不穏な招待
「今から呼ぶ人は渡す物があるので前に来てくださいね〜」
佐藤和宏、改め、火影照喜はにこにこと爽やかな笑顔を浮かべて言った。
あの日の事、主に素の照喜を見てからは、学校での様子に違和感しか感じない。
楓はぼんやりと照喜の顔を見た。
照喜がわざわざこちらを見て微笑む。
……嫌な予感だ。
照喜は楓から視線を手元の紙に移し、そこに書かれた名前を読み上げ始めた。
「相川君、天宮さん……」
(はぁ⁉︎)
楓は驚いて目を瞬く。
照喜はそんな楓の様子に気づかずに名前を読み上げるのを続ける。
「荒木さん、神林君、光神君、笹本さん、笹本君、下田さん、水源さん、以上です。紙、取りに来てくださいね〜」
照喜はにこにこと人数分の紙をピラピラさせた。
「……天宮」
前に座る光希に小さな声で呼ばれ、楓は慌てて紙を取りに行く。
一体何の紙だろう。
席に戻り、半分に畳まれている紙を開く。
そこには素っ気ない字で連絡が書かれていた。
『1時に生徒会室に集まる事。』
非常に簡潔だ。
つまり、何の集まりか全くわからん。
楓は他に何か書いていないかと紙を裏返してみたが、その行動に意味はなかった。
「はい、では皆さん、明日から夏休みですね。怪我と病気に気をつけて、楽しい夏休みを過ごして下さい」
眩しい笑顔で照喜はそんな事を言った。
一部の女子生徒達が顔を真っ赤に茹で上がらせ、昇天しそうになっている。
今日で色々あった1学期も終わりで、夏休みに入るのだ。
ほとんどの生徒は実家に帰って夏休みを過ごすようだが、楓にはそんな予定も無い。
そもそも、家がない。
光希も実家には帰らないと言っていたから、寂しくなることはなさそうだ。
……そういえば、光希にも実家がなかった。
だが、まあとりあえず、今までとは一風変わった夏休みが過ごせる事間違いなしなのだ!
「また2学期にお会いしましょう、さようなら〜」
1学期最後の挨拶になるのだが、かなりサラッと照喜は流して行ってしまった。
楓はぽかーん、とその後ろ姿を眺め、しばらく固まる。
……一風変わった夏休みだって⁉︎
そう思った自分を今更ながら叱り付ける。
嫌な予感しかしないじゃないか!
楓はチラッと机に置いた白い紙を見る。
これが嫌な予感の原因だ。何かロクでもない事に巻き込まれたのではないかと思う。
「……どうしたの?」
夏美が楓の後ろから顔を出した。
「うわあっ⁉︎」
楓は飛び上がって驚きの声を発する。夏美は不思議そうに目をパチクリさせた。それから楓の持っている紙を覗き込む。
「……その白い紙、やっぱりとは思ったけど、楓も呼ばれたんだね」
「呼ばれたって……、何に?」
夏美は楓が訳がわからなさそうな顔をしているのを見て、丁寧に答える。
「五星学園交流会だよ」
「それって、相川が言ってたヤツ?」
楓は前の椅子で横に足を出している光希に問う。光希は頷いた。
「そうだ、……あまり行きたくはないが」
「だよね、あんまり雰囲気良いところでもないし」
涼が会話に参加する。白い紙をピラピラさせてにこにこしているが、あまり気は進まなさそうな感じだ。
「それに、今年は色々と良くなさそうよね。特に、楓と光希にとっては……」
木葉はふうっと息を吐き出す。
「でもさ、夏休みも一緒にいられるのはすっごく嬉しいな!」
夕姫はポニーテールをわさわさ揺らして笑う。夕馬も後ろで首を振った。
「……まあ、でもなんかは起こりそうな感じだな」
「そうだね、普通に本家が会合して何も起こらないで終わるなんてあり得ない。……それに、私は荒木家当主としての参加だから、みんなと一緒にいられるかどうか……」
夏美は悩ましげに腕を組む。
数年前に夏美は荒木家当主になったそうだ。つまりは夏美がたった一人の『荒木』なのである。楓にはそこら辺の事情はよく知らないが、夏美が大変なのはよくわかる。
「でも、他の当主がそんなに大人気ないって事はたぶん無いから、意外と大丈夫かもしれないね」
涼が夏美にフォローのような言葉を言う。だが、夏美の表情はパッとしないままだ。
「そうだと、いいな。……せっかく光希と……、ううん、みんなと長く一緒にいられる大事な機会なのに……」
ボソッと一瞬、光希と言ったような……。
楓は苦笑いをして光希の顔を窺うと、微かに光希は顔を引きつらせていた。
「ところで、五星学園交流会って何日くらいあるの?」
「1週間じゃなかったかしら?」
「合ってると思うよ。日付は……」
「……7月23日からかな?」
木葉と涼、それから夏美が日付について話し始めた。
「って、もう来週からじゃん⁉︎」
楓は思わず叫ぶ。
「ど、どうしよう、夕馬?」
夕姫もあたふたとして夕馬に助けを求める。
「いや、どうしようって言われてもなぁ……。俺だって初めてなんだぜ」
夕馬も困り顔だ。
「相川って行った事あるのか?」
行った事がありそうな光希に聞いてみるが、光希は首を横に振った。
「ない、霊能力者にとっては重要な行事だから存在は全員知っていると思うが、俺も行った事は無い」
「なーんだ、行った事ないのかー」
口を尖らせて言ってみると、光希に睨まれた。
「悪かったな、行ったことなくて」
夏美が楓と光希の間に割って入る。
「えっと、私は今年で3回目になるから、雰囲気とかはわかるよ」
「どんな感じ⁉︎」
夕姫が即座に食い付く。
「本家の当主や、次期当主なんかも大勢集まって交流するの。で、私達みたいな高校生の本家の血を引く人も集められて、交流する機会にもなってる。……主旨は私達が当主になった時、他の当主とどう付き合うかを学んだり、情報を集めたり、そんな感じ」
夏美はそこで言葉を切って、顎に指を当てる。
「……そして、何より重要なのが模擬戦」
「もしかして毎年夏にやってるアレ⁉︎」
夕姫が素っ頓狂な声を上げた。夏美は小さく顎を引いて頷く。
「……アレって何?」
コソコソと楓は隣の木葉に尋ねる。木葉はコソッと答えてくれた。
「あなたは知らないかもしれないけど、テレビとかに流されるのよ、本家の高校生同士の模擬戦闘が」
心当たりがあるような気がしてきた。
「もしかして、毎年夏辺りに学校でみんなが騒いでたヤツかな?アレって、本当にやってたんだ」
楓が普通の中学に通っていた頃、夏辺りに全員がテレビの話をしていたような気がする。それも、本家の模擬戦について。
「ええ」
木葉はそっと頷き、楓は意識を夏美の話に戻した。
「一般の人は会場には入れないけど、本家の力を示す、とかいう目的でテレビとかに流されるんだ。……要するに今年は私達が戦わなきゃいけないってこと」
「はぁあああっ⁉︎」
夕姫が絶叫する。楓の顔も蒼白だ。
「ね、ねぇ、夕馬、私達、瞬殺だよ?テレビの前で瞬殺、だよ?」
「お、お、そ、そうだな、特にここにいるメンバーに当たったら、終わりだぜ?」
「は、し、死んだ」
「死んだ、な……」
笹本兄妹は早くも絶望している。
「こ、これって、ボクも、やるの?」
楓も絶望しかけの表情で夏美に問いかける。
もう半泣きしている気がする。
「うーん、どうなんだろうね」
夏美は困ったように首を傾げた。
「天宮はここの生徒会長にいるから、楓は出なくても良いかもしれないよ?……うーん、でも、一つの家から一人だけっていうルールも無いけど」
「ホント⁉︎」
楓は顔を輝かせる。だが、光希は微妙な顔で楓の方を見た。
「……だが、無理矢理出させられるかもしれない。『無能』の天宮の実力を誰もが気になっている」
「……確かにね」
涼は光希の考えに同意を示す。
今、本家の間で飛び交っている情報の中で、一番多いのが楓についてのものだ。とはいえ、どの本家も大した情報は掴めずにいるのだが。楓をどんな手を使ってでも模擬戦に引っ張り出そうとする輩も多いだろう。
「木葉は、なんか掴んでないの?」
夕姫が木葉に聞くが、木葉は肩を竦めた。
「わからないわ。でも、楓は気を抜いたら駄目よ。いつ何が起こるかわからないから」
「う、うん」
楓はゴクリと息を呑んで、木葉の忠告をきちんと胸に刻んでおく。
「ところで、下田さんは本家の人じゃないよな?なんで呼ばれたんだ?」
夕馬が今更ながらそんな質問をした。それもそのはず、夕姫と夕馬は木葉の正体を知らないのだった。
木葉は唇に指を当てると、あまり大きくない声で答える。
「……私は天宮家の御当主様に仕える身。だから、呼ばれるのは当然の事。ちなみに本家交流には何回か顔を出した事があるわ」
「「……⁉︎」」
全く同じタイミングで笹本兄妹は目を見開いた。
「マジかよ……」
夕馬は呟く。
「このメンバーめちゃくちゃ濃いじゃん……」
夕姫もボヤくように言う。
「これは一応秘密よ。他言無用ね。私の正体を知られると更に面倒だから」
木葉はニコリと微笑んで釘を刺した。なぜか笑顔が怖い。笹本兄妹は顔を青くして頭をぶんぶん振った。
「今もだいぶ面倒だもんな、木葉。ファンクラブあるんでしょ?」
楓が何気無しにそう言うと、木葉ではなく光希と涼の顔が凍りついた。木葉は静かに笑顔で返事をする。
「……ええ、定期的に告白されるのには困っているわ。それに、私の盗撮写真が出回っているのもね……」
どす黒いオーラが木葉の身体から漏れ出した。触れてはいけない物に触れてしまったようだ。
「そうよね?光希、涼?」
光希と涼は青ざめた顔で小さく頷く。どうやら二人とも同じ被害に遭っているみたいだ。
「ま、まあ、昼ご飯、食べに行こうよ!」
微妙な空気を吹き飛ばそうと、空々しく楓は話題を逸らす努力をする。
夕姫も加勢に入った。
「そうだよ!私お腹空いた〜!」
「そうそう!」
夏美の笑顔の努力もあり、木葉はどす黒いオーラを消した。
「そうね〜、私もお腹空いたわ」
楽しそうにそう言って歩き始める。
切り替え早っ。
全員そう思った。
第5章です
 




