という質問については肯定しよう。そして、彼女については今宵の夜会で触れることにしている。故に、現在は答えられない」


この発言によって本家当主は否が応でも夜会に出席することになる。夜会での発表は正式なものとなるのだから。


「……なるほど、それでは夜会を楽しみにするとしましょうか」


微笑みの戻った顔で水源泉はそう言った。


「……それでは、次の話に移ろう」





***


10本家会議が終わり、夏美は会議室を出た。一番遅く部屋から出てくる相川みのるを扉の横で待つ。

他の本家とは違う相川家と接触するのは本家当主としては些か外聞が良くないのだ。


「……これで良いんですか?先生」


夏美は荒木家当主としてではなく、ただの荒木夏美として口を開く。相川みのるは光希、涼、楓の他に夏美の師でもある。


「構わないよ、夏美」


みのるは微笑む。その表情には見事に憂いも迷いも映されていない。


「……それが私の、相川の生き方だ」


その言葉がどうしようもなく哀しく聞こえた。夏美は目を大きくする。


「これから戦闘が増えます。先生は……、きっと何度でも戦場に立たされる。そして……、光希も」


みのるはどこか遠くに視線を向ける。それの瞳はどんな未来を見ているのか、夏美はとても気になった。


「……光希は、きっと……」


みのるが何かを言いかけて途中でやめてしまう。


「きっと……?」

「いや、何でもないよ。……夏美も、これからもそのまま生きていくつもりかい?」


みのるの、光希と同じ色の深い青みがかった黒い瞳が、痛いくらいに夏美の瞳を捉えて離さない。夏美はスッと明るい茶色の瞳から感情を消し、冷ややかに微笑んだ。


「……それが私の、荒木家当主としての在り方だから。私は迷わないし、躊躇わない」

「そうか……」


みのるが哀しげに微笑んだ。


夏美は二つの姿を使い分ける。

明るく表情をコロコロ変える無邪気な少女の姿と、無慈悲で冷徹なもう一つの姿。

どちらがその本性か、などと分けることはできない。

だが、夏美が明るいただの少女でいられる場所は、もう楓や光希達といる場所しか残されていない。


……そしてきっと、それもいずれは失われる。


戦闘兵器としてしか見られず、ただ終わりなき戦いに身を投じ続ける相川の姿と、仲間に悟られずに己の心を封じて冷徹な当主であり続ける夏美の姿。

どちらが哀しいのか、それは誰にも分からない。


二人の間に降りた沈黙を、みのるは静かに断ち切った。


「また、本家会議で会おう」

「……はい、相川さん」


そう答える夏美の声は荒木家当主のものだった。


どうやら夏美は色々とワケありのようです

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