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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第5章〜五星学園交流〜

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みのるの憂い

模擬戦が終わり、それぞれみのると照喜から癖や修正点を告げられた。

それを中心に今は訓練をしている。

術式の訓練は明日一日使うらしく、今日は一切触れる様子はない。


……要するに楓は明日、ただの暇人になるわけである。


せめて今日だけでもきちんと訓練をしようと思ったのだが……、結局楓は教師二人にほっぽり出されて暇人と化している。


「う……、暇だなぁ……」


草むらに腰を下ろし、溜息を吐く。

もう少し誰かと模擬戦やれると思っていたのに……。

光希は楓と同じように指導放棄されているが、他の生徒たちと何度も模擬戦をしている。正直言って羨ましい。

はあ、ともう一度楓は溜息を吐き出した。


「まあ、仕方ないわよ。あなた、強すぎるもの」

「木葉⁉︎」


突然頭上から降ってきた声に楓は飛び上がる。木葉はクスリと笑って楓の隣に腰を下ろした。


「そういえば、模擬戦の時、いなかったよね?」


木葉と模擬戦をしていない。そもそも、木葉自体、あの場所にいなかった気がする。

木葉は頷く。


「ええ、気づいてたのね。でも、模擬戦自体は観ていたのよ」

「見てたのか……」


どうやって、と聞きたいところだが、木葉はきっとまともに答えてくれないだろう。


「どうだった?戦ってみて」


木葉の目が楓を捉える。楓は訓練を続ける光希や夏美達を見つめた。


「みんな、強いよ。術も使って良かったなら、ボクには勝ち目なんて無かった。でもさ、思うんだ、失礼かもしれないけど……相川と会長、その二人を除いて、全員……、意志が弱いんだ」

「どういうことかしら?」


木葉の瞳が興味深げにキラリと光る。

楓は慎重に言葉を選んで続けた。


「うーん、何て言ったら良いのかな……。その人の芯っていうか、そのー、譲れないもの? それがまだ少し弱いのかも。剣を交えると、その人の心の内が少し分かるんだ。……もしかしたら違うかもしれない。でも、ボクにはそう感じられた」


満足そうに木葉が微笑む。木葉の役に立てたみたいで嬉しい。楓は口元を僅かに緩めた。


「案外それも、本当かもしれないわよ。確かに自分の芯を持つことはこれから大事になっていく筈よ。その指摘、私からみのるに伝えておくわ」

「あ、ああ。……ところで木葉、一体何してたのさ?」


楓の足元に生えている小さな花が揺れる。楓は指先でそれをつついた。


「私はね、明日の話を聞いていたのよ」

「明日って、夜会の話?」


木葉が妖しげな笑みを浮かべて頭を動かす。少しだけ嫌な予感が楓の胸を過ぎった。


「何を聞いたんだよー?」

「言うわけないじゃない。ヒミツよ、ヒ、ミ、ツ」

「うぐぐ……」


木葉にサラッと質問を封じられ、楓は不満を顔に出す。木葉は笑って立ち上がった。


「ほら、そろそろ終わるみたいよ」

「え⁉︎やったー!」


やっとこの暇な時間が終わるという喜びに、楓は勢いよく立ち上がってバンザイする。

見れば、みのるは連絡を始めようとしている所だった。楓は急いで駆け寄り、話に耳を傾ける。


「皆さん、今日はお疲れ様でした。明日は霊力を扱って術式を重点的にやろうと思います。この後は、夕食があるので建物に戻ればきっと案内がある筈なのできちんと指示に従ってくださいねー。……佐藤君、何かある?連絡とか」


照喜はヘラヘラと笑いながら首をひねる。


「無いですね。えー、まあ、皆さん建物の中であまり暴れ回らないでください。後は親睦を深めるも良し、食べるのも良しですよ〜、あ、もちろん食べ過ぎは禁物ですが」


……すごく当たり前でどうでも良い。

楓は苦笑いをして照喜を見た。


「というわけで、皆さん帰りましょう!」


みのるが明るい笑顔で言い、楓達は建物の方へと足を向けた。みのると照喜も楓達の後を付いて来る。丘を少し降り、森の隣を通りつつ元来た入り口に向かう。


ちらりと光希の方に視線を向けた。光希はどこか違う方向を見ている。その先を辿ってみると、さっきまでとは一変して微笑みを消したみのるの姿があった。

楓はその二人の間で交わされた視線に気づかないフリをしながら様子を伺う。

光希が歩調を落とし、そっと集団から抜けるた。

照喜に向かってみのるは少し口を動かして何かを告げる。照喜がそっとそれに頷いたように見えた。


光希とみのるが森へと入っていく。

二人の気配の絶ち方は見事で、他の五星学園の生徒たちには一切気づかれていない。

二人が行ってしまってから楓はそっと背後を振り返る。すると、照喜と目が合った。

照喜はニコリと笑い、小さく指で森を指し示す。まるで行ってこいと言わんばかりに。


楓は目で、行っても良いのかと問いかける。

それを理解したかしてないか、照喜はゆっくりと頷いた。


楓は頷いて応え、森にスッと入り込んだ。

二人の消え方からして他に聞かれたくない話なのだろう。そう思い、楓は気配を殺して歩き出す。


木の根を踏まないよう慎重に足を運ぶ。夏の緑色の葉が茂り、中は暗かった。幸い、足音を立てる危険性のある落ち葉は少ない。

涼しい風が流れ、楓の前髪が揺れた。


結構光希とみのるは遠くまで行ってしまったようだ。そう思い、楓は足を僅かに動かした。


「ーー模擬戦、どうだった?」


みのるの声が突然聞こえた。風向きが変わったのだ。思っていたよりも近くに二人共いる。楓はそろそろと移動して会話のはっきり聞こえる位置を探る。


「ーーら、別に普通だった。指摘ならもう聞いたが、まだ何かあるのか?」


僅かに尖った声で光希が言った。


「いや、模擬戦について光希に言う事はもう無いよ。……まあ、でも、前より強くなったね」


みのるが微笑んだような気配がした……気がする。楓は聞き耳を立てて続きを聞く。


「それはきっと楓のお陰だね〜。前よりも楓の動きを追えるようになってるし、楓も前より本気だったよ」


みのるの言う通りだった。今日の光希との模擬戦はいつになく楽しかった。楓の口元が緩む。


「それで一体何が言いたい?それを言う為だけに俺を呼び出した訳じゃないだろ?」


急かすように光希の声が鋭くなる。


「うん、そうだね。本題、というほどのものじゃないけど、入ろうか」


みのるの笑いを含んだ声から笑いが消える。

何か真剣な話を始めるようだ。楓は身を乗り出し、聞く準備をする。


「だいぶ、仲良くなったね、光希」

「……」


ーー誰と⁉︎


楓は首を捻った。主語がなくてよく分からない。だが、みのるはまるで光希がその主語をよく理解しているかように、修正無しで話を進める。


「あんなにいがみ合っていたのに……!」

「そういうのは良いからさっさと話せ」


みのるのお巫山戯を光希は冷たく一蹴する。


「それで、分かったかな?どうして私達が光希を楓の護衛に選んだか」


自分の名前にドキンと心臓が跳ねた。


「……随分卑怯だな」


光希が冷たい声で一言口にする。みのるがフッと笑った。


「つまりは理解してくれた訳だね。そして、光希は楓を守りたいと願った。言った通りになったでしょ?」


光希は何も答えなかった。楓からは二人の顔が見えない。だから今光希が表情をしているのかを知る術は無かった。


「光希、楓を絶対に離さないと約束して欲しいんだ」

「約束……?」

「うん、誓いだよ。楓を絶対に守り抜く、っていうね。……例えそれが私達の宿命に背くことになったとしても、だ」


私達。つまり、光希とみのるの宿命。

それはどういう意味なのだろう。とても大事な事に聞こえる。


「うわわっ⁉︎」


身を乗り出しすぎた所為か、楓は茂みから転がり落ちて木に顔面からぶつかった。


「っ⁉︎……天宮⁉︎」


突如とんでもない登場を果たした楓に、光希は驚愕の声を上げる。みのるは苦笑いで木に貼り付いた楓を見た。


「えー、その、すみません、勝手に話聞いて……」


まだ赤い顔をそのままに、楓はタジタジと謝罪を始める。


「そんな謝らなくて良いよ。気づいてたから、ね?」

「き、気づいてたのっ⁉︎」

「うん。大丈夫、光希は気づいてなかったよ」


完璧だと思っていたのだが、やはりみのるには見破られていたようだ。悔しくなくはないが、まだまだ楓も未熟だと思わされる。


「それで……、相川と先生の宿命って一体何ですか?」


みのるなら、どうしてそのタイミングで楓が転がり出てきたのかが分かっているはずだ。

光希の無表情な顔がほんの僅かに強張った。


「ごめん、この内容だけは言えないんだ」


目を伏せ、みのるは首を振った。


「そう……、ですか」


楓は自分の声が沈むのを抑えられなかった。言えないのは理由があるからだ。それが分かっていても、少し悔しかった。


「ちょうど楓も出て来てくれた事だし、話そうか……」


これが本当の本題だ。

光希と楓はみのるの声に集中する。


「ーー明日の夜会で、楓を天宮桜の娘として御披露目をするそうだ」

「なっ⁉︎」


楓は驚愕に目を見開く。光希も呆然として呟いた。


「全ての本家に伝わるのか……」


楓にも分かる、何やら大変な事になっているという事は。

みのるは険しい顔で頷いた。みのるにとっても想定外の報せだったようだ。そして、あまり好ましくない。


「その先、楓の存在は明るみに出る。そうなれば、今までのようにはいかない事があるだろう。……だから光希、楓を絶対に守るんだ、敵意からも……」


言葉の最後が途切れた。

楓にもみのるの顔を見上げる。みのるは楓の視線に気づくと、いつも通りの笑みを浮かべた。でも楓が見たかったのはそれではない。笑みに隠される前のみのるの顔が見たかったのだ。


「……どうしてそこまで天宮にこだわるんだ?」


光希の問いかけに初めてみのるは表情を動かした。みのるはその一瞬ばかりの表情の揺らぎを消し去る。


「私は、天宮桜様の……、幼馴染なんだ」

「っ⁉︎」

「えっ⁉︎」


知らなかった。そんな事実が隠れているだなんて夢にも思わなかった。初めてみのるの普通の人間らしい所が見えた気がする。

光希は知らずに握りしめていた拳に力を込める。


「……俺は、天宮の護衛だ。何があっても天宮を守ってみせる。それが俺の任務だ」


瞳に強い光を灯した光希は言い切る。


「ボクも、絶対に相川からは離れないよ」


光希が弾かれたように楓を見た。楓は照れ臭くなってソッポを向く。みのるがそんな二人を見て、満足そうに微笑んだ。


「頼んだよ、二人とも。……それじゃあ、戻ろうか」


楓と光希は全く同時に頷いた。そして、元来た道を戻り始める。みのるはその後について歩き出す。


「……裏切りにも」


楓と光希には言えなかった続きをそっとみのるは呟いた。誰にも聞こえない呟きは森の中に溶けていった。

みのるにも色々事情があるようです

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