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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第4章〜蘇る悪夢〜

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願いの代償

涼が放った刀が霊力を乗せた風に撃ち払われた。雷電を纏った陽炎が霧散していく。カランッ、という音と共に刀が涼の遠くに落ちた。


「なっ⁉︎」


涼は一瞬驚きに目を見開く。


「そんな生温い攻撃が私に通用すると思うかい?」


白樹啓一は何事も無かったかのように笑顔で言った。涼の頰を汗が伝う。


白樹が無詠唱で術式を放った。紫電が弾け、涼達に向かって襲いかかる。不気味に輝くその光は涼の反応速度すら上回り、涼の胸に届こうとする。当たれば一瞬にして全身焼け焦げて即死だ。


だが、涼はフッと笑ってみせる。白樹は訝しげに眉を潜めた。


紫電が涼の身体を貫いた。


「涼っ!」


夕姫が動揺して声を上げる。だが、貫かれた涼の身体は解けて消えた。


「えっ?」

「ふっ、くははっ、それすら『陽炎』だったかァ!さすがだ、神林!」


白樹は全く動じない。涼は刀の隣に姿を現した。素早く刀を拾い上げ、構える。緊張感も無く、白樹が軽く手を振った。


瞬間、白い羽が視界を埋め尽くす。


あの術式はー『刃羽斬(はばき)り』。


『かまいたち』の上位術式。あの白い羽一枚一枚が人一人を簡単に殺す事ができる凶器だ。それを無詠唱で、瞬時に展開、そして発動させる技量には感嘆せざるを得ない。


あの白い羽を模した空気の極薄刃に触れれば、細切れにされてしまう。光希でもなければ抵抗は不可能だ。それなのに、その圧倒的な死の気配はとても美しかった。


白く舞う羽根はまさに死の天使が撒き散らした物のよう。全てを優しく包み込む、そんな雰囲気すら漂わせている。


それでも死は間近に迫っている。涼は木葉の援護の元、後退する。


「夕姫!」


夕姫は即座に頷き、夕馬に思念を飛ばす。仁美と光希を守っていた夕馬は顔を上げ、術式を組み始めた。


「「『封絶結界(ふうぜつけっかい)』!」」


結界が白樹共々『刃羽斬り』を封絶する。文字通り世界を結ぶこの術式は、小さな世界の中で起きる現象全てを閉じ込める。もちろん、『刃羽斬り』も。閉じ込められた白い羽根は術者たる白樹に襲いかかる。


しかし、自分のいる世界が白く閉ざされそうになっても、白樹は笑顔を崩さなかった。


嫌な予感に顔を引きつらせた涼が叫ぶ。


「伏せてっ!」


夕馬はその言葉と同時に物理障壁を展開した。その直後、爆音と共に白い世界が弾け飛んだ。


「うわっ」


楓は爆風に煽られて飛んできた羽根を僅かに首を振って避ける。皮一枚ですり抜けた羽根は楓の背後に圧倒的な破壊をまき散らした。


「……あっぶな……」


もしもこれが直撃していたら、身体能力を奪われた楓など、一瞬でバラバラになっていたはずだ。感が鈍っていない事に感謝し、楓は夕馬と後から加わった夕姫の物理障壁で衝撃を耐え切った涼達に意識を戻す。


涼は夕姫が張った障壁に助けられ、深い傷を免れる。涼はすぐに体制を立て直す。


「ありがとう、夕姫」

「まあねっ!」


夕姫は頭から一本飛び出した髪の毛をピョコンと動かした。……というのは、たぶんただの錯覚だろうが。


「涼、夕姫!頼んだよっ!」


夏美は涼と夕姫に声をかけた。先程から動きを見せない夏美は拳銃を構えつつも、術式で攻撃する気配は無い。おそらく、白樹に気づかれないように術式を練っているのだ。


夕姫が刀の切っ尖を白樹に向ける。白樹は全く余裕を崩さない。だが、それは諦める理由にはならない。


夕姫は恐怖をねじ伏せ、無理矢理にでも笑う。霊力を身体に満たし、強化した足で床を蹴った。全力で蹴った床にヒビが入り、夕姫の身体は砲弾のように飛び出す。


光希と涼の速度までは追いつけないが、それに近い速度なら一直線の時のみ再現できる。だが、一直線の攻撃は何よりも見切られやすく、防がれやすい。


夕馬が魔弾銃の引き金を引いた。夕姫を真っ直ぐに切り刻もうとする氷の刃を砕く。カバーできなかったものは木葉が弓で撃ち落とす。キラキラと氷が砕け散って夕姫に降り注ぐ。夕姫はそのまま突き進んだ。


霊力を纏った刃が白樹に確実に届く。


「えっ⁉︎」


夕姫の刀は白樹の人差し指にピタリと止められていた。夕姫は驚愕し、動きを止めてしまう。


「未熟だねェ!」


白樹の指がスッと刀を滑る。途端、夕姫の身体にかかる重力が反転した。軽くなった夕姫の身体は相当な速度で宙を飛ぶ。


「うわっ⁉︎」

「夕姫っ!」


夕姫の身体にかかる重力が一気に大きくなった。夕姫は壁に穴を開けて叩きつけられる。


「ぐあっ!」


夕姫の呼吸が一瞬止まる。苦痛に顔を歪めた夕姫は口から血の塊を吐き出した。霊力で身体を強化していなかったらどうなっていたか、考えるだけで恐ろしい。


「『第五式、封の陣』っ!」


夏美の声と共に白樹の足元に陣が突然出現した。夏美が今まで沈黙していたのは陣の構築を悟らせない為だ。この瞬間の為に。


その陣の上ならば霊力を無効化するその術式は確実に白樹を捕らえた。夏美はその隙を逃さずに、銃弾を撃ち込む。


「あぁぁぁぁっ!」


しかし、夏美の弾は一発も届いていなかった。白樹の物理障壁に当たった弾は力を失い、地面に空虚な音を立てて落ちる。夏美は思わず呟いた。


「……どうして?」


白樹が唇を吊り上げる。夏美に見せつけるように、白樹はその指に焔を灯した。


「……なんで、効いてないの⁉︎」

「術式を捻じ曲げたんだよ!まあ、私のオリジナルだがねェッ!」

「そんなっ!」


夏美の表情が絶望に染まったように見えた。だが、夏美はちらりと光希を見て踏み止まる。


(……でも!絶対に退けないっ!)


夏美は歯を食いしばって白樹を睨む。


「涼、絶対に、倒すよ」

「うん」


涼と夏美の放つ殺気が強く濃くなる。夏美の身体から霊力が溢れ出す。美しくも禍々しい光が夏美を包んだ。夏美の虚ろな瞳が白樹を捉える。


「……『第九十九式、奈落(ならく)の陣』」


黒い何かが白樹の足を絡み取った。白樹を中心に、黒い陣が描かれていく。強い力がそこで荒れ狂っているのが感じられた。


そこで白樹は初めて動揺を見せた。


「ナッ⁉︎この術式はっ、一体ッ⁉︎」


白い白衣が下から吹き上がる黒い風に巻き込まれる。暗黒が溢れ出し、ドロドロと白樹を取り込もうとする。


夏美がこの術式の深くを開放したのは今が初めてだった。ここまで深くを開放した事は無い。そうするには理性が拒否していた。だが今は、それでもやるしか無い。


夏美は必死で術式に霊力を注ぎ込み続ける。どんどん力が奪われていくと同時に夏美の顔に玉のような汗が滲んだ。


「私はっ!光希を助けるっ!こんなのじゃ、まだまだ追いつけないのっ!」


夏美は叫ぶ。


必死に、大好きな人を守る為に。


「ふふふっ!くあははっ!つまらん!」

「……ぁっ!」


黒い陣に亀裂が入る。夏美はか細い悲鳴を上げた。


黒が砕け散った。


白衣を喰われた白樹がそこに笑顔で立っている。夏美は遠のきそうな意識を繋ぎとめて、震える手で銃を向ける。


夏美の目の前で白樹の姿が掻き消えた。夏美の目はその動きに追いつかず、ただ立ち尽くす。


「!」


白樹が夏美の首に手刀を叩き込む。夏美の両手から銃が零れ落ちる。身体から力が抜け、夏美は呆気なく崩れ落ちた。


「夏美っ!」


楓は思わず叫び声を上げてしまった。今戦えるのは、涼と夕馬、木葉の3人だけだ。このままでは遠からず限界を迎えてしまう。


楓は腕に力を入れて、鎖を破ろうと再び努力する。仮に、楓が戦えるようになっても役に立たないかもしれない。その可能性の方がずっと高い。でも、隣に立つ事くらいしたかった。


「大丈夫だよ、楓。心配しないで」


涼はそれでも笑ってみせる。どれだけ苦しくても笑うのが涼の流儀だ。だから、笑う。たとえどれだけ不利であろうと。


そして楓はその笑顔に救われる。涼の笑顔は楓に自分を責めさせない。それが無かったら、楓はきっと自分を責めて自壊していた。


「……わかった。ボクも、頑張ってみるよ」

「うん、それが良いよ。ね?」


涼は優しく微笑んだ。


「うん」


楓は力強く頷いた。


涼はもう一度白樹に立ち向かう。冷や汗は背中を濡らし、微かに指は震えている。


「くそっ……」


らしくもなく、小さな声で毒づく。その声は誰にも聞こえなかった。


「涼!俺がアイツの足止めをする!」


夕馬が魔弾銃に霊力を込める。夕馬が恐ろしい程の集中力を発揮し、照準を静かに定めていく。


「了解!」


涼はどう猛な笑みを浮かべた。それは自分自身を鼓舞する為の苦しそうな顔のようにも見えた。


夕馬が引き金を引いた。


涼は霊力で身体を極限まで強化する。その身体からは霊力の粒子が漏れ出す。ゆっくりと流れ始めた時間に、涼は身体を躍らせる。


さっきまでよりも数段早くなった涼の動きに完全に合わせ、木葉が矢を放つ。


夕馬の弾が白樹の足元で爆発した。霊力がキラキラと舞い、白樹の足を止める。


「『滅破斬(めつはぎ)り』」


呟く。涼の刀が鈍く暗い光を帯びる。だが、白樹の手前で涼の足は地面を蹴った。その意図が読めずに白樹は一瞬目を見開く。そして、木葉が放った術式が白樹の前で爆ぜた。


「くっ!」


白樹は意識を防御に割く。それが涼の狙いだった。涼は『滅破斬り』で楓の鎖を断ち切る。


キイィイン、という甲高い音と共に刀と鎖が刹那に拮抗する。涼はさらに霊力を刀に注ぐ。


楓は腕と足が軽くなっていくのを感じた。見ると、鎖がどんどん風化し灰に変わっていっている。


「その鎖が楓に術をかける呪具だったんだ。それを斬れば、楓はーがはっ!」


涼の身体が吹き飛んだ。涼は激しい痛みに身体を斬られた事を遅まきながら自覚する。


「神林っ!」


楓は鎖が切れた事による短い落下の途中で叫ぶ。べしゃりと床に身体が叩きつけられる前に、楓は体勢を立て直した。そのまま涼を助けようと反応したが、まだ感覚がチグハグな身体が追いつかない。


白樹は底の見えない笑顔に怒気を孕ませて、地面に叩きつけられた涼を見下ろす。


「余裕だねェ、神林の『失敗作』」


涼の瞳に明らかな怒りの感情が灯る。涼は血が流れ出す痛みを堪えて、静かに言った。


「……僕をその名で呼ぶな」

「なかなか元気なものだ」

「ぐあぁっ!」


白樹の術式が涼の四肢に突き刺さる。大きな傷ではないのに、その痛みは斬られた時と同等のものだ。


涼は立ち上がろうと努力するが、涼の身体がそれを拒否していた。


「きゃあああっ!」

「うわっ!」


木葉と夕馬の悲鳴が聞こえ、楓はばっと振り返る。楓の視界に映ったのは、スローモーションで倒れていく二人の姿だった。


「木葉っ!笹本!」


二人の肩口から血が吹き出す。長距離武器を扱う二人にとっては致命的な傷だ。目の前の白樹は戦闘に長けた木葉にすら一歩も動かずに傷を負わせた。恐ろしいくらいの圧倒的な実力差。


ーー楓が勝つのは、絶望的。


「さあ、これでオマエだけになったねェ!異端の天宮!」


たった一人立っているのは、楓だけだった。


もしも、この状況を作り出した犯人がいるのなら、それは楓だ。


ーーこれはきっと、願いの代償だ。

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