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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第4章〜蘇る悪夢〜

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『九神』の陰

ゆっくりと身体を起こす光希の姿に、楓は思わず小さく微笑んだ。


「……なんだ、立てるじゃないか……、あっ」


そう思った途端、身体の力がふっと抜けた。手足の感覚が無くなり、痛みが戻ってくる。楓の身体はふらりとよろめいて、重力に引かれた。目を閉じようとしたその時、楓の身体は誰かに受け止められた。


「……すまない、天宮」


光希が掠れた声で言う。楓は力の入らない唇の端を辛うじて上げて、笑ってみせる。


「ありがとう……、相川……」


楓の身体から完全に力が抜けた。ガクッと光希の腕に重みがかかる。光希は楓を抱いて静かに前を向いた。光希の周りを蒼い粒子が舞い始める。


今の光希の心にあるのは、静かな激情……、怒りだった。


「くははははっ!やっと見せてくれるか!九条の力をッ!」


白樹は恍惚とした表情で狂った笑いを撒き散らす。光希はその姿を無感情に見る。


「……来い、青龍」


光希の身体から蒼い粒子が吹き出し、全てを染める。星のような輝きが世界を塗り替える。蒼い光は徐々に収束し、巨大な龍に姿を変えた。


隣で佐藤和宏が息を呑んだ。


「……あれが、九条の龍か……」


蒼い龍はそれ程の威厳と神々しさを持っていた。まさに精霊を統べる四柱の一つ、その力の強大さだった。


青龍は光希と楓を守護するように、二人の囲んで蜷局を巻く。身に纏った蒼い炎は光希と楓を焼く事は無かった。


『……奇しくもあの時と同じ光景だな』


青龍は光希に呟く。光希は頷いた。


「だが、今回は救ってみせる、守り切る」

『うむ、その娘は強い。……死なせはせぬ』


青龍から珍しく強い感情が流れ込んでくる。楓にこだわっているかのようにも思えた。


……それなら好都合。


光希は青龍の背に触れる。青龍には他の精霊とは違い、意思がある。だから、指示はいらない。意志が同じなら!


青龍はその美しい身体をうねらせて、蒼い炎を吐いた。激しい高温の青白い炎が白樹を襲う。


白樹はそれでも慌てずに瞬時に障壁を何重にも展開し、炎に耐えようとする。だが、それよりも霊力の篭った炎が強い。二枚障壁が割れ、二枚作る。繰り返しても炎は衰えない。むしろどんどん強くなっていくだけだ。


「ナッ⁉︎」


白樹の身体が障壁と共に壁に叩きつけられた。内臓か何かが傷ついたのか、口元から血が垂れる。しかし、白樹の恍惚とした表情は崩れない。


「素晴らしいッ!実に素晴らしいッ!私の最高傑作の力!」

『……置かれている状況が分からぬようだな、外道』


青龍の低い声が空気を震わせた。


「……精霊に意志があるのかッ!更に素晴らしいではないかッ!」


白樹は顔を輝かせる。その姿を塵を見るかのような目つきで青龍は見下ろした。


『話も通じぬのか。憐れなものだ……』


青龍はそう呟くと、牙を剥く。青龍の身体が弓のようにしなった。


流星のように蒼い火をたなびかせ、青龍は白樹に襲いかかる。


白樹はそれに対抗し、『刃羽斬り』を発動させる。白い羽根がパッと散り、青龍の動きに追随する。だが、青龍はそれを気にも止めない。炎に触れた羽根が片端から蒼い炎に変わるのだ。青龍に羽根を避ける理由など存在しない。


白樹は地面を蹴って跳び、青龍と距離を離す。


「距離を置かれるなっ!追えっ!」


光希が叫ぶ。白樹の狙いは読めた。白樹は青龍と距離を置くことで時間を稼ぎ、あの精霊拘束術式を発動させる気だ。


『逃さぬ』


一瞬で距離を詰めた青龍の牙が白樹の身体に触れた。瞬間、白樹の身体が蒼い炎に包まれる。


「グギャァアアッ!」


悍ましい絶叫が耳を刺す。光希は微かに眉を寄せた。


その声は、白樹の身体が消えても耳障りに耳に残っていた。


光希の隣に戻った青龍は、目を閉じる楓の額にその頭で恭しくそっと触れる。


『……やっと、お会い出来た……』


青龍は光希に聞こえないように言うと、頭を離す。その時、丁度楓が目を覚ました。楓は青龍を近くで見ても怖がらずに、手を伸ばす。楓の手に冷んやりとした感覚があった。


「……綺麗な、龍だね。蒼い……」


掠れた声で楓は囁く。その言葉に昔聞いた言葉が重なり、光希は自分の心臓が跳ねる音を聞いた。


「ああ、原初の精霊、四神の青龍だ」


光希に抱きかかえられたまま、楓は驚いて目を見張った。四神の青龍なんて、精霊を知らない楓でも知っている程の有名な精霊だ。もはや神と言ってもいいのかもしれない。


『その深手で動けるとは……』


青龍は楓の顔を覗き込んで呟いた。楓は自嘲気味に薄く笑う。


「うん……、ボクはバケモノだよ」

『そうかもしれない。……だが、それは我の主人、相川光希も同じこと。そしてその力はまだ目覚めていない』


知的な瞳が楓の心の奥を見透かすように煌めいた。


「……よくわからないけど、この事はもう、いいんだ、バケモノでもなんでも。……相川が、助けに来てくれたから……。それでも良いと言ってくれる人がいるから……」


光希の瞳が大きくなった。


「天宮……、お前……」


楓が選んだのは信じること。真っ直ぐな瞳は光希の顔を写していた。


「……あっ、あわわわ!なんかボク、変なこと言った!わ、忘れろっ!」


楓は自分が言ったことの意味を考えて赤くなる。光希は安心したような溜息を吐き出す。それから悪戯っぽく笑う。


「絶対に忘れてやらないぞ」

「うぅー……」


楓は唸り声を上げる。一生の不覚だ。


だが、光希の笑う顔を見れたから良かったかもしれない、と思う自分がいた。


楓は光希の腕から身体を離し、自分の足で立ち上がる。ふらっとしたが、転ぶ前に踏みとどまった。


辺りを見回す。広い部屋はぐちゃぐちゃになり、破壊されていた。見るも無惨な有様だ。


「楓……」


涼が身体を持ち上げる。腹部を斬られ、立つのがやっとの様子だった。


結局あの時と何も変わらなかった。変われなかった。


後悔に似た苦しい気持ちが涼の心を染める。


「勝てないな……」


誰にも聞こえないようにそっと口にした。光希には勝てない。どれだけ鍛錬してもきっと。それに、楓はきっと涼を見ていない。見ているのは……光希だけだ。でも、それが一番良いのかもしれない。涼には楓の隣には立てない。木葉の言った通りだ。それだけの力が無い。


それが今の涼だった。


「光希、その龍が……?」


夏美が問いかける。光希は夏美と涼を振り返った。青龍が二人の方に身体を近づけると、二人は驚いて一歩下がった。


『うむ、我が相川光希の精霊、四神の一柱、青龍だ』

「せい、りゅう……」


夏美が大きな瞳を更に大きくし、目の前の龍に魅入る。


「綺麗……」


夏美は感嘆の溜息を吐いた。


「これが光希が今まで隠してきた事なんだね」

「ああ、三年前、お前らを避けてきたのは、俺が青龍を制御できなかったからだ。……本当に」


光希は二人から目を逸らす。


「……すまなかった」

「ううん、こんな強い力、隠すのは当然だよ。今まで精霊と通常術式を使い熟す人間は出なかった。大騒ぎになっちゃうよね」


夏美は優しく笑って頰の汚れを拭った。


「僕たちに隠すのも当然だね……。僕らは結局本家の人間だから」

「でも、やっぱり光希は優しいよ。ありがとう」


無条件の信頼は光希には少しだけ辛かった。


「……ところでさ、佐藤、どこ行った?」


しばらくキョロキョロと辺りを見ていた楓は疑問を口にする。


「確かに……、そうだねって、なんで私達の担任がいるわけっ⁉︎」


素っ頓狂な叫び声を夕姫は上げ、折れた(あばら)の痛みに顔をしかめた。


「やあ、」


突然部屋に佐藤和宏が笑顔で現れた。一体何をしていたか分からないが、目的が不明なのが怖い。楓は少し警戒する。といっても、身体は限界で戦えないのもまた事実だ。


「先生は、一体何者何ですか?」


涼は尋ねる。


「……火影の人間だな?」


光希が口を挟んだ。空気に緊張が走った。光希の鋭い視線が佐藤和宏を射抜く。佐藤はにこりと微笑むと頷いた。


「そうだよ。僕は『九神』の陰所属、火影(ほかげ)照喜(てるき)。君達の先輩、というか、上司に当たるかな」

「陰……、の人なんだ……」


夏美が目を見開く。驚く光希達の様子に、楓は首を傾げる『九神』は知っているが、『陰』というのは知らない。


「あのー、陰って何ですか?」


丁度肩を押さえた夕馬が楓の疑問を代弁して言ってくれる。快く照喜はその質問に答えた。


「本当は機密なんだけどね……、陰は存在していない事になっているけど、その存在と正体を隠して活動する『九神』の最上位組織だよ。相川みのるさんも陰所属だよ」

「親父も……!」


光希の表情に驚愕が浮かぶ。光希すら知らない組織がある事に楓は驚いたが、そんな大物が楓のクラスの担任をしているという事の方がよっぽど不可解だ。


「そんな人がどうしてボクらの担任なんですか?えーっと、それと、機密をペラペラ喋って大丈夫なんですか?」


照喜は指をすっと伸ばして楓を指した。楓はキョトンとする。


「機密を話すのは君達には知る権利があるからだ。そして、君達の監視が僕の任務だよ、ね、木葉?」


今まで沈黙していた木葉に照喜は話を振った。木葉は面倒臭そうに照喜に答える。


「ええ……、貴方の任務は天宮楓と相川光希の監視と守護」


光希の顔から表情が消える。


「なら……、ならどうして今まで傍観していた?天宮がこんなに傷つく前になぜ出てこなかった?」


光希の声には静かな怒りが籠っている。


「相川……」


光希はカツカツと胸ぐらを掴む勢いで照喜に詰め寄る。照喜は顔色を変えずに、光希を冷めた目で見つめた。


「僕が手を出していたら、君はあの呪縛に囚われたままだった」


痛い所を突かれたように光希が微かに眉を動かす。


「だが……」

「それでは困るんだよ。……君が完全に力を使えるようにならないと」

「どういう、意味だ?」

「いやー、僕じゃ分からないな」


惚けた。これは知っている顔だ。しかもそう思わせるようにワザとそうしている。この事実を匂わせる理由が読めない。


「それでも……、天宮は……!」


光希は言う。照喜は薄い笑みを浮かべた。光希だけに聞こえるように告げる。


「……一度折れた心は、そう簡単には折れなくなる。人を信じる事を思い出したあの子は……、強くなる」


光希からさっきまでの剣幕が掻き消えた。他に聞こえないように光希もまた言う。


「……それがお前の狙いか」


照喜は微笑んだだけで答えなかった。

なかなか投稿出来ませんでした、すみません。


とうとう担任の正体が……。

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