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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第5章〜五星学園交流〜

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本家の序列

 ーー時刻は午後1時。


 楓達は生徒会室にいた。部屋に集められたのは13人程だ。風紀委員という仕事上、よく顔を出す事の多い生徒会室だが、今はピリピリとした空気が流れている。


 天宮清治が楓の方を見た。その視線に込められた敵意に、楓は背筋を強張らせて下を向く。


 硬直した空気の中、時間が過ぎていく。1時間経ったかと思って時計を見れば、まだ5分しか経っていなかった。


「あ、皆さん、遅れてすみません〜」


 空気を破ってドアを開けて顔を出したのは、楓のクラスの担任だ。照喜は重苦しい雰囲気を丸っきり無視し、ニコニコと笑う。そのまま生徒会室に入ってきた。


 どういう関係でここにいるのかは知らないが、色々な意味で助かった。楓は硬くなっていた身体から、少し力を抜く。


「皆さん、お揃いのようですね、では五星学園交流会のミーティングを始めます」


 突然仕切り始めた事に、高3の天宮清治と神林空を除いた全員がキョトンとした顔をする。その様子に気がついた照喜はポンっと手を叩いた。


「そうか、僕の自己紹介をしてませんでしたね。僕は佐藤和宏、1年A組の担任をさせてもらってます。担当教科は実技、ランクはSです」


 S、という言葉に一瞬空気がざわついた。初めて照喜のランクを聞いたが、本当にSなのかは疑わしい。明らかにあの実力ならその一つ上、SSランクも取れるのでは、というくらいだ。


 楓はチラリと天宮清治の顔色を窺う。清治は表情を動かす事なく、照喜を静かに見ていた。天宮の名を継いでいるのだ、きっとSランク保持者だろう。


 照喜は楓達の方を見て悪戯っぽく笑って見せた。楓は照喜と一瞬目を合わせた。照喜は満足そうに瞬きをすると、話に戻る。


「それで、今年は僕が生徒会、風紀委員顧問になりました。どうぞよろしく」


 ぺこりと頭を下げた。あまりSランク保持者の言動には見えない。……そんな事を言ったら楓も同じか。


「不満とかある人はどしどし言ってくださいね〜」


 笑顔で照喜は生徒達の顔を眺める。もちろん、誰一人として口を開く者はいなかった。


「はい、では……、始めに、自己紹介しましょう〜。面識のない人同士もいますしねー」


 照喜に促され、高3から自己紹介を開始する。清治は快く1番最初に口を開いた。


「高3A組の天宮清治です。生徒会長を務めさせていただいています」


 これは大人の前では猫を被るヤツだ。


(裏表ありありのペラペラ人間か……)


 楓は内心そう思ったが、きちんと顔には出さなかった。


 続いて涼の兄だ。


「3年A組、神林空です。副会長です。よろしくお願いします」


 丁寧に頭を下げる。


「3年B組、芦屋(あしや)(けい)です」


 そして、風紀委員で知り合った先輩がサラッと名前を言う。

 3年生はその3人だけで、次は2年生に移る。


「2年A組の如月(きさらぎ)唯斗(ゆいと)です。よろしくお願いします」


 少年が凛とした声を発する。赤茶色の髪がフワッと揺れた。話に聞いていた次期会長だ。夏美はかなり毛嫌いしていたみたいだが、思ったよりも良い人そうだ。


「じゃあ、次は1年生ですね」


 照喜は笑顔で光希を見る。


 この自己紹介はクラスでの序列順に行われている。それは3年生と2年生を見ればすぐに分かった。つまり、楓はA組の最後だ。


 光希は無表情で名前を告げる。


「1年A組、相川光希です」


 一拍置いて涼が口を開く。


「同じく1年A組、神林涼です。よろしくお願いします」


 そう言った涼の肩は微かに強張っていた。気づいたのは楓だけかもしれないが、間違いはない筈だ。……きっと、涼の兄がいるからなのだろう。


 次は夏美だ。そう思って待っていると、隣の木葉に足を踏まれた。


「あなたよ」


 コソッと耳打ちされる。えっ、と言わないまでも、そんな顔をして木葉の顔を見ると睨まれてしまった。


 どうしようもなくなった楓は覚悟を決めて自己紹介を始める。


「1年A組の、天宮楓です……」


 言葉の最後の方に自信がなくなったのはしょうがない。


 これでは序列3位という事になるではないか!


 困ったな、と思いつつ、楓は他のメンバーの自己紹介に耳を傾ける。


 夏美、木葉、笹本兄妹の順番で自己紹介は進み、その次に水源美鈴がオドオドと口を開いた。


「い、1年A組、み、水源(みなもと)美鈴(みすず) です!」


 ぴょこんとひと房の髪が動く。楓がほとんど話した事のないクラスメイトだ。豊満な胸が制服の布を押し上げているが、その挙動不審な動作によって妖艶さは皆無。人前も苦手そうだ。


「1年B組、霞浦亜美です。よろしくお願いいたしますわ」


 最後に亜美が優雅な仕草でお辞儀をする。それでこの場にいる全員の自己紹介は終わった。


「皆さん、ありがとうございます。来週から同じ建物で他の学校の皆さんと一緒に1週間生活してもらうので、よろしくお願いしますね」


 照喜はそう言って、全員の顔をぐるりと見渡す。誰も表情を動かす事はなく、ただ静かに照喜の言葉を待っていた。


「では、ザッと説明しましょうか。まず、五星学園交流会とは、五星学園設立年度から続いている行事です。元々、本家の血筋の生徒達は五星学園に均等に振り分けられていましたが、色々あってここ、青波学園は唯一中等部が廃止され、本家の生徒が多くなっています」


 色々あって、に全て大事な事が省略されている気がするのだが……。


 楓はそんなどうでもいい所が気になった。


「それで、現在は青波学園が五星の頂点となっているわけです。その為、下手をすれば本家の生徒がいない学園が出る年もあるわけです。なんで五星学園交流会の名前のままにしてるんでしょうね〜」


 少しふざけた様に照喜はヘラヘラとして言った。だが、楓としても確かにそれは気になる。普通に本家交流会でもいい筈だ。……おそらく大した意味は無いのだろうけど。


 ごほん、とワザとらしく咳払いをし、照喜は続ける。


「まあ、それで、集められるのは10本家だけでなく、その他の本家も召集されます。そして、現地では本家の当主や次期当主なんかもやって来て、本家間の重大発表や重要な連絡事項などもやり取りする場にもなっています。貴族風に言うと、社交界ってヤツですね」


 照喜は手をヒラヒラさせ楽しそうに言う。そして、照喜は笑みを深くした。


 楓の身体を嫌な感じが走る。


「この行事において、最も重要なのは……、本家の序列決定です」


 部屋の空気がピンと張り詰める。本家にとっては1番大事な事、それが本家の序列だ。それを決定する場に参加する権限を、楓達は与えられたわけだ。


「去年、10本家に選ばれた10家は、相川家、荒木家、神林家、水源家、光神家、如月家、羽柴家、火影家、風間家、そして笹本家です」


 ……天宮が入っていない?


 だが、誰もその事を指摘する人はいない。

 楓の疑問が顔に出ていたのだろうか、照喜は楓の方を見て付け加える。


「天宮家は、どの本家よりも上位の存在です。そして、天宮家はやはり1番強い。その為、10本家には入っていませんし、序列にも入っていません。……まあ、それに序列もそんなにコロコロ変わるものでもありませんよ」


 照喜は他の生徒達に向き直る。


「ですから、そこまで気を張らなくても良いと思います。でも、高校生同士で模擬戦をするという伝統は残ってますからね、それだけ頑張って下さい。あれも一応、といっても微妙に序列に関係ありますから」


 その言葉に更に空気が凍りつく。

 気を張らなくても良い、と言っておきながら、気にしないではいられない事言うなんて、気休めにもならない。


「で、僕から話す事はもう無いですね、たぶん。質問はありますか?」


 誰も口を開かない。照喜が質問を切り上げようとしたその時、霞浦亜美が口を開いた。


「……模擬戦の、詳しいルールはどうなっているのですか?」


 照喜は帰ろうとしていた足の向きを変え、笑顔で言う。


「あらゆる術と武器を行使は許可され、生涯残る傷や障害を残さない程度に殺さなければ良い、という非常に単純明快なルールですよ」


 今年度初めての参加になる楓達1年生の顔が強張った。照喜の笑顔が怖い。


 どうやら楓達はかなり面倒かつ恐ろしい行事に巻き込まれてしまったようだった。


 しんと静まり返ってしまった部屋を照喜はにこにこしながら出て行き、今度こそ部屋は沈黙に閉ざされた。


「……解散だ、時間などは追って連絡する」


 清治の低い声で凍りついた空気が融解する。

 ドアの1番に立っていた亜美から順番に生徒会室を何かに急かされるように出て行く。





 楓は生徒会室を出た瞬間、へなへなと壁に寄りかかってしまった。


「……相当大変そうな行事に巻き込まれたみたいだな」

「そうだね、私達はその内容を少しは知ってたから覚悟はできていたけど、楓にはキツイかもしれない」


 歩き出した夏美は呟く。それに合わせて全員少し早めの速度で足を動かす。


「……そして、光希にも」


 楓は思わず光希の顔を見た。無表情で立っている光希の顔には陰が落ちていた。


「相川家は他の家によく思われていないのよ。白樹啓一の件であったでしょ?……相川は実験体の血筋。『異端の研究』によって生み出され、最後まで生き残った最強の血筋よ。だからこそ、他の本家はその存在を疎む」


 木葉は声を潜める。だが、終業式が終わってしばらくした校舎に人は楓達くらいしかいない。


「……相川家の能力は、類稀な戦闘能力だから」

「それが、どうして……?」


 楓は問いかける。木葉は少し悲しそうな表情をした。楓はその表情の儚さに息を呑む。だが、それはすぐに顔から消え去ってしまった。


「今、この世界で必要される能力は、戦闘能力だからよ。本家の序列もそれで決まる。でも、他には無いの、そんな単純な戦闘能力を極めた力を持つ一族は。……天宮を除いて」


 そうなの?、と楓は視線にその意を込めて夏美達を見る。すると、全員頷いた。


「だから、忌むべき研究から生まれ、どの本家よりも『天宮』に近い相川は疎まれているんだ」


 涼が静かに真実を告げた。


 ーー『天宮』に近い。


 それが何よりも大事なのだ。


 楓は今までの疑問が涼の言葉によって解けていくのを感じた。


「相川……、お互い、頑張ろうな!」


 楓はニッと笑って、無表情の光希にそう言った。


 気の利いた事は言えない。下手な慰めもしない。ただ、一緒に頑張ろう、と励ます事しか出来ない。


 でも、光希は少し顔を緩めて頷いた。目を離せば分からなくなりそうな微かな変化。だが、確実に光希は表情を柔らかくした。


「そうだな」

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