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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第4章〜蘇る悪夢〜

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暗闇を切り裂く光

重い。


楓は身体の感覚を確かめた。頭がどこを向いているのかわからない。ただ、恐ろしく身体が重く感じられた。


やっと動くようになった手を、楓はピクリと動かす。


かしゃん。


鎖が揺れて硬質な音が鳴る。楓は睫毛を震わせて閉じていた瞼をそっと持ち上げた。


「⁉︎……ここは?」


目を見張って辺りを見回す。そこは見覚えの無い薄暗い部屋だった。散らかったその部屋に所狭しと置かれているのは()の資料と実験器具。そして、ぼんやりと部屋を照らしているのはテレビ程に画面の大きな端末だ。楓のいる場所からはその画面に表示されたものを見る事は出来なかった。


楓は周囲の観察をやめ、自分が今置かれている状況を確認する。


あの時、あの酷い夢を見た朝、仁美に会って……、そして楓は負けたのだ。動く間も無く。


仁美は初めから、楓達を裏切る為に、利用する為に近づいてきた。その事に気付いたのに、楓は信じようとしてしまった。


……そして、このザマだ。


楓は冷酷にはなれなかった。そう、甘すぎたのだ。


楓は自嘲気味に口元を動かす。誰にも聞かせる事の無い呟きが口から漏れた。


「……バカだなぁ」


視線を自分の手足に向けると、壁際に楓の身体は両手首に付けられた鎖が楓をぶら下げるように拘束している。足首も同じだ。今なら逃げれるかもしれないと思い、鎖の破壊を試みる。


楓はもう一度、今度は両手を、動かした。腕は鎖に引っ張られ、直ぐに動かせなくなる。


おかしい……。


楓の力なら、こんな華奢な鎖など簡単に引き千切れる。それなのに、今の楓は本来の力を発揮出来ずにいた。


不意に、楓は人の気配を感じて身構える。強者の気配だ。楓は直感的に危機感を感じた。


「……」


白衣の壮年の男がゆっくりと散らかった部屋を縫って歩いてくる。


今の拘束された状態の楓ではあの男には立ち向かえない。楓は睨むように男の動きを追う。


近くまで来ると、顔が見えた。穏やかな笑みを浮かべた良心的そうな男だ。だが、楓にはその裏に隠した狂気の匂いが嗅ぎ取れる。


明らかに男は楓の敵だ。


「やあ、やっと起きたねェ、天宮楓」


にこりと笑顔を見せて男は狂気を孕んだ声で言った。ぞくりと楓の背筋に冷たい物が走る。


楓は男を睨みつけた。すると、何が面白いのか、男は突然くつくつと笑い出した。肩を震わせ、楽しそうに。


楓は無表情でその様子を眺める。男はしばらく笑い通すと、再び笑顔に戻った。感情の見えない狂った笑顔。そう形容するのが正しいような気がした。


薄汚れた白衣を揺らし、男は静かに楓に近づく。感情を顔に出さないように努めて、楓は男を真っ直ぐに見つめる。


「私は、白樹啓一。天才科学者だよ」


白樹啓一は天才をワザとらしく強調した。楓は思わず訝しげな視線を向けてしまう。


天才を自称する人間を始めて見た。きっと、いや、確実に白樹啓一は壊れているのだろう。


「……その天才科学者とやらがボクに、何の用だ?」


楓が問うと、白樹啓一は嬉しそうに白い歯を見せて笑った。


「天宮楓、キミにとても興味が湧いたからだよ。……異端の天宮に」

「異端の、天宮……?」


その言葉が意味する事が理解出来ずに繰り返す。白樹啓一はコツコツと靴を鳴らして歩き回る。


「そうだねェ。こんな所にこんなに面白いサンプルが転がってたなんて、知らなかったよ!天宮がこんなモノを隠してたなんて!」


新しいおもちゃを与えられた子供のように白樹は目を輝かせ興奮の声を上げる。


「キミは私の最高傑作、相川光希よりもよっぽど興味深い!」


楓はその名前にピクリと身体を動かしてしまった。白樹はその反応を見逃さない。


「ん?何かねェ?……ああ、そういえば、相川光希はキミの婚約者だったねェ?」

「……」

「クハッ、はははははっ!」


狂った笑い声が耳障りに響く。白樹は身体を反らした状態で両手を広げ、笑っていた。


「狂った血と異端の血が混ざったらナニができるのかねェ⁉︎想像するだけでゾクゾクするではないかァ!」


狂った血。白樹啓一の最高傑作。


二つの言葉が楓の中でぐるぐる回る。光希が隠そうとしていたのはこの事……?


そう思ったら、今までの事がほとんど腑に落ちた。もしも仮に楓が忌むべき研究の産物であると知ったら……、その事実に耐えられなくなるかもしれない。その苦しみを抱えて光希が今まで生きてきたのだと言うのなら、光希が無表情で、人を信じ切っていない、闇を抱えているのは、その理由が全てだったのだ。


そして、光希をここまで苦しめる原因を作ったのは目の前にいるこの男。


そう認識した途端、楓は激しい怒りが湧き上がるのを感じた。自分でも驚くほどの強い感情、それが激しく燃え盛るほど楓の頭は冷えていく。


楓は腕に力を入れ、身体をぶら下げている手首の鎖を引き千切ろうとする。しかし、ぐっと力を入れ続けるが鎖はビクともしない。


見た目の割に丈夫なのか?


楓は顔をしかめて更に引っ張る。


白樹は奮闘する楓の姿を冷たい笑顔でただ見ていた。絶対に楓が鎖を破る事が出来ないと確信しているようだった。


「ムダだ。やめた方が良いぞ?」


とうとう白樹が口を開いた。物分かりの悪い生徒に教師が馬鹿にしながら教えるような口調だ。楓は鋭利な視線で白樹を射抜く。


「キミの力は今はただの人並みだ、つまりィ、やるだけムダって事だよ」

「……ボクに、何を、した?」


絞り出すように楓は言う。


「ただの付与術式だよ。大事なサンプルを壊すような物は一切使っていない」


指を振って白樹は答えた。


「サンプルって、一体何なんだよ!」


さっきから『サンプル』と楓の事を物のように呼ぶ白樹に、楓は声を荒らげた。何の事だかさっぱりわからない。そしてその呼び方は楓が人間ではないと言われているようで、不快だった。


「ふーむ、キミはキミ自身の特別さをあまり理解していないようだねェ?」


白樹は笑顔で細められていた目を片方だけ僅かに持ち上げた。鋭い眼光が一瞬散らつく。

楓は恐怖を感じた。


白樹の周りの空気が歪んだ。だが、身体能力の一部を奪われた楓はその兆候に気づけない。


「うぐっ……」


楓の身体に血の線が走った。閃光のように身体に走った見えない刃の正体を楓は悟る。『かまいたち』だ。


楓は顔を微かに歪める。前は『かまいたち』の兆候を見切る事ができたのに、能力を抑えられるとそれすらできない。楓が顔を歪めたのは、傷の痛みよりも悔しさだった。


パタパタと血が床に落ちる。真っ赤な血は暗闇の中でどす黒く見えた。そして楓の傷は既に治り始めていた。その現象を見た白樹は興奮の声を上げる。


「ソレだよ!ソレ!素晴らしいっ!人並み外れた治癒能力、……いや、回復能力と言った方が良い!これこそ、人間を超えた力だよ!」


白樹はさっきまで傷があった楓の足を指でなぞる。楓は身体を強張らせ、白樹に敵意に満ちた視線を向ける。


「……こんな物持つキミがただの人であるワケがないではないか!そうだろう?天宮楓?」


鎖が小刻みに音を立てた。楓はその音で自分が震えている事を知る。


これ以上、言わないで欲しい。聞きたくない。楓が人間だと自分に言い聞かせてきた事の全てがその言葉で瓦解する。


……だから、言わないで。


俯いた楓がそう口にするよりも僅かに早く、白樹啓一は嬉しそうに楓の耳元に囁いた。


「キミは人などでは無い。……キミは正真正銘の、バケモノだよ」


世界にヒビが入った。楓の見る世界が破片に変わる。キラキラとガラスが舞い散るように、割れていく。


ずっと、ずっと。心の中で必死になって繋ぎ止めていたガラスの夢が終わる。


知っていた、筈だった。心の何処かで疑いながら、でも信じていた。


自分は人間だ、と。


疑わないように、大切に守っていたのに……、こんな言葉一つで砕け散ってしまう程に脆かった。


「キミは一体何者だ?人でも無い、魔族でも無い、妖族でも無い……。でも、それでいてそれら全てでもある。全て混ざった異端の血、……何を意味する?」


白樹は更に追い討ちをかける。その言葉に、楓はただ俯いた。


……異端の血。


楓は心の中でもう一度繰り返す。その言葉の持つザラザラとした嫌な感じに、楓は痛みを覚える。胸に棘が刺さったような痛みだった。


どれでも、無い。


全部中途半端だ。


居場所なんて、何処にも無い。


気付いた。楓がいられる場所はこの世の何処にも存在しないのだと。白樹の言葉はそう言っていた。


……ああ。


楓の世界が壊れていく。割れた景色がゆっくりと地面に落ちて、割れていく。ガラスのような煌めきすらも、少しずつ薄れて闇に沈む。


そうか、……ボクは初めから独りなんだ。


楓の顔が絶望に染まる。











そして、世界は暗闇に閉ざされた。










「天宮っ!」


暗闇を切り裂いて誰かの声が響いた。楓の真っ暗な世界に光が差し込む。


「天宮!どこだっ⁉︎」


必死に楓を呼ぶ声だった。


この声を信じて良いのなら、楓の世界はきっと光を取り戻す。


信じたい。


今度は心の奥から全てを。


光希の顔を楓は思い出す。無表情であまり笑わない。でも、笑った時の顔はとても優しくて暖かい。陰った顔も、独りで苦しんでいる顔も、全部、楓は知っていた。


バケモノなんかじゃない、と抱き締めてくれたあの腕の力強さと温もりを楓は思い出す。自分もまた、『異端の研究』の産物という忌むべき存在であるのを知りながら楓を抱き締め、どういう気持ちだったのだろうか。


まだ出会ってから三ヶ月しか経っていないのに、遥か昔から知っているようなそんな気もする。


楓を救ってくれた光希を信じたい。


たとえヒトではないバケモノだったとしても、良いのなら。


「天宮!」


もう一度強く声が響いた。暗闇に差し込む光が輝きを増す。


……それなら、全身全霊を持って光希を、全てを、信じよう。


真っ暗な世界にヒビが入った。楓の世界が光を取り戻す。目の前が明るくなった。


楓はすうっと息を吸い込んで顔を上げる。そして、叫んだ。


「相川っ!ボクは、ここだ!」









「今の、楓の声だよね?」


光希達は楓の声に足を止めた。険しかった光希の表情は微かに和らぐ。


「天宮は向こうだ!」


光希は楓の声をした方向へ走り出す。その後を涼達は追った。

真っ暗な世界に囚われた少女の世界を少年の声が照らす……。


だから光希という名前なのかもしれないです……

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