祭りの喧騒1
「ぎゃははははっ!は、はとぽっぽ、はとぽっぽだよっ⁉︎夕馬っ⁉︎あはっ、あははっ!」
遠く、といってもここから15メートルくらいの所からとても聞き覚えのある笑い声が聞こえた。
「ゆ、夕姫⁉︎すごく目立ってるよ……」
慌てたような声はのは涼のものだ。夕馬は不審に思い、振り返る。そして夕馬は顔をしかめた。
「……何でここに……」
仁美は目を見開いて、夕馬の見ている方を凝視している。その視線の先には、夕姫と夏美の後ろを歩いている楓の姿だった。
二人の間であった事の真実は知らないが、簡単には忘れる事のできない事だ。お互い、思うところもあるのだろうと夕馬は勝手に考えた。
今まで物珍しそうに辺りの屋台を見回していた楓が、こちらに顔を向けた。楓は仁美を見ると、一瞬だけその動きが止まった。気をつけていなければ気がつかない程の僅かな時間、その後に楓は顔を逸らしてしまいそうな気がした。だが、楓は夕馬の予想を裏切って、ニコリと笑顔を浮かべる。そして、仁美の方に歩き出した。
少し前の楓なら、目を逸らしていただろう。その間に何かがあったのかもしれない。
夕馬は楓から目を離す。仁美がどんな顔をしているのか気になった。だが、仁美の顔は見えない。代わりに仁美の頭のハトと目が合った。
なんでコレと目が合うんだよ……
半ば呆れながら夕馬は呑気に仁美の頭に乗っかっているハトを見る。ハトはクルッとどこか馬鹿にした鳴き声を上げた。
仁美が近づいてきた楓と目を合わそうとして首を動かすと、ハトは仁美の頭から飛び上がる。
「やっぱり、仁美ちゃんは仁美ちゃんだね〜」
楓が近づき、笑顔でそう言った。
「……どういう事なんだ?」
気になって夕馬はその意味を尋ねる。楓は苦笑いして答えた。
「……仁美ちゃんが不思議ちゃんだって事かな?」
「はい?」
夕馬は仁美の方をちらりと見る。
……どういう意味だ?
楓の言わんとしている事が微妙にわからない。
「仁美ちゃんって、昔からなんていうか……、変わってるんだよ。信号見るの忘れるしね」
夕馬は激しく思い当たる出来事を即座に思い出す。あれは信号を見るのを忘れていたのか……。
「……わたしは、不思議ちゃんじゃない……。普通」
不服そうに仁美は呟く。どことなくむくれた様子の仁美に、楓は笑い声を上げた。
「あははっ!そういう所も変わってないよ!」
「……わたし、まとも。おかしいのは楓ちゃんの方」
仁美は夕馬から受け取ったかき氷のスプーンを振って主張する。
「いやいやいや、ボクはマトモだよ〜。ねぇ?」
楓は手を振って夕馬に同意を求める。夕馬はキョトンとして楓を見た。
「……そうなのか?」
楓はガクッと肩を落とす。むぅっと恨めしげに睨んでくる。ただ、事実は事実なのである。楓は普通に見てもだいぶ変わっていると思う。
「……楓ちゃんも、あんまり変わってない。……そういう所とか」
「ん?そう?あははっ」
なぜか楓は嬉しそうに笑い出す。仁美はそんな楓を不思議そうに見ていた。
「もしもーし、ちょっとそこっ!久々の再会も良いけど、遊ぼうよ!せっかくお祭りに来たんだからさ、遊ばなきゃ!」
夕姫の声に夕馬達は振り返る。楓は目をキラリと光らせた。
「遊ぶー!ほら、みんなもさ!」
楓は仁美に笑いかけて、それから全員の顔を見渡した。……光希を除いて。光希もまた、楓と目を合わせないようにしている。二人の間の亀裂は夕馬にも見て取れるほどのものだった。
「……笹本君、遊ぶ、しよ?」
制服の袖を引かれ、夕馬は我に帰る。仁美の目が夕馬の顔を捉えていた。夕馬は笑顔を作る。
「そうだな!」
楓はしゃがみ込む。楓の瞳に映るのは涼やかに泳ぐ金魚達。狭苦しい水槽、というかプラスチックの容れ物で赤とオレンジ色の魚は泳ぎ回っていた。
どれだけ泳いでも絶対に逃げられないのに。
狭い世界で泳ぎ回る金魚はまるで自分を見ているようで、辛かった。
「……どうしたの?楓」
突然水面に木葉の顔が写った。楓は隣にしゃがんだ木葉の顔を見ずに呟く。
「……たぶん、ボクは相川に嫌われたんだ。相川を、……相川を苦しめる何かの正体が知りたかった……。でもさ、やっぱりボクなんかじゃ、あいつの隣には立てない。……その資格が無いんだよ」
木葉がふうっと息を吐き出す気配がした。
「私はそんな事無いと思うわよ。……きっと、あなたは誰よりも光希の気持ちを理解する事ができる」
ふっと笑い声が楓の口から漏れる。ぽちゃん、と金魚が跳ねて水面が揺れた。
「……嘘だよ」
「でも、これだけは本当よ。光希はあなたを守りたいが故に、口を噤んだ。……決して楓を傷つける為なんかじゃないわ」
楓は沈黙し、それから顔を上げた。その頃にはもう木葉は楓の隣から消えていた。
「うーん、よいしょっと。……お祭りは初めてだから楽しまないとな〜」
気を取り直して立ち上がる。しゃがんでいた所為で痛くなった足を振って、楓は辺りを見回す。
そもそも他のみんなはどこにいるのだろう。
気づけば近くには誰もいなかった。確かに金魚掬いが見たくてふらふらしていたのは楓だ。
……という事は、迷子になったのは楓の方かもしれない。
楓はもう一度周りを見渡した。
「……ここ、どこ?」
とりあえず光希を……。
探してどうするのだろう。自分が考えようとした事に楓は疑問を抱いてしまう。楓はそっと肩を落とし、光希を探す事を断念した。楽しんでいるように見えるように誰に見せるとも言えない笑顔を浮かべ、楓は歩き始めた。
「おおお〜」
不意にどよめきが聞こえた。楓は気になってその方向へと足を向ける。だが、道はかなり混み始めていた。少しずつ夕方になり、空が夕焼けに染まり始めている。それと同時に人もさっきよりも多くなってきたように思えた。もちろん、目的地、と言っても直ぐそこだが、に辿り着くのも一苦労だった。
「あっ」
見覚えのある後ろ姿に楓は思わず声を上げる。人集りに囲まれているのは夏美だった。その隣にいるのは大量のお菓子を抱えた夕姫。夏美は射的のようなゲームをしているようである。
楓は背伸びをしてそれを観察する。それはモグラ叩きと射的を融合させたゲームで、ぴょこんと現れるカエルを銃で撃ち、撃ち漏らしが5匹になるとゲームオーバーだ。どうやら段階的にレベルが上がり、難しくなっていく形式のようだ。ただ、その速度と量は恐ろしく鬼畜。……どう考えてもかなりハードなゲームである。
夏美は銃を両手で持ち、危なげなくカエルをコルク弾で撃ち抜いていく。その一連の動作は美しく洗練され、一切無駄が無い。もちろんそれだけでは無く、夏美の射撃はかなりの精度を誇っている。
カエルがぴょこぴょこするスピードがまた上がった。夏美は真剣にカエルを睨み、駆逐していく。
「……レベル6だぞ⁉︎」
「……聞いた事ないな、そんなレベル」
「いや、もう私、カエル、見えないんだけど」
「あの子、何者?」
一般人からすると、夏美は神がかって見えるだろう。とはいえ楓も、射撃は苦手だ。楓は近接戦闘の方に適性がある。銃も試してみたは試してみたのだが、実践レベルにはならなかった。
考えている間に夏美の手は閃き続ける。そして、最後の1匹が撃ち抜かれた。
「オメデトウ、カエルハシニタエタ!」
機械音声が鳴り響く。明らかに物騒な事を言っているのだが……。楓は苦笑いをする。
夏美はコルク銃の銃口にフッと息を吹き掛け、クルリと回す。そこで夏美は動きを止めた。
「あ、これ違う」
夏美はいつもの癖が出てしまったみたいだ。恥ずかしそうに小さく笑って、コルク銃を口が空いたまま塞がっていないゲームの担当者に返す。
「いや〜、やっぱ夏美はスゴイね!私、絶対当たんないよ!」
射撃が恐ろしく苦手な夕姫が騒ぐ。夏美ははにかんだ笑顔を見せる。
「そ、そんな事無いよ。でも、ちょっと物足りない感じはあったけどね」
「アレで物足りないの⁉︎」
楓は驚いてそう言った。そこで初めて楓に気づいた夏美と夕姫は振り返る。
「楓!」
夕姫は肩をコツンと楓にぶつける。
「だよねー、夏美はおかしいと思うんだよ!二丁拳銃でパパパパーンって!」
夕姫は夏美の真似をしようとして手を動かす。案の定、手に持っていたお菓子が溢れる。楓は反射的に手を伸ばし、地面に着く前にお菓子を全部キャッチした。
「……うーん、やっぱり、楓もおかしいと思うよ?」
夏美が苦笑し、楓の肩を叩く。
「ん?そう?」
楓は夕姫にも意見を求める。夕姫は楓にお菓子を腕に乗せてもらいながら頷いた。
「うんうん、反則っ!私はただの凡人なのにさ〜」
「それも間違ってると思うよ」
「絶対違うよ」
夏美と楓による呆れが篭った視線に夕姫はテヘッと舌を出す。
「ま、そうかも。笹本直系の双子もあんまいないと思うし」
「いや、逆に居たら困るよ⁉︎」
夏美が的確に突っ込みを入れた。
「あはは〜。そうかも〜!」
夕姫は手を動かそうとして、
……再びお菓子を落とした。
呑気にお祭りです。しかし、楓と光希の間には亀裂が……。
……私もお祭りに行きたい。
 




