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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第4章〜蘇る悪夢〜

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罪と贖罪

「……う、ぅ……」


楓の耳にか細い呻き声が届いた。楓はハッとして声の主を探す。


「仁美ちゃんっ!」


楓は床に横たわる仁美の隣に膝をついた。睫毛が震え、仁美は薄っすらと眼を開く。


「か、えでちゃん……」


仁美の目から涙が溢れた。


「ごめん、なさい……、ごめん、なさい。わたしは、また楓ちゃんを、裏切った。……わたしは……」


楓はそっと仁美の手を取る。仁美は身体を強張らせた。


「……いいんだ。仁美ちゃんが生きてるなら」

「……っ!違う、わたしは、本物の小野寺仁美じゃないっ、わたしは……、偽物。あの言葉だけが、……小野寺仁美の最期の言葉だった」

「あの言葉……?」


仁美の言葉の意味を汲み取れなくて、楓は困ってしまう。


「そう、わたしが最初に、楓ちゃんに、言ったよね?」


楓の頭に青波学園に入ってから初めて仁美に会った時の言葉が蘇った。


『私もね、変わったの。六年前のあの日から。私はあの時、決めたの。誰かに踏みつけられる存在じゃなくて、踏みつける側になってやる、って。だって、楓ちゃんがあれだけ人に踏みにじられていたんだもん。……誰だって、そうなりたくないのは当然だよ』


『楓ちゃんはそれでもやっぱり芯は昔と全く変わっていないんだね。……いつまでも、愚かなまま』


『……でもね、楓ちゃん。私が謝りたかったのはホント。これでもう、私が楓ちゃんに関わる必要はない』


楓の知っている仁美ならまず口にしない言葉の数々。それこそが仁美本人の最期の言葉だと言うのだ。


「仁美ちゃんは何を……?」

「わたしは……、楓ちゃんとずっと親友でいたかった。なのに、あの日それを裏切った。わたしを助けてくれた楓ちゃんを拒絶した。ずっとずっと、小野寺仁美は後悔してたの。楓ちゃんはきっとわたしを憎めないから、ずっと苦しむから、だから、……わたしは楓ちゃんに嫌われようと思った。それに、あの日の事を、謝りたかった……」


仁美は懺悔する。ぽろぽろと涙の雫を零しながら、心に秘めていた想いを打ち明ける。


「一つだけ、楓ちゃんを裏切り続けたわたしが、願ってもいいのなら……、わたしは……、もう一度、楓ちゃんと、友達になる事を願っても良い、かな……?」


楓は表情を和らげた。初めから、裏切られてなどいなかったのだ。


「もちろんだよ、仁美」


仁美は目を見開いた。楓が呼び名を変えた事の意味を理解して、更に大粒の涙を零す。


「ありが、とう……」


楓が仁美を呼び捨てにしたのは、これからは友達だという意思表明だ。本当の意味で、親友に戻る為のその一歩。


「わたしも……、わたしも、楓って呼んで良い、かな?」

「良いよ」


楓は微笑む。仁美の強張った身体から力が抜けた。


「ずっと、考えてた。あの日、仁美がボクを拒絶した事。……やっぱり、怖いよね……。ボクはバケモノだ。……それでも、それでも良いのなら……」

「いい。もう逃げない、そう、決めたから。……楓は楓だから」


仁美は身体を起こして楓を抱きしめた。


「……今までごめん、仁美」


楓も腕を仁美の肩に回す。仁美の暖かさは、生きている人の温もりだった。気づいたら、温かいものが楓の頰を伝っていた。仁美が肩を震わせて、静かに涙を流す。


二人の透明な涙は、二人が今まで秘めてきた罪と想いを洗い流していくようだった。


「それじゃあ、そろそろ退却しようか」


照喜の声で楓と仁美は立ち上がった。光希達も既にいつでも行けるように準備を終えている。


「わかりました」


楓は光希から刀の鞘を受け取りつつ、返事をする。転びそうになった仁美は夕馬に支えられていた。


「帰るか」

「うん!ありがとう、相川」


楓は満面の笑みを浮かべて光希を見た。光希は少し目を逸らす。だが、少し嬉しそうにも見えた。


「焼却命令が出てるんだよね〜、ここ。というわけで、気をつけてね」


照喜は笑顔でそう言うと術式を展開していく。


「『真朱(まそお)火蝶(ひちょう)』」


多くの炎の蝶が生まれた。それは火の粉の鱗粉を振りまきながら乱舞する。


「きれい……」


夕姫が手を伸ばす。それを涼が止めた。


「ダメだよ、触っちゃ。火傷するよ?」

「う、あ、そ、そうだね」


あはあはあは、と夕姫は空笑いする。


「それも火影の術式なのか?」


光希は尋ねる。家の術式は原則他の家には明かさない。教えてくれるか怪しいところだったが、照喜はさらっと返事を返した。


「僕のオリジナルだよ。結構便利だよ、この蝶。火で出来てるから、自在に操れるし、簡単に広範囲を燃やせる。他にも色々使い方はあるけどね」


火影じゃないと使えないけどね、と照喜は付け足した。


楓達は出口へと、無理が効く範囲で急いで歩く。楓は全身の痛みを顔に出さないようにして、足を動かす。肋骨が折れているし、血が止まらない。


怪我しすぎたな……。


楓は微かに唇を上げる。血が足を伝って地面に落としていく。


「……大丈夫?楓ちゃん?」


こそこそと照喜が楓に耳打ちする。楓はその顔を見ずに頷いた。それから顔を上げて気になった事を口にする。


「はい、って、その喋り方が素なんですか?」


照喜は頭に手をやった。色素の薄い髪がサラサラと揺れる。


「いやー、そうなんだよ〜、実は。教師なんてやった事なくてね、あ、でも、教員免許は一応持ってるよ」

「……持ってなかったら、教師できないじゃん」


楓は小声で突っ込む。


「そうそう、だから、たぶん僕がA組の担任にさせられたんだろうね」


聞こえていたようだ。照喜は悪戯っぽく楓にウインクをした。


「でも、楓ちゃんの戦うところを間近で見れて良かったよ」

「へ?」


照喜はスッと目を細める。


「……強いね、君は。だから光希君くらいしか君の隣に立てないわけだよ」


楓は目を見開いた。


「そう、ですか?ボクは、結局『無能』です。どう頑張っても霊能力者には勝てない。それはあなたならよく知っている筈だ」


地面に目を落とし、楓は今日の事を思い出す。結局できたのは時間稼ぎ。それ以外、何も、何の役にも立たなかった。


「……それもまた事実だね。でも、僕が言っているのはそこじゃない、心の問題だよ。御当主様が光希君と楓ちゃんを引き合わせた意味がわかった気がするよ」

「……っ、というと?」


落ちていた瓦礫を跨ぐと痛みが走った。だが、楓はそれを無視する。


「君達はよく似てる。その本質が、ね」

「本質……?」


照喜はニヤッと笑って楓の耳元で囁く。


「例えば……、自分自身の気持ちとお互いの気持ちを全くよくわかってないところとか。そうでしょ?楓ちゃんも光希君を守りたがってる」

「は、はぁっ⁉︎な⁉︎イダァッ!」


楓は思わず全力で叫んでしまう。すると全身に激痛が走り、更に絶叫する。


「……天宮に勝手な事を吹き込むな」


光希が視線で人を殺せそうな雰囲気を漂わせ、照喜を睨んだ。照喜は手をぴらぴらさせて笑う。


「いや〜、事実でしょ?」

「……は?どうしてそうなる?」


光希の目つきが険悪になる。楓はオロオロして、とりあえず光希を宥めにかかった。


「ま、まあまあまあ、その辺にしとこ?相川?」

「……お前は黙ってろ」


光希に一蹴された。楓はそのまま固まって沈黙する。


「仲良いね〜、二人とも」

「「は?仲良くねぇわ!」」


ブッ、と後ろで誰かが噴き出した。涼が呆れて呟く。


「そろそろ認めようよ……」


楓は反射的にそう言ってしまい、そう言えば初めからあまり仲良しをした事が無い事に気づく。そもそも、護衛なんか要らない、と思ってさえいたのだ。


今は……、護衛でもいいかもしれない、と思わなくもないところだけど。


「……でも、みんなありがとう」


楓は全員に聞こえるようにそう言った。光希達は驚いたような顔をして、それからそれぞれ優しい表情を浮かべる。


「困った時はお互い様だよ!楓は大事な友達だよ」


夕姫が言う。夕馬もそれにコクコクと頷いた。


「私も楓が好きだからね、助けに行くのは当たり前。ね?」


夏美が笑った。楓は嬉しくてたまらなくて、笑みをこぼした。


「ありがとう……、」


楓の意識が歪んだ。ぐにゃりと視界が歪み、平衡感覚が無くなる。光希が驚いて、自分に手を伸ばすのが他人事のように見える。


「おいっ⁉︎」


それを聞いて最後、楓の意識は黒に閉ざされた。









「楓!大丈夫なの⁉︎」


涼が慌てて光希に問う。光希は腕に抱えた楓の手に触れる。


「……大丈夫、気絶しているだけだ」


光希は温かい楓の手から手を離す。生温い液体の感触があった。これは……。


「っ!」


楓から離したその手は真っ赤に染まっていた。


「光希、っ⁉︎」


木葉が光希の手を見て息を呑んだ。木葉は今まで歩いてきた道を振り返る。


「……この子、今までこんなに血を流しながら歩いてたの⁉︎」


その声に全員振り返って道を見た。廃線になった線路が引かれたコンクリートの上、暗がりでもわかる。ずっと血が続いていた。


「うそ……」


夏美は目を見開いてその血の跡を凝視する。この状態のままずっと歩いていたなんて、信じられない。尋常じゃない出血量だった。


「どうしてあんなに平気そうにしていられたの……?」

「楓……死んじゃわない?」


夕姫が必死な表情で光希を見て、それから木葉を見た。木葉は光希の側に歩み寄り、楓の頰に触れる。


「……脈は安定しているわ」


木葉は指をスッと動かして傷を探す。制服はやっぱりまたズタズタで、余すところ無く切り裂かれた事が分かる。その想像を絶する痛みを思い、木葉は額に皺を寄せた。


「……もう傷が回復を始めている。骨も繋がり始めているわ。……大丈夫よ。楓は死なない」


ふうっ、と誰かが安堵の息を吐いた。だが、涼は厳しい目つきで楓を見た。


「その驚異的な回復能力は一体何なんだろう?」


この場の誰もが気になっている事だった。


楓の正体。


誰も知らないし、本人も知らない。


楓の力は一体何なのか。


「……分からない」


光希は誰にともなく呟いた

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