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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第5章〜五星学園交流〜

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模擬戦

「次は私だな」


 そう言って楓の前に出て来たのは天宮清治だった。長身の清治から楓は見下ろされている。

 立ち姿は武術を嗜んだ者の姿そのもの。

 光希に匹敵するかもしれない、と直感でそう感じた。


「そうだね。これは純粋な身体能力を測る為の模擬戦だ。勝ち負けには意味がない」


 みのるは誰の方を見る訳でもなく念を押す。

 だが、この言葉はおそらく天宮清治に向けた物だ。明らかにプライドが高そうな人物だし……。


 そういえば、清治といつも一緒にいる空とは戦っていない。


 楓は唐突に神林空と戦っていない事を思い出した。この順番なら、空と戦う事は無いだろう。非戦闘要員なのかもしれない。そうなると、涼とは完全にタイプが違う。


「天宮楓。私は準備出来ているぞ」


 清治は既に刀を抜き、切っ先を楓に向けていた。


 なんて大人気ない人間だろう。2年下の後輩に躊躇いなく刃を向けるなんて。

 ーーというのはどうでも良い。

 今は目の前の模擬戦に集中だ。楓は気を引き締めて清治を見た。


「こちらも準備出来てますよ」


 早く始めようと楓は促す。清治は頷いた。


「そうか。なら、もう始めて構わないな!」


 刀がギラリと光る。

 楓は咄嗟に『緋凰』で刀を受けた。

 顔を顰める。激しい衝撃がビリビリと腕を襲った。

 清治は今まで模擬戦で戦ってきた誰よりも本気だ。文字通り、楓を全力で殺しに掛かっている。


 跳んで清治から距離を取る。そして楓は再び清治の懐へと飛び込んだ。

 姿勢を限界まで低くした下からの斬撃。

 普通の者ならまず避けられない。

 だが、清治は冷静に最小限の動きでそれを避けた。


 楓は驚いて目を見開く。

 それから驚きを顔から搔き消した。


「……何も、お前だけが相川みのるに稽古をつけてもらっていた訳では無い」


 清治の鋭い目が楓に刺さる。楓はニヤッと笑った。


「流石ですね、会長」


 楓の言葉を無視し、清治はフッと息を吐き出す。清治の姿が消える。


 楓は目を閉じ、気配を探った。

 目を開き、遠くから放たれた短刀を叩き落とす。すぐさま訪れた二撃目も身体を回転させて受け止める。


「流石にこれでは君を崩せないか……」


 全然残念では無さそうに清治は言う。その間にも激しい剣戟の応酬は続いていた。その速度は強化なしの目には捉えきれない程のもので、二人の刀が弾く日の光で刀の位置が分かるだけだ。


「本当に、身体強化していないのだな?」


 清治が身を引き、楓は追う。


「それは会長がよく分かっているはずですよ?」

「そうだなっ!」


 楓の刀が清治の首の側を過ぎる。清治は苦しげに笑い、呟いた。


「まさに、バケモノだな、君は」

「っ!」


 楓は追随をやめ、思わず距離を取った。清治は余裕を顔に滲ませる。


「その反応……。本当か……」


 その呟きは楓には聞こえなかった。草むらが生温い風に煽られ、楓のスカートがなびく。


「天宮」


 光希の声が耳元で聞こえた。

 その声にハッとして楓は迫っていた刀を受けて思い切り蹴りを放つ。


 衝撃で体勢が僅かに崩れた清治を無心で追い詰める。そして気がつけば赤みがかった刀身は清治の心臓の上でピタリと静止していた。


 清治の顔に一瞬ばかりの恐怖が浮かぶ。

 楓はそれで自分が恐ろしく冷たい顔をしているのに気づき、表情を緩めた。


「……ボクの勝ちです。会長」


 清治はゆっくりと立ち上がる。その顔にはいつもの余裕は存在しない。ただ、その眼は鋭く楓に向けられているだけだった。


「……私の負けみたいだな。確かに特例でSランクに認定される訳だ」

「……」


 楓は清治の波のように揺れている瞳の奥を覗く。


「何故君は『無能』なんだ?」


 楓よりもその奥を見ているような目をしていた。何を楓の瞳の奥に探しているのか。分からなくて、楓は目を逸らした。


「知っていたら……、こんな風にはなってませんよ」


 静かに、だが吐き捨てるように、楓はそう口にする。清治はただ黙って楓を見ていた。


「はーい、二人ともお疲れ様。というわけで、次は光希対楓!皆さん張り切って行きましょうっ!」


 みのるはやたら楽しそうに宣言した。

 楓と光希の模擬戦を何かの試合とでも思っているのか……。

 楓は自分の師匠の頭の中を想像するのは諦めて溜息を吐いた。

 少し離れた所で光希は溜息を吐いていた。


 光希は楓の隣まで歩いてくる。楓はさっきの声が気になったので、そっと聞いてみる。


「相川、さっきの?」


 光希は楓の目を見ずにすれ違い様ボソリと言った。


「俺と戦う前に負けて欲しく無かったからただそれだけだ」

「そうなんだ、でもありがとう。助かったよ」


 光希は楓の言葉を聞いたのか聞かなかったのか、無言のまま通り過ぎてしまった。


 楓と光希は向かい合わせで草原に立つ。

 光希も楓もその眼は至って本気だ。

 本気で戦える機会などこれを逃せばもう無いかもしれない。たとえ護衛と護衛対象でも、本気でなければ無礼というものだ。


 光希の綺麗な立ち姿に楓は改めて感嘆する。

 その上、端正な顔立ちと均整の取れた体型。これ以上無い程に光希は完璧だった。楓の心臓が大きく脈を打つ。やはり光希は他の生徒達とは一線を画する何かがあった。


 それなのに楓は綺麗な顔立ちでもなければ誇れるような何かも無い。光希の目の前で見劣りしているのではないか、と怖くなる。

 光希の隣に立っても恥ずかしくないような、そんな人間になりたい。そう思わされた。


 楓の黒髪が風になびく。

 楓は『緋凰』を抜いた。美しい鋼が光を跳ね返す。凛とした姿で楓はそれを構えた。

 深呼吸してから、楓は鋭利な視線を光希に真っ直ぐ向ける。

 光希の眼光が鋭くなる。


 そして同時に二人は地面を蹴っていた。


 一直線に楓の刀は光希へと向かう。

 光希の刀も対称に同じ剣線を辿る。

 二人の刃が火花を散らして交差した。激しい衝撃に二人を中心にして風が巻き起こる。

 巻き起こった風に吹き上げられた葉が地面に再び落ちる頃、楓と光希はもう既に次の攻撃を開始していた。


 光希の斬撃を滑り込んで避け、下から蹴りを放つ。光希は跳んで躱し、楓の死角を突いて刀を振るう。


 思わずニヤリと弧を作ってしまう口元をそのままに、楓はクルリと回転し光希の刀を流して上段から刀を振り下ろす。

 もちろん、そんな単純な攻撃は光希に通用しない。

 光希の瞳が更に強い光を放った。

 斬り上げるような角度で楓の刀が受け止められる。

 耳を劈く激しい金属音が鼓膜を震わせた。

 楓と光希は互いに距離を取る。


 間合いを測るように二人はその場から動かない。


 しばらく、正確には5秒程の間を置いて、楓は駆け出した。その速度は先程までよりも格段に速い。纏う殺気も濃さを増す。楓の瞳が一瞬金色に染まった。


 ぞわり、と周りの空気全てを凍りつかせるような気配を楓は纏っていた。緊張した面持ちで他の生徒達は二人の模擬戦を見守る。

 この戦いが異次元のものである事に彼等は全員気がついていた。


 突然速くなった楓の動きに動じず、光希は冷静に楓の動きを見定める。

 ぎらりと光希の頭上から嫌な煌めきが降り注ぐ。

 楓は刀を振るって光希の頭上から剣撃を浴びせ続ける。

 涼しそうにそれを捌く光希の頰を汗が伝った。


「強くなったな、相川」


 光希は手を止めずに言葉を返す。


「お前こそ、会った時とは、だいぶ、変わった、な」


 楓ほど会話に意識を割ける余裕がない。切れ切れに光希は言葉を口にした。


「でもまだ負ける気は無いぞ!」


 楓は刀を振り下ろし、光希の足を崩しにかかる。光希は辛うじてそれを避けた。


 光希は楓から一度距離を取って体勢を立て直そうとする。

 だが、それを許さず楓は追撃をかける。


 楓の振るう刀は様々な剣線を描き、光希を翻弄する。


 ただデタラメに振り回しているのではない。その斬撃は光希の動きを拘束していくようにじわじわと迫る。


「……本当に強いですね、天宮さんは」


 照喜が呟いた。みのるは微笑む。


「当たり前だよ。あの子は血の滲むような努力をしてここまで強くなったんだ。下手したら、光希よりもね」

「相川君より……、ですか。それにしては相川君が一番持ち堪えてますけど?」

「まあー、それくらいできなきゃ駄目だね〜」


 みのるは軽くそう言った。


 照喜は刀をぶつけ合う二人の姿に目を細める。あの時、白樹啓一と楓が戦っていた時は、明らかに楓が不利なだけで、その本領を発揮できていなかった。しかし、今の彼女の姿を見れば、それが本当の楓の強さがよく分かる。


「……隊長は……、いえ、相川さんは天宮さんに負けた事ってありますか?ーーまあ、無いとは思いますが」

「うーん、まだ無いけど、40回くらい戦ったら1回か2回くらいは負けるかもしれないね」


 涼しい顔でみのるは答える。照喜は呆れた顔をした。


「……それって。天宮さん、凄いですね……」


 相川みのるは『九神』の頂点だ、文字通り。そのみのるが1回でも負けるかもしれないという『無能』の少女は明らかに異常だった。


「……彼女は、一体何者なのでしょう?」


 みのるが戦う楓と光希から視線を離した。照喜を笑みが消えた瞳で見る。照喜は得体の知れない恐怖を感じ、それを押し殺す。


「知ってるだろう?どうせ白樹が何か口走っただろうしね」

「……ええ。ですが、白樹はただ天宮さんを『ヒトならざるバケモノ』と呼んだだけでしたよ」


 みのるは目を細めた。それだけで蛇に睨まれている蛙のような気分になってくる。相川光希と同じ色の黒髪を掻き上げ、みのるは冷たい光を瞳に浮かべて微笑んだ。


「……それがあの子の正体さ。正確に言うと、誰もあの子の本当の姿を知らない。私も御当主様も含めてね」


 みのるが御当主様と呼ぶ人物はこの世にただ一人。今代の天宮家当主、天宮健吾その人だ。


「どういう、こと、ですか?」

「そのままの意味だよ、照喜」


 みのるは照喜を本当の名前で呼んだ。そこで照喜はみのるが佐藤和宏ではなく火影照喜に話しているのだと確信する。


「ーー」

「ほら、もうすぐ決着が着くよ」


 照喜は更に何かを口にしようとして、それをみのるが遮った。


 ーーこの人も何か大事な事を隠している。


 照喜は微笑みながら楓と光希の模擬戦を見守るみのるに、一瞬鋭い視線を向けた。


「っ!」


 その一瞬、みのるの瞳は驚く程真っ黒な虚無を映していた。


 楓の刀と光希の刀が交差する。

 その間に楓の身体が刀をそのままにして潜り込む。

 一切無駄の無い動きで楓の身体は光希の懐に飛び込んでいた。

 光希はそれを避けられず、楓に無防備な姿を晒してしまう。


「くっ!」


 楓が刀を振り抜き、体勢の崩れた光希の刀を絡め取る。

 そして同時に楓は刀を捨てた。

 光希はその行動理由が読めず、困惑を瞳に浮かべる。


 長い黒髪が空中を躍る。

 楓は拳を光希に叩き込んだ。


「がはっ⁉︎」


 光希の息がつまる。呼吸が一瞬止まり、咳き込むようにして息を再び吸い込んだ。

 地面に転がった光希は荒く息をし、空を見上げる。

 そこには清々しい青空が広がっていた。


「……負けたな」


 楓は倒れた光希の顔を上から見下ろした。

 楓の顔はさっきまでの冷たい顔ではなく、いつもの笑顔だ。


 光希が思ったよりも強くなっていたから、きちんと加減が出来なかった。


 思い切り殴り過ぎてしまったなと思い、楓は光希に声を掛ける。


「大丈夫か?」

「……容赦、無さすぎだろ、最後の」


 苦しそうに笑って光希は言う。


「ごめん。相川が強くなってたから、加減、ちゃんと出来なかった。ほら、」

「ありがとう」


 楓は光希に手を差し出す。光希は躊躇わずにその手を取った。楓の頰が赤くなる。自分でやったのに、これでは自爆だ。少し悔しくて、楓は光希に握られた手に力を込めた。


「……痛い」


 光希が顔を顰める。


「あっ、ごめん」


 パッと楓は手を離す。まだ完全に起き上がっていなかった光希が再び地面に転がった。


「おい……、ワザとだろ、さっきの」


 楓はぺろっと舌を出し、笑う。


「バレたか」

「バレバレだ、バカ」

「何がバカだ⁉︎ お前はアホだっ!」


 楓のおかしい論法に光希が呆気にとられた顔をする。それから光希は少し口元を緩ませて、呟く。


「やっぱりお前はバカだ……」

「ん?なんか言ったか?」


 楓は首を傾げた。光希が何か言った気がしたのだが……。


「いや、何でも」

次こそは……、話を進めます。


天宮楓は何者なのか、しつこい程全員が口にした疑問です

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