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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第5章〜五星学園交流〜

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座席表の示すもの

楓は荷物を詰め込んだボストンバッグを持って、木葉と共に寮の部屋を出た。


「忘れ物はない?」


楓は本日三度目になるその問いかけに、少しだけウンザリして答える。


「大丈夫だって!何回も確認しただろ?」

「……んー、まあ、それもそうね」


木葉はそう言いながら、部屋の扉が閉まっている事を確認する。


「そろそろ行かないと!」


何やらモタモタしている木葉に痺れを切らした楓は木葉の鞄を引っ張り、引きずっていく。


「もうみんな集まってるぞ、きっと!」

「ねぇ、まだ1時間ほど早くないかしら?」

「え?」


引きずっている木葉に言われて楓は携帯端末を見る。


7時55分。


集合は9時だ。明らかに早すぎる。


「……すみません、マチガエマシタ」


木葉は呆れたように溜息を吐く。


「……ね?言ったでしょ……?」


楓はカクッと肩を落として頷いた。



***


ーー気を取り直して1時間後。


「楓!さっさと行くわよっ⁉︎」

「んー?待ってよ木葉〜!」


さっきと立場が完全に逆転していた。


「もう!夏美達も来てるわよ!」

「楓〜!行くよー!」


夕姫が読んでいる声も聞こえる。


「うーん、はーい!……ガハッ⁉︎」


元気に返事をした楓の襟首を木葉が引っ掴む。楓はボストンバッグと共に部屋の外に引き摺り出された。


「おはよ!楓」

「イテテ……、おはよう、夏美」


楓は首に引っかかっていたボストンバッグを直して夏美に挨拶をする。夏美は苦笑いをした。


「朝から元気だね……」

「ほんと、1時間前には行く気満々だったのよ、この人……」

「まあ、楓らしいよ!」


元気にそう言った夕姫を歩き出した木葉と夏美は懐疑的な目で見る。


「……夕姫もやらなかったのが奇跡みたいだよ」

「そうね……」


夕姫はキョトンとして二人の顔を交互に見た。


「え?何の事かなー?」

「夕姫がうっかりさんって事だ〜!」


そう言った楓の方に夏美と木葉の顔が向いた。


「え?何?」

「おまえが言うなー!」


とても鋭い突っ込みが入った……、ような気がする。楓は取り敢えず惚けておく。


「さあ?」

「……ワザとらしいわよ」


木葉が何かを呟いた気がしたが、聞かなかった事にしようと思う。


「バスで行くんだっけ?」


楓はふと疑問を口にする。


「そうだよ!席順不明だけど!」


夕姫がぴょんぴょん階段を降りながら言う。


なんだか嫌な予感がしたような……。


ザワッとした感覚を楓は背筋に感じた。ギギギッと錆びついたドアノブのような動きで楓は頭を動かす。


「誰の隣かな〜?」


黒い何かを纏った夏美が完璧な笑顔で微笑んでいる。


「……こっわ……」


夕姫が楓の耳元に囁いた。楓もぎこちなく頷く。


「……ヤバい、感じだな……」

「……まあ、運次第なのだけどね……」


木葉もチラッと笑顔で空中を見つめる夏美を見る。


「良い感じの席だと良いけどな……」

「それってつまりは光希の隣になりたいって事?」


夕姫が空気を読まずに言った。楓はビクッとして振り返ったが、夏美には聞こえていないみたいだ。


「ないないない、なんでボクがあんなヤツと隣になりたがるんだよ?」

「え?仲良いじゃん」

「はあ?さっきの良い席ってのはは、誰もケンカしない席って事!つまりボクは誰の隣でも良いの!」

「天宮清治でも?」


木葉が口を挟む。楓は躊躇わずに頷く。


「みんなの席が良くなるんだったら全然良い!」

「ふうん……」


突然夏美がずいっと顔を楓の方に寄せた。


「ひ、ヒィっ⁉︎」

「……そうなの?」


声が出ない楓はこくこくと上下に顔を振る。夏美はそっと顔を下げた。


「もうすぐバスに着くね〜」


さっきまでの恐ろしい気配は息を潜め、夏美は普段の笑顔でにこにこした。


……それが余計に怖い……、のだが、誰かがそれを指摘することはなかった。






集合場所に辿り着くと、半数が既に集まっていた。


「おはよう」


涼が爽やかな笑顔で手を振る。


「おはよう!」


夕姫が一番に手を振り返し、遅れて楓も手を振った。


「おはよう〜」


楓は涼の隣に静かに立っている光希の姿を見つけて、ついでに手を振る。光希の口が小さく「おはよう」と動いた。


「光希、おはよ」


気づけばさっきまで隣にいた筈の夏美は光希の隣に立っている。


「おはよう」


ぶっきらぼうに光希が言うと、夏美は世界中の幸せを集めたような笑顔でふらふらし始める。流石、愛の力(?)だ。


「はーい、みなさん揃いましたねー?」


突然声がして、さっきまで寝ていたような感じのボサボサの頭をした照喜が小型バスの前に立っていた。


楓は思わず顔から笑みを消し、照喜を鋭い目つきで見た。周りの生徒達も同じ反応をしている。


全く気配がしなかった。


本家の人間として厳しい訓練を積んできたこのメンバーでさえ、察知する事が出来なかった。もちろん、人間離れした知覚能力を持つ楓でも、だ。


照喜はへらへらと笑っているだけだが、それが余計に警戒心を呼ぶ。


楓達は『佐藤和宏』の正体が『九神』の陰に所属する火影照喜であることを知っているからまだしも、それを知らない他の生徒には不可解だろう。


「なんか驚かせてしまったみたいですね、反省です。それで、こちらの方で座席は適当に用意させてもらったので、席順などはこちらで確認して下さいね」


そう言って照喜はピラピラと白い紙を振った。照喜に近い方の生徒から座席表を確認していく。確認を終えた先輩の顔が浮かない物である事に、楓は気づいた。


2年生の如月唯斗が確認を終え、楓達の番が回ってきた。楓は紙に近づく。そして目を見開いた。


楓の隣は光希だった。そして、通路を挟んで天宮清治と木葉。夏美の隣が如月唯斗で、涼の隣が兄の空。夕姫と夕馬は隣同士、亜美と芦屋啓だ。水源美鈴は二人席に一人だけになっていた。


……おかしいだろ。


内心そう思ってしまったのは否めない。だが、何か意図があってこの席順なのかもしれないが……。


「はーい、確認終わりましたねー?じゃあ、行きますから乗ってくださいね」


生徒全員の微妙な顔をまるっきり無視して能天気な声が響いた。


「……すっかり君の婚約者候補からは外されたみたいだね」

「っ⁉︎」


涼が楓の耳元に囁く。楓は目を見開いた。


「……どういう、こと?」


涼は眉を下げ、笑う。


「この席順が全てだよ」


そう言い残して涼は歩いて行ってしまった。


「……?」


楓はその言葉の意味を理解し切れずに首を傾げる。


「……行くぞ」


光希に声を掛けられ、楓はその顔を思わず見つめた。光希は訝しむようにそんな楓を見る。


「何だ?」

「いや、何でも」






バスが動き出してしばらく、楓はおもむろに口を開いた。


「……相川、神林がボクの……その……、婚約者候補から外された、って本当なのか?」


窓際の光希は驚いたような顔をした。光希は窓の外をちらりと見ると、小さな声で答えた。


「……おそらく。はっきりとは知らないが……」

「なんか、神林がこの席順が全てだ、って言ってたけど、どういう意味なんだ?」


楓も通路を挟んで隣の木葉と清治に聞こえないように声を潜める。


「……確証は持てないが、この席順が今の勢力図をなっているみたいだな。俺とお前はもはやセットみたいになってるのかもしれない。それで、この列は天宮、一つ後ろは笹本と荒木、如月。その後ろは神林と水源。最後が霞浦と芦屋だ」

「んー、つまり?」

「天宮が一位。笹本、荒木、如月がその次で、神林と水源が3番目。最後に霞浦と芦屋が来ているんだ」


これで楓にもピンと来た。


「……この席順は本家の序列に基づいているってわけだな」


光希は頷く。


「ああ、一応、10本家の正確な序列は天宮を除いて上から相川、火影、光神、荒木、風間、笹本、如月、神林、水源、羽柴だ」


光希は淡々と序列を口にした。相川が序列一位であるのに、全く嬉しそうでは無い。


「相川、一位なんだな〜。やっぱ、強いからだよね?」


光希の表情は何も映さない。何か良くない物に触れてしまってのでは、と怖くなり始めた頃に、光希はやっと声を出した。


「……相川は俺と親父だけの二人しかいない家だ。それでも序列一位なのは、相川みのるの強さが一線を画する物だからだ。……他にも理由はあるかもしれないが、俺には分からない」


光希の顔が曇ったのに気づいて、楓は話題を変える。


「ところでさ、1週間もあるけど一体何をするんだろう?」

「確かに、それは気になるな。明らかに1週間は交流会がその主旨としては長すぎる」

「またなんかヤバいヤツに襲われたりして」


楓は冗談半分でそう言ってみる。だが、光希は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……笑えないぞ、それは。結構本気であり得るからな」

「でもさ、あれだけ本家が集まるのに仕掛けるヤツっているのかな?」

「……何とも言えない所だな」


楓は両手を上に伸ばして伸びをする。


「もし何かあっても、ボク達ならきっと大丈夫だよ」

「ああ、何があってもお前を守るのが俺の役目だ」

「大人しく守られる気は無いぞ」


楓はニッと笑う。光希も少し強張っていた頰の力を抜いて、口の端を持ち上げる。


「じゃあ、共闘ってのはどうだ?」

「サイコーだよ」


***


「ほんっと仲良いわね、あの人達。アレでお互い気づいていないのが不思議過ぎるわ」


木葉は隣の方で賑やかにしている楓と光希の方を見て言った。天宮清治は警戒心を隠さず、そんな木葉を睨む。


「……お前の目的は一体なんなんだ?」


木葉は楓達から目線を離し、清治の目をその真っ黒な瞳で捉えた。そこにはただ静かに凪いだ黒い色が沈んでいるだけだ。


「私?……その質問は愚問だとは思わないのかしら?」

「思わない。お前の目的は何だ?……答えろ」


清治は低い声で答えを迫る。木葉はそれでも動じず、ニヤリと笑ってみせた。


「私は天宮家に忠誠を誓ったわ。今の私の目的は、……天宮楓を守り、監視する事よ。それが御当主様のご意向よ」

「それだけお爺様がお気になされている天宮楓とは何者なのだ?」


木葉は見る者全てを虜にする魔性の笑みで囁く。


「……あの子は先代当主、天宮桜様の血を引く者」

「桜様の……⁉︎」


清治は木葉の妖艶な笑みよりも、そちらの方に反応した。歴代最強にして追放されたとされる異端の天宮。それが天宮桜だ。


清治は幼い頃に一度だけ、その顔を見た事がある。


……この世の物とは思えない、美しい人だった。


下田木葉とは系統が違う、儚い美しさを秘めた人だった。その姿は幼かった清治の脳裏にも未だに焼き付いている。


「……それだけじゃない。あの子はその天宮桜様直々に天宮の名を、その生を受けた時に授けられた。それがどれだけ特別な事か、あなたにはよく分かるでしょう?」


本来、『天宮』の名はその能力を発現させた時に与えられる。そして、その力が発現する時期は人によって違う。ただ、天宮の血筋でなければならないというのがその条件なのだ。


清治は溜息を吐いた。


「……天宮楓が次期当主に選ばれるのも当然だな。私にはとても届かない」


木葉はその態度を意外に思い、眉を動かす。


「あら、物分かりが良いじゃない」


自嘲の混じった顔で清治はフッと笑う。


「……だが、当主の座を諦めたわけではない。もしも天宮楓がそれに見合う力を発現しなければ、私が当主だ」

「ええ、そうね。せいぜい頑張りなさい」


木葉はまるで清治に勝ち目が一切無い事を知っているような言葉を掛けた。

前に木葉が天宮清治に楓の事を言わなかった理由とは……

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