不吉な笑顔
昼食が終わり食べた物が腹に落ち着いた頃、楓達は外に呼び出されていた。
五星学園の生徒全員が集められた原っぱは草だけで、草に呼び出されたつもりはない。ここは建物からは少し離れた場所で、緑色のだだっ広い地面が広がっている。
こんな所で何をすると言うのだろう。
誰もいないし。
楓達青波学園の1年生は固まっていたが、何をするのか全く分からずに立っているだけだ。
「これから何するのさ?」
楓は呟く。全員いつも通り武器は常備しているが、それを使うわけでもない……のか?
「んー?……何だろうね」
心ここに在らずという感じで夏美はフワフワしている。きっと頭の中は明日の夜会でいっぱいだ。
「……先輩方は分かっていらっしゃるようですけど……」
美鈴はおどおどと顔を引き締めた先輩達の様子を伺う。あれは明らかに何があるかを知っている顔だった。
「みたいだね……。ロクな事にならなさそうだけど」
夕姫は苦い顔で周囲を見回す。
「こんな事やらなかったら、ここももうちょいリラックスできたのにな〜」
確かに山の中だからか、蒸し暑くもなく程良く涼しい風が吹いている。避暑地には最高の場所だ。寝転がってもいいのなら、今すぐでも草に飛び込んで爆睡したい。
「夕姫は寝たいだけだろ」
夕馬は夕姫とよく似た苦い顔で突っ込みを入れた。
「夕馬も寝たいでしょ。私にはちゃんと分かるのだっ!」
夕姫はドヤ顔で夕馬の顔を指差す。
「勝手に心を読むなっ!」
夕馬は即座に反応するが、寝たいのは本当らしい。……まあ、色々と疲れているのだろう。
「でも、何かするのですわよね?何の理由も無く呼び出されるとは思えませんわ」
亜美は腕組みをして言う。亜美にも何をするのかは見当もつかない様子。亜美はしばらくそのまま固まり、それから何か思い付いたのか顔を上げた。
「そうですわ!下田さんは何か知っているのではなくて?」
全員ハッとして木葉に注目する。何回もこの五星学園交流会に顔を出した事のある木葉なら知っているかもしれない。楓も木葉の返事に期待し、その顔をじっと見つめた。
「ごめんなさいね、私もよく知らないのよ、毎年変わるから」
「毎年変わる?どういう事かな、木葉?」
涼が眉を潜め、疑問を口にする。木葉は小さく笑った。
「今からやるのは……そうね、実力チェックてものかしら?その内容は呼ばれた生徒によって変わってくるから、一概には言えない、そういう事よ」
「じ……つりょく、ちぇっくぅ……」
楓は真っ青になってムンクの叫びのような顔になる。木葉が楓の肩をぽんぽんと叩いた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って⁉︎それってさ、アレ?霊力とか⁉︎」
パニックになり赤くなったり青くなったりしているムンク2号夕姫がアワアワしながら木葉に聞く。木葉はコクリと頷いた。
「ええ、そうよ。戦闘能力全般」
美鈴がぱたりと後ろに倒れた。
あまりに唐突過ぎたせいで全員ポカンとしてしまう。
「み、水源さんっ⁉︎」
夕馬が全力で狼狽える。楓は慌てて倒れた美鈴を抱き起こした。
「美鈴っ!つ、強く生きるんだ!」
咄嗟に出てきた言葉がこれ。少し微妙な顔を全員にされてしまったが、見なかった事にしよう。
「う、う……」
美鈴が睫毛を震わせて目を開けた。楓の膝に頭を乗っけているのと、周りの心配そうな表情に美鈴は驚いて立ち上がろうとする。
ごんっ。
鈍い音がした。楓は痛みが走ったおでこを無視し、美鈴に声をかける。
「えっと……、大丈夫?」
「あ、は、い、いえ、う、あ!」
頭を打った衝撃で喋れなくなったのか……。不憫に思い、楓は美鈴の頭に手を伸ばす。だが、楓の手が美鈴の額に触れる前に普段からは全く感じられない俊敏な動きで美鈴は立ち上がった。
「だ、だ、だ、だ、大丈夫、ですっ!あ、頭、ぶつけてごめんなさいっ!」
「え、いや、それは全然大丈夫なんだけど、美鈴は大丈夫なのか?」
呆気に取られて楓は立ち上がりながら挙動不審の美鈴を見た。美鈴はぶんぶんと頭を上下に振って肯定を示しているが、明らかに変な人だ。
「それより、倒れたのは大丈夫だった?」
涼は微笑みを浮かべて美鈴の顔を覗き込む。美鈴は顔を真っ赤にしてコクコクと頷いた。
「わ、私は、武術が得意じゃないんです。見ての通り、運動音痴なもので……。私が得意なのはせいぜい後方からの援護くらいなんです」
恥ずかしそうに美鈴は目を伏せた。本家の血を引きながら鈍い自分を恥じているように見えた。楓からしてみれば、霊能力が使えるだけ羨ましいのだが、本人はそうでは無いのだろう。
「後方からの援護だって、立派な役割だ。恥じる必要はない」
光希がぶっきらぼうにそう言った。光希が誰かを慰めようとするなんて珍しい。そう思ったのが顔に出てしまったらしく、光希に睨まれる。
「何だ?」
「いやー、珍しいなと思ってさ」
「……」
でも、と楓は美鈴に向かって笑いかける。
「ボクには霊能力を使えないから、美鈴が羨ましいよ」
「天宮さん……」
美鈴は微笑んだ。大きな瞳はとても嬉しそうで、キラキラして見えた。
「なんか、元気出ました。ありがとうございます、相川君、天宮さん」
楓は笑って頷き、光希は感謝されたのが照れ臭いのかどこか在らぬ所に目を向けた。そこで光希はピクリと肩を動かした。
「どうした、相川?」
楓は直ぐにその僅かな変化に気づき、光希に耳打ちする。光希の見ている方向に楓も目を向けてみると何も見えないが、微かな気配を感じた。
「……誰かいる」
ボソッと楓は呟いた。光希は顎を引いて楓の言葉に反応し、その空間を睨みつける。
何となく感じる。よく知っている気配だ。
「2人ともどうかしたの?」
夏美が不安げに茶色の瞳を揺らす。他の生徒達はまだ気づいていないようだ。
「……人がいるんだよ、そこに」
「え?」
夏美は楓と光希が凝視する方向に目を向けたが、何も見つからない。他のメンバーも怪訝な顔をしただけだった。
風が吹いた。さあっと草がなびき、そこに2人の人影が現れた。
「⁉︎」
楓と光希を含めた3人を除き、全員が驚愕を顔に浮かべる。
「気づいたのは……、3人だね」
「そうみたいですね」
そう言いながらそこに立っていたのは、相川みのると火影照喜だ。道理で知っている気がしたわけだ。
楓は意外な登場人物に驚き、思わず光希を見てしまう。隣の少年の顔には何の感情も見えなかった。
それにしても3人とは……、楓と光希は分かるがあと1人は誰なのだろう。
呆気に取られた全員の顔をさらっと確認すると、簡単に分かった。涼しい顔をしているのは天宮清治だ。楓はその実力は確かだという事を改めて実感した。
「少しサプライズのつもりだったんだけど、気づいた人は少なかったみたいだね。ちなみにさっきの術式は知覚を惑わすだけの初歩術式だよ」
ニコニコと笑いながら、みのるは言った。楓も気づくのに時間がかかるほどの完成度の術式はもはや初歩術式では無いのでは……。懐疑的な目で楓はみのるを見たが、気にせずにみのるは名乗る。光希によく似た黒髪が風に揺れた。
「私は相川家当主、相川みのる。君達の武術指導を任されたんだよ。それで、こっちが……」
火影照喜、表向きは青波学園1年A組の担任佐藤和宏がこれまた爽やかに微笑んだ。
「僕も相川さんと同じように武術指導を任されました佐藤和宏です。青波学園では1年A組の担任をしていて、実技を担当しています」
あくまでその正体は隠し通す気らしい。とはいえ、立場的には相川みのるの部下という所か。楓は冷静に2人の様子を観察する。
「佐藤さんのランクを、聞いても良いですか?」
一瞬鋭い視線を放ち問いかけたのは風間隼人だった。楓達は行く前に聞いた事だが、他の学園の生徒は知らない。武術指導を受ける先生が自分達よりも低いランクであれば彼らは受け入れないだろう。
だが、それはだいぶ失礼な質問。教師を怒らせるリスクも僅かながら含んでいた。
照喜は面白そうに笑みを浮かべ、サラッと答える。隼人の質問に気を悪くした様子は皆無だ。
「Sランクですよ。一応、『九神』のメンバーでもあります」
ふぅ、と周りから息を吐き出した音が聞こえた。照喜をよく知らない人からすれば、さっきの質問は地雷のような物だったろう。
「大丈夫、佐藤君の実力は私も買ってるよ。安心して良い、彼は弱くなんてないさ」
みのるの一言で納得の雰囲気が流れた。流石は楓の師匠だ。勝手に何となく頼もしい気分になる。武術指導をするのが楓の知っている人で良かった。そうでなかったら……、想像に難くない。
「はい、それで今日は君達の純粋な身体能力と武術の練度を試そうと思うんだ」
きゅぅ……、と美鈴から魂が抜ける音が聞こえた。気の毒だが、楓にとっては持ってこいだ。霊力無しならそこそこにやれるはず。楓は少し期待を抱いてみのるを見つめた。
みのると目が合う。みのるはにっこりと楓に微笑み、頼んだよという幻聴が聞こえたような気がした。
何を頼むんだ一体……。
みのるのこういう顔するのは大体何やら良からぬ事を考えている時だ。また変な事をやらされそうだと楓は内心震え上がる。
「毎年、と言っても僕は今年が受け持つのが初めてですが、身体能力と武術の熟練度は測るようにしています。それは、その二つの要素が特に戦闘能力に作用してくるからです。それを測るのは、とても大事なので真面目に全力でやって下さいね」
照喜が念を押す。そこでなぜウインクをしたのかは謎だが、紅月学園の1年生の少女が青ざめた顔で身動ぎをした。……たぶんキラキラオーラにでもやられたのだろう。
「手抜きしたら分かるから、真面目にやってね」
みのるもついでに同じ事を付け加えた。
楓は首を捻る。さっきから自分に言われている気がしてならないのだが……。
「ところでどうしますか、相川さん。僕達と模擬戦でもしますか?」
実力の測り方について何も決めていなかったらしく、照喜が聞く。みのるはふっ、と怪しい笑いをして楓を目で捉えた。楓はさーっと血の気が引けてくる。
「ほら、あそこに丁度いい人がいるでしょ?」
照喜が楓を見る。おお、と声を上げてポンっと手を合わせた。
「確かに、彼女ならできますね。それに、これなら僕達も全員の様子を見ている事もできますし」
「良い考えでしょ」
ドヤ顔でみのるが胸を張っているが、不穏な会話をされている気が……。
光希達は何となくその会話の意味を理解したようで、楓を憐れみの目で見る。
それ以外の生徒達は理解不能でポカンとしている。
みのるが不気味な笑顔で口を開いた。




