表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第4章〜蘇る悪夢〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

126/240

揺れる心

「……少し、お話ししましょ?」


そう微笑んで木葉は言った。涼は静かに尋ねる。


「……なんの話かな?」


木葉は笑い声を上げた。そしてその目が細められる。


「何、って、わかっているでしょう?」


涼は木葉の言葉を待った。木葉が何を話そうとしているかは確かにわかっている。だが、それを自分が口にするのは気が引けた。涼が答えない事を確認した木葉は答えを口にする。


「……楓についてよ」


涼は静かに頷いた。考えていたのと全く同じ答えだ。そもそも、木葉がそれ以外の用件で涼一人を呼び出すなんてあり得ない。


「そうだと思ったよ。それ以外の事で君が動くはずが無い。そうだよね?」


木葉は小さく顎を引いて肯定を示した。


「ええ、それが私の任務だしね」


生温い風が吹いた。風は涼の頰を撫で、木葉の髪を攫っていく。


「ところで涼、あなた、最初は命令に背こうとしていたわよね?」


涼は微かに自分の心臓の鼓動が速くなるのを感じる。これはただの確認。木葉はその事を知っている。それがわかっているのに、涼は心に走った微かな動揺を抑える事が出来なかった。


「……うん。本家の言いなりになって天宮家に取り入るのは嫌だった。天宮家に近づくのも」

「……でも、変わった」


木葉が言葉を挟み、涼は更に続ける。


「うん。……楓は僕が思っていた人物とは程遠い。楓はとても優しかった。それはもう、優しすぎるくらいに。そして僕は楓の事を調べた」


涼は翳りのある笑みを浮かべた。


「驚いたよ。あんな境遇であんなにも真っ直ぐで優しいんだから……」

「そうね。あの強さは誰かを守る為に掴んだ物。それも、彼女を虐げた者さえ守る為に」


木葉は伏せていた目を上げる。涼と目がしっかり合った。


「あなたにそれは出来る?」

「無理だよ、僕には出来ない」


木葉の問いかけに涼は即答する。一族を見返したいと思う涼と、純粋に誰かを守る為に力を磨いた楓には大きな違いがある。もしも、楓と同じ境遇だったら……。そう考えると、少し恐ろしい。


「ええ、私にも無理」


木葉も首を振る。


「……でも、だからあなたは楓に惹かれた」


涼は優しく微笑んだ。木葉は本当に何でも知っている。


「うん、そうだね。だから僕は楓に惹かれたんだ。あの光希すら必死になって守ろうとしている理由がわかったよ」


涼は三年前に命を救ってもらった、白い髪に紅い瞳の少女を思い出す。光希を救って命を落としたというあの少女もまた、とても優しかった。


目線を地面に落とす。もう暗くて地面はよく見えなくなっていた。


「……でも、光希は琴吹伊織を楓に見ている。そして楓自身、伊織ちゃんによく似ている。自分を削って人を守ろうとする。……本当は光希だって、あの二人と同じなんだけどね」


木葉は感心したように頰に手を当てた。


「ふぅん、気づいてたのね。楓も光希もお互いが似た者同士だとは思ってないみたいね。むしろ全く反対だと思い込んでいる……」


涼は笑った。似ている二人がお互いの事を勘違いしているのは、側から見てもわかってしまうほどだ。


「あははっ。そうだね。そこまでソックリだよ」

「ほんと、見ていてて飽きないわ」


木葉は軽く肩を竦める。しかし、その次の瞬間、木葉の顔からは笑顔が消えていた。


「……でも、こうして話題を逸らそうとしても無駄よ」


木葉の軌道修正に、涼の顔からもまた、笑顔が消える。さりげなく話題を逸らそうとしていたのがバレていたようだ。やはり木葉相手に舌戦は部が悪い。


「バレてたんだ」

「ええ、もちろん。私が何の仕事をしているか知ってる?」


答えに詰まる。木葉は意味深な笑みを浮かべた。


「知らない」

「まあ、そうよね。むしろ知ってたら困るわよ。……答えは、うーん、そうね……。ひ、み、つ、とでも言っておこうかしら?」


適当な返事に少し脱力する。端から教える気は無いようだった。多少なりとも興味はあるが、話題を逸らす作戦が失敗に終わった今、涼にできるのは木葉の真意を探る事のみだ。


「それで、木葉の目的は何なのかな?」


木葉はさも面白いとでも言うように声を上げて笑う。しかし、一切その目は笑っていなかった。


「目的?私はただ、天宮家の為に動く駒。私の行動も目的も、天宮の為に他ならないわ」


木葉は言葉には嘘は見受けられない。心からの言葉だと、涼は思った。涼達の知らないほど天宮家に仕える彼女が、天宮家を裏切る事は無い。


「……話が大分逸れたわね。話を戻すわ」


木葉はそう言って目を細めた。無意識に涼は息を呑む。


「涼、あなたは楓に惹かれている。そうよね?」


涼は頷く。どこかその顔は硬い。


「私もあの子に肩入れしすぎていると言われたわ」


誰に、とは木葉は言わない。おそらく天宮家の御当主様に言われたのだろう。


「でもね……」


木葉は静かに足を踏み出した。音が全くしない。涼は思わず足を後ろに動かした。しかし、もう目の前に木葉がいる。逃げる事は出来ない。


「……っ」


木葉は白く美しい芸術品のような人差し指が、スッと涼の胸から首の近くまでを撫でる。涼にはその指が自分を殺す鋭利な刃物のように感じられた。


「……でも、それは恋?……それとも、憧れ?」


涼は目を見開いた。木葉の黒い瞳が真っ直ぐ涼の目を射抜く。


「……わからないわよね。知ってるわ」


堪らず涼は目を伏せた。こんな質問で揺らぐほど、この気持ちは脆かったのか。そんな筈は無い。もし、ただの憧れならば、涼は楓を抱き締めようとは思わなかっただろうから。


「僕は……」


木葉が涼の言葉を遮る。


「それは正直に言うと、あまり関係無いわ。……問題なのは、あなたに楓の隣に立つだけの力と格が無いという事」


グサリと言葉が胸に刺さった。一瞬息が出来なくなる。棘は刺さったまま抜けそうに無い。


そう言われてしまえば、涼には反論する術がない。全力を尽くして今の立ち位置にいる涼と、涼達にすら力を隠しながら同じ立ち位置にいる光希。その差は歴然としている。


「生半可な覚悟であの子に近づけば、死ぬわよ」


涼の背中を冷たい何かが走った。木葉の目は真剣そのものだ。冗談だとは到底言えない。涼ですら命を落とす程の何かがあるという事を、木葉は言っているのである。


「……どういう意味……?」

「ねえ、あの子の事、もっと知りたいと思わない?」


涼の問いには答えず、木葉は更に顔を近づける。


「……知りたい」


木葉は顔を離した。その口元が確かに釣り上がるのが見えた。


「この話を他言しないと誓うなら、話せる事を話すわ」

「誓うよ」


涼は自分の意思で判断するよりも先に答えていた。木葉は満足そうに頷くと、空を仰いだ。涼も釣られて空を見上げる。もう花火は始まっていた。夜空に咲く大輪の花が眩しく散る。木葉はそれら全てに背を向けて、涼の顔を見た。


「あの子はね、特別なの。私達の大事な姫君。そして私達最大の切り札。……だから、私はあの子を護る為に何でもする」

「……姫君?」


時代錯誤な言葉に涼は戸惑う。この時代に姫などという身分は無い。つまりは比喩的な意味なのだろう。


「そう。私が今言えるのはこれだけ。でも、わかるわよね?あなたが楓と釣り合う事も守り抜く事も出来無いという事を……」


木葉の冷たい瞳が涼を静かに見ていた。


木葉はこう言っているのだ。楓から手を引け、と。


「……できないよ」


木葉の顔色は変わらない。初めからその答えを知ってるかのようだった。


「そう言うと思ってたわ。……でも、さっき言った事を忘れないで」


涼は小さく頷いた。


「さあ、花火はあと少し。それまで楽しみましょ」


木葉は笑顔を見せて、花火を見つめた。涼は一瞬躊躇った後、踵を返した。


しかし、涼の心の中ではずっと木葉の問いかけが渦巻いていた。


……それは恋?……それともただの憧れ?


振り払おうとしても離れてくれない。


本当にただの憧れなら……、そう考えると怖かった。









木葉は一人、花火を眺めた。涼の背中はすぐに闇に消えた。


「ふぅっ」


小さく溜息をつく。


「叶わないと知りながら、それでも飛ぶのね……」


楓と涼が結ばれる事はあり得ない。涼も薄々気づいているだろう。しかし、涼はそれでも傷つく方を選んでしまったのだった。


「……精々頑張りなさい」


木葉が色々な事を話してます。雲を掴むような話ですけどね。


涼は大丈夫なのでしょうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ