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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第1章〜無能少女と青波学園〜

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森の主

「な、何だ⁉︎」


 地面を揺るがす振動ととんでもなく大きな気配。楓は驚きを隠せずに声を出した。

 霧の間から、淡い光が漏れ出す。光希は張り詰めた表情で楓の前に立った。


「……隠れろ」


 光希の静かな声に呆気に取られていた楓の身体が動く。楓はとりあえず側の木に隠れようとソロソロと足を動かした。


 側に木がない⁉︎


 突然止まった楓の動きを不審に思った光希が振り返る。そして、光希の顔色が変わった。

 楓と光希がいるのは森ではなく、ぽっかり空いた広場のような空間だった。


「どういう事なんだ……⁉︎」


 楓はぐるりと辺りを見回す。広場には何もなく、ただ緑色の下草に覆われているだけ。その上、広場の端を濃い霧が白いヴェールで覆い隠して先が見えない。


 楓に分かるのは、これがとても良くない状況であるという事のみ。正直、ここから出るのに貢献する事はできなさそうだ。


「……っ」


 光希の額を汗が伝う。楓からはその顔をはっきりとは見れなかったが、その緊張は感じられた。


 隙間から漏れた淡い光がぐにゃりと歪んで何かの形になっていく。光希はその物体を睨んだ。


「龍だ……」


 光が象ったのは大きな龍の姿。美しい造形は見方によって色が違って見える鱗で飾られて眩いばかりだ。圧倒的な存在感も神々しさも文字通り次元が違う。

 怖いはずなのに、楓の目は龍に釘付けになっていた。恐怖するには龍は美しすぎた。今、目の前にそれがいるとは信じられない程に。


「森神だと……⁉︎」


 光希の零した呟きに楓は我に帰った。この森に慣れている光希による驚きを隠せない声に、楓は状況を思い出す。


 どうする……⁉︎


 楓ではアレと戦えない。ここから逃げ出す事もできない。どうすれば、アレをやり過ごせば良い?


 ゴクリと唾を飲み込み、今更のように襲ってきた恐怖を一緒に飲み込んだ。

 楓を庇うように前に立つ光希の背中を、不安な瞳で見つめる。


「天宮、これ、返すぞ」


 振り返った光希がわざわざ楓の手に『緋凰』を握らせた。あまりに自然に一連の動作をされたので、楓は反応できずに素直に刀を握りしめていた。


「……あ、えっと」


 光希は刀に手を掛けている。

『緋凰』があるなら楓も役に立てるかもしれない。そう思って、楓も刀を抜こうと鞘を強く握った。


「お前は下がってろ」


 光希が鋭く楓を射抜く。


「でもっ!」


 何もしないで見ているのは嫌だ。咄嗟に叫んでしまい、光希に冷たい目で見られた。


「それではアレには通用しない。これは俺の管轄だ。お前は下がってろ。うろちょろされると迷惑だ」


 そう言われてしまうと楓にはどうする事もできない。ぐぅっ、と言いたかった事を飲み込み、楓は両手を下ろした。


「……分かったよ」


 項垂れた楓に光希は視線を和らげる。何か温かい気配を感じ、楓は光希を見上げた。


「お前の周りに障壁を張った。そこからは絶対に動くなよ」


 楓の前で背を向けて立つ光希がポツリと言った。悔しいけれど、さっきまで感じていた不安と恐怖はいつのまにか小さくなっていた。


「……頑張れよ」


 光希の背中に呟く。光希が顎を僅かに動かしたような気がした。


 龍は赤い眼で光希を見下ろす。その眼に宿るのは敵意だ。明らかに光希を攻撃しようとしている。


 楓の目の前を蒼い光の粒子がふわりと舞う。それは光希の身体を取り巻き、緩やかに螺旋を描いている。

 説明されなくても、その現象が、光の正体が何かを楓は言い当てられる。

 あの光は光希の霊力だ。

 楓と戦った時は完全に制御されていたのだろう。


 龍が声無き咆哮を放った。音は聞こえない。だが、風と衝撃波が放射状に撒き散らされ、楓の足も一瞬地面から離れた。

 その衝撃をもろに受けた光希の様子が気になる。目の動きだけで青波学園の制服を探した。すぐに見つかった黒髪の少年は涼しい顔で立っている。心配をするまでも無かったようだ。


 光希は刀を抜き放ち、龍に向ける。龍は赤い眼を見開き、尾を振り回した。

 虹色の光沢のある尾が鞭のようにしなる。そしてそれが光希に向かって振り下ろされた。


 光希は軽く地面を蹴って跳ぶ。尾は光希の代わりに地面を抉り、地面は元どおりに修復される。


 あの龍はこの森に住う精霊だ。この空間は森神が作った外界を傷つけないようにする為の結界。そして、森を根城とする精霊は自らの森の中で最大の力を発揮する。

 つまり、光希はとても不利な状況にあるのである。


 だが、そんな事を噯にも出さずに跳躍した光希は口を動かし何かを呟く。


「『かまいたち』」


 研ぎ澄まされた風の刃が龍を襲った。光希の蒼い霊力を纏い、蒼色に輝いた刃は龍の鱗を切り刻む。それに載せて光希は燐光を放つ刀を一閃した。


 これが光希の本来の戦い方。術と剣技が一体化した近接戦闘に特化した戦い方だった。

 洗練された動きはもはや美しささえも感じさせる。

 楓は光希の動きに見惚れて、その動きを目で追った。


 龍の鱗がガラスのように砕け散る。怒りと痛みに身体をくねらせ、赤い眼が燃え盛った。光希は龍の側から飛び退り、爪を避ける。そして楓の前に砂埃を上げて着地した。


 そうする間にも龍の鱗は再生を始め、もう六割がた修復している。傷が浅すぎたのだ。


 光希は地面を再び蹴って高く跳躍する。蒼い光が舞い、冷気が龍の巨体を覆う。霜が鱗に貼りつくと、龍の動きは途端に鈍くなった。

 足止めはしっかりと効果を発揮している。

 鋭い眼光が光希の瞳に浮かんだ。

 さっきまでとは桁違いの光を放ち、光希の刀が弧を描く。


「はあああっ!」


 蒼炎を纏った刀が甲高い音を奏でた。龍の身体にピシリと亀裂が入る。血の代わりに光の粒子を撒き散らして龍は暴れ出した。


「相川っ⁉︎」


 動けない空中で龍の尾が光希の身体を薙ぎ払う。まるで体重が無いかのように光希は簡単に吹き飛ばされた。顔を苦痛に歪ませた光希は地面に叩きつけられる寸前で地面を抉りながら、着地する。

 だが、かなりの衝撃に耐え切れずにガクリと片膝が地面につく。


 顔を上げ、光希は龍を睨みつける。

 直感で、コレを倒さなければここから出られないと何となく分かっていた。

 両足を踏み締め、光希は龍に刀を向ける。


 森神に物理攻撃は効かない。霊力の塊のような存在に通じるのはやはり霊力のみ。


 龍が顎を開き、霊力の光がその奥でちらついた。それをまともに食らえば、相当な怪我を負うだろう。

 だが、霊力のぶつけ合いは光希も得意とする所。この程度なら相殺できる!


 光希の考えている事が丸っきり分からない楓には、光希が無謀にも龍の息吹をその身一つで受けようとしているように見えた。

 楓にも感じられる程大きな力の気配に、楓は唇を引き結ぶ。このままでは光希はアレに呑まれてしまう。


 逃げろと叫ぼうとしたその時、龍は赤い息吹を放った。

 光希の身体から蒼い粒子が立ち上る。光は蒼い炎となり、赤い息吹を真正面から受け止めた。刀を覆う蒼炎はさらに輝きと勢いを増し、紅蓮の炎を切り開く。


 光希の刀が完全に振り下ろされた。白い閃光が視界を焦がす。


 その眩しさに目を閉じ、楓はそろそろと瞼を開ける。

 楓は目を見開いた。


 光希が龍と蒼い炎がチラチラと残り火が微かに揺れる地面に立っていた。


(あの炎を全部相殺し切ったのか⁉︎)


 驚愕を通り越し、楓の頭に残ったのは純粋な感動だ。木葉が言っていたように、光希は類稀な能力を持っている。それは認めざるを得ない事実だった。


 蒼い刃が空中を乱舞する。それは龍の身体を少しずつ傷つけていく。

 再生の速度が遅い。

 さっきの霊力の放出で見た目よりもだいぶ消耗している。

 だが、


 ーー何かがおかしい。


 光希は森神の違和感に気づいた。

 そもそも何故実体を持たないはずの精霊が実体を伴ってここにいる?

 光希が聞いたこの森の精霊は九頭龍だった筈だ。一つの頭の龍ではない。

 本来の森神なら、この程度で消耗する事はあり得ない。


 ーーそれならコレは何なんだ?


 刹那の思考が光希の頭を駆け巡る。しかし気にかけている余裕はない。

 光希は蒼炎を纏った刀を閃かせた。


 龍は怒りを瞳の中で燃え滾らせ、土に汚れた光希を見下ろす。声無き咆哮が空気を震わせた。見えない刃が生み出される気配がする。

 光希は目を鋭く尖らせ、その霊力の気配に集中する。

 光希は身体を微かに動かした。僅かに光希の黒髪を掠め、地面が抉れる。


 刀を握る手に力を込める。

 そして光希は風切りの刃が舞うその場所へと身体を躍らせた。

 美しい動作で風の刃が蒼い炎に斬り落とされる。斬られたそれは光の粉になり空に溶ける。


「綺麗……」


 ほうっと感嘆の溜息を楓は吐き出す。

 なんて綺麗な戦い方なのだろう。

 まるで相川みのるを見ているようだった。

 光希はあまりみのるを好いていないようだが、血の繋がりというのはよく分かってしまう。顔立ちもそうだが、身のこなしも又よく似ていた。


 ハッと我に帰った時には光希は風の刃を全て斬り伏せ、龍本体に迫っていた。

 光希は龍の足を斬り裂き、その動きを止める。


 ーー森神は森の精霊。なら炎に弱いはず!


 刹那の思考で次の行動を定める。光希は後ろに跳び退り、動きが遅くなった龍から距離を取った。


 右の指先を龍に伸ばす。

 高速で術式を構築出来るように修練を積んだ光希の得意術式。そして、今の光希の最大火力。


「『烈火爆散』!」


 紅い炎が迸る。龍の身体が炎に包まれ、煌々と光を放つ。そして、爆風と轟音を撒き散らしながら爆散した。


「すごい……」


 猛烈な爆風の中、障壁によって吹き飛ばされずにいる楓は呟く。呟きは轟音に掻き消され、楓の耳にも届かない。


 あの強さは楓が追い求めたものそのものだった。

 何度願っても、手に入らないと知っていても、それでも願わずにはいられない強さ。


 相川光希は楓がなりたいと思った姿だった。


 そして、だからこそ、光希にだけは守られたくないと思ってしまうのだ。

 絶対に、届かないと思い知らされてしまうから。

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