血迷う部屋探し
「なんかすごく殺伐?とした自己紹介だったね」
夕姫はそう言いながら、足を動かす。
「そうだね、木葉、目をつけられてたし」
夏美が木葉の顔を見上げる。木葉は微笑んで、頷く。
「まあ、しょうがないわね。確かに下田なんて本家無いし」
「だなー」
楓も頷く。
今から自分の泊まる部屋を確認しに行くのだ。昼食の後は、何やら他にも説明があるらしいが、まだ時間があるのでチラッと見に行ってみようという事になった。
そういうわけで、光希達とは別れて4人で行動している。
「それで、部屋ってどうなってるんだ?」
「そりゃー部屋でしょ!」
楓の疑問に自信満々に夕姫が答える。
「ほうほう、なるほど。部屋は部屋か……」
「なんで納得してるの⁉︎」
納得しかけた楓に夏美が目を開いて驚愕する。夕姫と楓はそんな夏美を振り返り、首を傾げた。
「ん?」
「何かあった?」
木葉が呆れた溜息を吐く。
「……そういう問題じゃないわよ……。私達の部屋はここからもうちょっと遠くにあるのよ」
「へぇ〜、木葉ほんとに色んな事知ってるね」
感心した楓はそんな事を言って軽やかに足を動かした。木葉は嬉しそうに口元を綻ばせる。そしてその次の一瞬、木葉は暗い表情を覗かせた。だが、それはほんの僅かな時間の事で、誰も気がつかなかった。
カーペットが敷き詰められた床が続く廊下。楓はキョロキョロしながら木葉と夏美を追いかける。
「ここって、もう本家の当主様達は来てるの?」
夕姫が何気なしに疑問を口にする。その質問には夏美が答えた。
「たぶん、明日着くんじゃないかな?明日は本家の会議もあるし、それに……」
「それに?」
夏美は何故かそこで言葉を止めた。気になって楓と夕姫は夏美に近づく。夏美は喜びを隠せないとばかりの笑顔を見せる。
「明日は夜会があるんだよ」
「夜会?」
「そう、パーティーの事だよ」
目を潤ませ、夏美は言った。
「ぱ、パーティーってアレ?ヨーロッパの煌びやかなヤツ?」
なぜか動揺して楓は問いかけた。
夏美はゆっくりと頷く。
絶対光希の事しか今は考えてないな……。
初めて光希と出られるパーティーが嬉しくて仕方がないようだ。
楓の頭の中で想像が広がる。
豪華なシャンデリアが上からぶら下がり、光の粒を散らす。その中で音楽が奏でられ、ドレスを纏った男女がくるくると踊りを披露する。そして、テーブルには豪勢な食事……。
「ってボク、ドレスなんて無理だしっ!踊れないしっ!」
夢から覚める、というか夢にツッコミを入れ、楓は顔を青ざめさせる。夏美達はそつなくこなせそうだが、楓にそんな事ができる訳がない。ドレスなんて着た事もなければ、ダンスなど見た事もない。
「そもそもドレスとか持ってねぇっ!」
そもそも問題だ。
これは完全なる詰みである。逆転は有り得ない。
絶望した楓はあーうー、と呻いて頭を抱えた。頭をぶんぶんする楓の隣で夕姫の顔も青く染まっていく。
「どうかした?夕姫?」
夏美が心配して夕姫の顔を覗き込む。夕姫はピクッと頰を引きつらせ、怪しく笑い始めた。
「はは、あは、はは、はは、私、詰んだわ」
「ゆ、夕姫……」
夏美は物凄い事になっている夕姫の顔にドン引きし、数歩後退りした。
「まあまあ2人とも、ドレスなんて借りれるし、踊れなくても大丈夫よ」
木葉はそう言うが……
「どうせお前は踊れるんだろっ⁉︎」
涙目の楓による抗議。木葉はふふっと小さく笑う。
「ええ、もちろん」
ちーん。楓は灰になった。
「……夏美も、踊れるんでしょ?」
こちらも涙目の夕姫が夏美に詰め寄る。夏美はぎこちなく頭を動かし、肯定を示した。
「う、ま、まあ」
「ムキーッ!」
とうとう夕姫が猿と化した。丸めた手をぶんぶん振り回してぴょんぴょんし、奇声を上げる。
そんな有様の2人に、木葉と夏美は顔を見合わせて苦笑いする他なかった。
「2人とも、そこで灰と猿になってないで部屋に行くわよ!」
夏美は笑いを堪えきれずに小さく吹き出す。
楓と夕姫は人間を辞めている訳にも行かなくなり、口を尖らせて渋々歩き出した。
階段を登り、しばらく歩くとホテルのように部屋が並ぶ通路に出た。楓は自分の部屋を探してカードキーと扉を見比べる。
「楓!この部屋じゃないかな?」
夏美が自分の部屋を見つけ、その隣を指差した。楓もそのドアを見て頷く。
「うん!ありがとう、夏美」
部屋は一人一部屋で割り当てられている。楓の部屋は夏美と亜美の間だが、亜美はまだ来ていないようだ。
楓はとりあえずカードキーで解錠し、部屋に足を踏み入れた。
「うわぁ……」
豪華だ。
ふかふかの広いベッド、お洒落なランプに綺麗な洗面所。
一人で使うには勿体ないくらいの広さと豪華さだった。
そして既に荷物は部屋に運び込まれ、ベッドの隣に置いてある。流石は本家交流会の会場だ。
楓はしばらくポケーッと部屋を出口から眺め、それから靴を脱ぎ捨ててベッドに向かう。
ぴょーん。
楓はベッドに向かって跳んだ。ベッドはボフンといい具合に楓の身体を宙に浮かべ、受け止める。楓はごろりとその上で大の字になった。
ベッドにダイブするなんて初めてだ。一度やってみたかったから、これで願いが一つ叶ったような気がする。
もうすぐで昼食なのに、もうここから起きたくなくなってしまった。それに、楽しいのは今だけだろう。
今までのように何かはあると考えるのが妥当だ。これが何事も無く終わるわけがない。
「はあ……」
小さな溜息を吐いて楓はベッドで目を閉じた。
「楓ーっ!」
「は⁉︎」
大きな声に驚いて飛び上がると、ドアがガタガタ揺れている。そういえばまだ昼食を食べていなかった事を思い出し、靴を引っ掛け外へ飛び出す。
「もしかして寝てたー?」
夕姫が楓のボサボサの髪をつつく。
「あは、一瞬寝てたみたいだ」
楓は照れ笑いをした。木葉と夏美はやっぱりね、という顔をして顔を見合わせる。
「じゃあ、ご飯に行きましょーか!」
「いえーい!」
ハイテンションな夕姫に合わせ、楓は拳を突き上げた。確かにお腹が空いてきたような気がする。
豪勢な食事という物が出てくるのだろうが、それが毎日続くとなると色々な意味で心配だ。特に、脂肪とか……。
だがともかく、何事も平和であれば良いのだ。
「ところで楓、カードキーって持ったの?」
夏美の質問に楓の軽やかに動いていた足が止まった。木葉がそれを見て、意地悪く笑う。
「無いと部屋に入れないわよ」
「……」
楓の顔から嫌な汗が出て来る。ピクピクと頰を引きつらせ、楓は無言で踵を返した。足が段々と速くなり、遂には部屋の扉に突撃する勢いで走り出す。
ばんっ、ばんっ。
楓は頭をドアに打ち付ける。
「開いて!開くんだぁ!開けゴマだっ!おーぷんせさみぃぃっ!鍵出て来いよぉ!」
自らの部屋に締め出された悲しき絶叫が廊下中に響き渡った。
「アレは大丈夫なの?」
「……さ、さあ」
夏美と夕姫が青い顔で錯乱する楓をオロオロと見守る。木葉は何やらツボったらしく、肩を震わせてひたすら笑っているだけだ。
「うわぁぁぁぁ!」
一頻り叫び終わり、突然楓は暗く笑い始める。
「……ふ、ふふ、ふはははっ、ただのドア如きでボクを止められると思うか……?」
ゲームのラスボスのような台詞を吐き、楓はドアに向かって拳を握った。
「……夏美、アレは止めるべきだよね?」
「う、うん、止めないと損害賠償が……!」
笑い過ぎて戦力外の木葉を残し、夕姫が風のように飛び出した。夏美もその後を追って援護する。
「ふ、は、ふははは……、うわー」
「確保っ!」
楓の拳を夏美が止め、夕姫がジタバタする楓の肩を羽交い締めした。
「まあまあ、最初に会った使用人さんとかがマスターキー持ってるから、ね?」
「うぅ……」
カクッ、肩を落とし楓は沈黙する。
「ふふっ、あはっ、と、とりあえず……は、早く昼食に、あはっ、向かいましょ……?」
酸欠になり気味の木葉は息も絶え絶えにそう言った。
***
「亜美様、私も来て良かったんですか?」
青い瞳を大きくして、桜木カレンは主の亜美の横顔を見上げた。亜美はチラリとカレンを見て微笑んだ。
「ええ、あなたを雇ったのは私ですわ。連れてくる権利が私にはありますのよ」
「亜美様……」
さも当然のように亜美は言ってのける。カレンはその言葉に頰を染めた。
「ところで、楓さんは一体どこに行ったのかしら?」
『楓さん』という言葉に、カレンの目が一瞬据わった。
あのボクっ娘はカレンの亜美様のハートを鷲掴みにするという罪を犯しながらその事に全く気づいていないのだ。
複雑な感情を押し殺し、カレンは亜美の質問に笑顔で答える。
「確か、部屋の確認に行ったようですよ、亜美様」
「そう……」
どこか上の空で亜美は頷き、青波学園の1年生女子に割り当てられた部屋にフラフラと向かい始めていた。カレンはハッとしてその後ろ姿を追いかける。
天宮楓。あの『無能』の少女にカレンは命を救われた。誰もが嘘だと思う彼女の本当の実力と力を目の当たりにして、生きていられるのが不思議なくらいだ。
あの時、楓が殺そうと思えばカレンなど簡単に殺されていただろう。だが、天宮楓はカレンを気絶させるだけに留め、あまつさえ感謝までした変わり者だった。
ただ、問題はそこでは無い。
楓が全力を出す所を見てしまった亜美は、その姿に……、簡潔に言うと、惚れてしまったようなのだ。
それからというものアイドルの追っかけもさながら、天宮楓の事を暇さえあれば遠くから見つめている。
キーッとカレンは唇を噛む。
行き場を失くしたカレンを拾ってくれた亜美はカレンの命の恩人であり、主だ。亜美はカレンの唯一の主なのである。そして、亜美と長く過ごしているのはカレンなのだ。
あんな馬の骨とも知れない天宮に亜美を奪わせやしない!
カレンは心の中で硬く拳を握りしめ、決意する。
「楓さんよっ!」
囁き声で亜美は叫んだ。亜美はキリッと顔を引き締め、恋敵を睨みつける。
……が、現実には楓は叫びながらドアに頭を激しく打ち付け、荒木夏美と笹本夕姫に取り押さえられていた。
どうしてあんなのを亜美様がっ!
それこそ壁に頭を打ち付けたくなったカレンは、拳を握りしめた。隣の亜美は緩んだ口元を隠そうともせずに楓を見つめている。
「な、なんて……、可愛いのっ!」
は⁉︎
とうとう亜美が血迷った発言をした。カレンは動揺し、思わず亜美にその理由を聞こうとする。だが、亜美はその気配を察せずに呟く。
「……カレン、お友達になるのにいくらお金がいるのかしら?」
「……亜美、様……」
カレンは天宮楓に完全敗北した模様だった。
大丈夫じゃない人達……。
 




