火影照喜の目的
ーー光希と青龍の戦闘中。
火影照喜は暗闇の中を音を立てずに走っていた。追っているのは白樹啓一だ。白樹啓一は自身の死を悟り、作った自分の身体、つまりはクローン、を動かし始めた。照喜は光希達よりも先に着いて、その存在を確認していたのだ。
照喜が所属しているのは存在しない組織、『九神』の陰だ。『九神』に選ばれる事すら相当厳しいが、陰は更に上の強さを求められる。ほんの一握り、十名にも満たない、に選ばれるのは、日本屈指の霊能力者だった。
中でも一線を画するのは相川家の相川みのるだ。相川は忌むべき存在ではあるが、みのるの実力はそれすらを超えて畏怖を覚えさせられる程の物だった。
……そして、相川光希。
相川みのるの血を引く者であり、話によればみのるを凌駕する力の持ち主だと聞いている。その力にはとても、興味があった。
ましてや、天宮が隠していた天宮楓という存在は……。
照喜は突然足を止めた。白い白衣が目の前で翻る。
「やあ……、白樹啓一」
白い白衣の人物は足を止めて、振り返った。その顔は白樹啓一そのもので、全く同じだ。それは本物と全く同じ表情で笑った。
「火影か……、君は。私を殺しに来たのかねェ?」
「はい……、でもその前に聞きたい事がある。良いかな?」
『白樹』は訝しげに目を細める。構わず照喜は『白樹』に問いかけた。
「……天宮楓は何者だ?」
ニタリ。『白樹』は唇を吊り上げた。不気味な笑みにも照喜は普段通りの顔のまま、動じない。
「あの異端の天宮は……、人ならざる者だよ……。アレはバケモノだ。人でも妖族でも魔族でもない。どれでもない……。実に興味深い『生き物』だ」
あっさりと返事が返って来た事に意外感を覚える。照喜は顎に手を当てた。
「ふむ、あの少女は人ではないと言うのか……。それじゃあ、どうしてそんな存在を天宮は守ろうとする?」
『白樹』は肩を竦めた。
「私が知るわけがなかろう。……ただ、アレは今までの霊能理論でも説明しきれない何かがある」
「……まさに、得体の知れない何か、って言うところ。……それでは、相川光希についても聞こうか?」
「相川光希は……、九条と相川を掛け合わせて作った私の最高傑作だ」
照喜の問い掛けに再び『白樹』は答えを返す。本物であれば、こんなにも簡単に情報は明かさないだろう。小野寺仁美のように性格が変質してしまうのが、クローンの弊害なのかもしれない。
思った事は顔には出さず、照喜は呟く。
「あの龍は、『九条の龍』と呼ばれたものなのか?」
「九条春香を使ったからねェ、その解釈で正しいだろうよ」
ーー九条春香。彼女は九条家の最後の当主にして、最強の精霊魔術師だった。だが、15年前に彼女は死に、九条の血は途絶えた筈だった。
「光希君は九条家の血を引く最後の一人と言う訳だ……。それならば、天宮楓の周りの人間はほぼ全員、異端の者だというのには、どう説明を付ける?」
『白樹』は目を細める。
「誰かが彼等を引き合わせた、ていうのかもしれないねェ?では、キミの考えも聞こうか?」
照喜は唇を歪めた。『白樹』と同じ答えに至った事に、少しばかりの皮肉を感じて。
「僕も君と同じ結論を出したよ。……彼等は意図的に引き合わされた。そうとしか考えられない」
「うむ、天宮健吾はおそらくその人物を知っているのだろうな。全ての元凶を」
照喜は手に火を灯した。ボッと暗闇に光が灯る。ゆらゆらと揺れる断罪の炎が燃える。『白樹』はそれを見てもニタニタ笑うだけで何もしない。本体が霊力を行使している今、この『白樹』に霊力は使えない筈なのに。
照喜は微笑んで、『白樹』に最後の問いを発した。
「なぜ僕に全て話した?」
『白樹』はケタケタと耳障りな笑い声を上げた。
「……何故って、面白いからだよ!キミもまた、抗う者だ。そうだろう?火影の次男坊?」
「……」
「長男、火影当主よりもずっと大きな力を持ちながら当主を兄に譲り渡した。何年もその本当の実力を隠しながら!」
両手を広げ、『白樹』は劇的に語る。照喜はその間、無表情でそれを見つめていた。
「キミは当主という枷を嫌った。だから、キミは天宮の陰に身を窶したのだろう?」
「……そうだよ。だから僕は当主を拒否したんだ」
照喜は暗い笑みを浮かべた。『白樹』は嬉しそうに頷く。
「キミのその目が気に入った!然らば、私はキミに手を貸そう!」
興奮し、上擦った声で『白樹』は言う。そして、手を照喜へと差し出した。照喜は感情の籠らない暗い瞳で『白樹』の目を見る。そして手を前に出した。『白樹』がその手を取る。
「……でも、僕には目的があるんだよね」
呟く。
『白樹』の身体が発火した。
「ナッ⁉︎」
照喜は手を解いた。『白樹』は喉を焼かれ、声を上げる間も無く灰になる。
淀んだ風が『白樹』だったモノを攫っていく。後には暗闇しか残されていなかった。
照喜は口元に薄く笑みを浮かべ、踵を返す。そして、再び闇に紛れて楓達の所へと向かった。
***
「あのー、先生?あ、それとも火影さん?暑くないですか?」
夕姫が額から汗を流して言った。照喜はにこりと笑う。
「僕が火影って言うのは重要機密だからね、佐藤って呼んで欲しいかな。……それと、思ったよりも燃えやすい物が多かったみたいだね」
照喜が後ろを振り返る。全員が振り返った。
紅蓮の炎がチラリと目に映る。それはこちらに近づいて来るように見えた。
「燃えやすかったってか、ヤバいだろ、これっ⁉︎」
夕馬が叫ぶ。
「佐藤さん、ちょっとマズイですよ!」
夏美は後ろの炎を睨んだ。
光希は腕に気を失った楓を抱え、足を早める。全員怪我をしていた為、今まで早歩きしていただけだったが、もうそれでは炎に呑まれてしまう。
「涼、私の肩に」
木葉が顔を顰めて歩いていた涼の手を自分の肩に回した。さっき斬られた肩は大丈夫なのか、という思考が一瞬涼の脳裏をよぎったが、悠長に考えてなどいられない。涼はすぐにそれを忘れて、選択肢も無いのです木葉の言葉に甘えた。
「ごめん……、ありがとう」
「全然良いわよ。……照喜も少しお遊びが過ぎるようだけどね」
光希は照喜に言われるままに、通路を進む。楓の重さは気にならない。
楓が戦わなければ、きっと全員殺されていた。
光希は腕に力を入れる。
もう離さない。
「光希君!そこを左!」
声の通りに角を曲がると、階段が顔を出した。光希は一気にそれを駆け上がる。
眩しい光が目を焼いた。
目を細め、光希は辺りを見回す。町の外れだった。誰も歩いていない。だから照喜はここを出口に選んだのだ。
「はぁ、はぁ……」
夕姫がふらりと夕馬共に地上に這い出てきた。その後に仁美が続き、全員が出て来る。
最後に照喜が階段を登ってきた。汚れ一つ無い状態で、疲れた様子も一切見えない。これが『九神』の陰の実力なのだった。
「火は消したから大丈夫だよー」
呑気に照喜は笑いながら言う。空かさず夕馬が噛み付いた。
「そんな簡単に消せるなら、さっさと消せよっ⁉︎」
「いやー、徹底的に燃やせって命令されたからね、しょうがない、しょうがない」
手をヒラヒラさせるだけで相手にならない。夕馬は勢いを削がれて呆れた目をする。
しばらく呑気な笑顔を浮かべていた照喜は、突然顔付きを変えた。
「それで、君達にはお願いがあるんだ。……僕が火影で『九神』の陰だということと、光希君の本当の力、そして楓ちゃんの治癒能力、これらについて黙ってて欲しいんだ」
いつになく真剣な表情で照喜は言う。
「これは正式な命令でもある。これらの事が重要機密である事を心して欲しい。……君達はそれだけ大きな事に巻き込まれている」
夕姫がゴクリと息を呑む。夕馬はチラリと楓の方を見た。
「正確には僕も現状を掴めていない。きっと誰にもわかっていない。だから、君達にはもっと強くなって欲しいんだ。いざという時に自らを、そして、守りたいものを守る強さを」
「強さ……」
光希は呟いた。
楓を守る力を、楓の隣に立つ力を。
光希は眠る楓の顔を見つめる。安心しきった顔で、楓は光希の身体にしがみついていた。
ずっと独りで辛かっただろうに、楓はその弱さを見せない。
だが、心を誰にも許さなかった少女は光希に全ての信頼を預けた。そして、仲間にも。
だからこそ、守りたい。
楓も、楓が守りたいものも。
『……琴吹伊織もそう望んでいたな』
青龍がボソリと口にした。光希は微かに顎を引いて同意を示す。
『だが、伊織の事は忘れない。……忘れる事なんて出来ない』
『うむ、それで良い。あの娘は其方を大切に思っていた。我等もあの娘に命を救われた。忘れては失礼にも程があるというところだ』
『ああ、そうだな』
光希は青龍との会話を打ち切り、前を見た。照喜となぜか目が合った。
「それじゃあ、眠り姫を連れて帰るとしましょうか〜!」
明るく照喜は微笑んで歩き出す。
光希達はその後に続いた。




