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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第4章〜蘇る悪夢〜

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歯車の歪んだ時間

「相川〜!」


楓は笑顔で手を振る。光希はぼんやりとこちらを見て、再びあらぬ方向に顔を向けてしまった。楓は眉を下げ、光希を見る。昨日の事が後を引いているのは明白だった。仁美が『異端の研究』の残骸であると言った時の絶望したような表情。あの光希があんな風になってしまうなんて思わなかった。楓はもう一度笑顔を作って光希の隣に駆け寄った。


「相川、おはよ!」

「……」


返事がない。


「おはよう〜!相川!」


耳元で叫んでみると、光希はビクッと反応する。光希は警戒するように楓を見て、楓だと気づくとそっと息を吐いた。


「……おはよう、天宮」

「おはよ〜、相川」


楓はへらっと笑いかける。光希は楓に笑い返そうとしたが、失敗した。半端に持ち上げた口の端が悲しそうに下がる。


「……相川、昨日の事、どう思う?」


歩きながら楓は光希に問いかける。光希は生返事を返すだけで、答えは返ってこない。


「相川、相川」


楓は光希の肩を軽く叩く。そうしてやっと光希は楓が何かを言っている事に気付いた。


「わ、悪い、天宮。何だった?」


光希はそう言って楓を見る。こんな事を聞いても良いのだろうか。光希の表情は全く読めない。楓は少し躊躇った後に口を開いた。


「……昨日の事、どう思う?」


光希は下を向く。顔に影が落ち、表情はさらにわからなくなる。光希は掠れた声で言った。


「……わからない」


楓がそれに何の返事も返さずにいると、光希は話を続けた。


「俺は小野寺仁美という少女を知らない。だが、『研究』が関係あるのなら、救いたい」


楓はふふっと小さく笑う。光希は顔を上げ、不思議そうに楓を見た。


「相川からその答えが聞けて良かったよ。……どれだけ経って、裏切られても、仁美ちゃんは……ボクの親友なんだ」

「……知ってるよ、それくらい」


光希は楓の顔を見ずに言う。


「話してくれただろ?ちゃんと覚えている」


楓はハッとして光希を見た。光希とは目は合わない。だが、楓は少し嬉しくて笑みをこぼした。


「……嬉しいよ。でもさ、ボクは……、相川がそんな顔してるのを見ていたくないんだ」


楓はそう呟く。光希は楓の顔を見ずに俯いた。


「なぁ、相川。相川は言ったよな、ボクと相川の間で秘密は無しだって。だから……教えて欲しいんだ、相川がそんなに気にする物の正体を」


光希の答えを気にして、楓は鞄を握る手に力を入れる。革の持ち手が手に少し食い込んだ。


「……すまない」


光希は謝罪の言葉を口にした。


やはり自分では信用に値しないのだろうか。


楓は鞄の持ち手を更にぎゅっと握る。痛みは感じなかった。一抹の寂しさを隠して楓はあっさりと引き下がる。これ以上聞けば、嫌われてしまうかもしれない。


「……そう。またいつか、聞かせて欲しいな」

「……また、いつか、な」


どこか苦しげに光希は言った。楓は小さく頷く。頷いて納得した事を示したものの、まだ光希が隠している事が気になっている。その気持ちは止められなかった。


光希はそれだけ言うと、再びぼんやりと沈黙してしまう。楓は光希と会話する事を諦め、教室に着くまで静かに隣を歩いた。






昼休み。

この時間も光希に付き纏っては迷惑だろう。そう思って、楓は光希の側にいたいという衝動を抑え、遠くから見ている事にした。


「……光希と涼、大丈夫かな」


夕姫は片腕をついて光希達の方を見る。光希、涼、夕馬の三人の雰囲気はいつもと違っていた。光希はぼんやりと手を動かし、涼はどこか翳りのある微笑みを浮かべる。夕馬はそんな二人に戸惑っていた。


「仕方がないよ……。だって、『異端の研究』が絡んでるんだから」


夏美は呟く。木葉はその言葉に同意を示した。


「そうね。あの事件は根が深い。簡単には割り切れないわ」

「うーん、夏美達はその『研究』を潰したんだよね?そんなに関係あるの?」


夕姫は楓は聞けなかった事をスパッと聞いた。楓は身を乗り出して、その答えを待つ。


「……あれは、本当は潰す気は無かったの。潰したというのはあくまで結果でしかない。それも、導かれた」


夏美は木葉の顔をちらりと見て、まだ食べかけの皿を指でなぞる。木葉は微かに笑みを浮かべて頷いた。


「私達はその時、人格破綻して廃棄される予定の意思の無い子供達と戦ったの」

「……人格破綻?」


楓は聞き慣れない言葉を繰り返した。夏美は目を伏せる。


「あの『研究』は人の身体を徹底的に弄り回す人の道から外れたもの」

「うん、木葉から聞いたよ」

「だから、人の身体は壊れるんだ。それが人格破綻。人が人ではなくなるの」


夏美の目が荒んだ光を放つ。楓は堪らずに瞬きをした。


「私達は……、あの子達と戦うしか無かった。そして、私達は……、あの子達を全員、殺した」


冷たい響きが静かに沈黙を誘う。この感じ、これはただ人を殺したというだけではない。楓はそう直感する。夏美は自分と夕姫に嘘をついているのかもしれない。それとも、真実を部分的に伏せているのか。楓は目を細めた。


「……夏美、本当は何があった?それだけじゃ相川はあんなに動揺しない筈だ」


夏美は爽やかに笑う。心を完全に隠した笑み。それは最早恐怖を楓に与えていた。だが、こればかりは譲れない。


「教えて欲しい」

「駄目だよ。光希が隠そうとしてる。だから私もそれを言うわけにはいかない。私は光希の意思を何よりも尊重する。だから、いくら楓でもそれは言えない」


キッパリと断られた。楓は唇を噛む。夏美を動かすのは無理だ。夏美は光希に何よりも、誰よりも、忠実だ。楓ごときがその意思を動かす事は出来ない。そしておそらく、涼もまた同じ様に黙り込むだろう。


「……それだけ、何かがあったって事なんだね、私と楓に話せないくらい」


夕姫の珍しく沈んだ声が冷たく積もる。夕姫もきっと信用されていない事が悔しいのだ、と楓は思う。明らかに楓と夕姫と夕馬は蚊帳の外。それがとても悔しい。


「……この件、小野寺仁美が動くまで待つしかないわね」


食べ終えた木葉は腕を組む。


「仁美ちゃんが動くと思ってるの?」


楓は木葉に噛みつく。まるで木葉の言い方は仁美が自分達を裏切ると言っているように聞こえた。


「思うわ」


木葉の赤い唇が笑みを形作る。楓はそのあまりにもアッサリととした答えに言葉を失った。


「……それは、どうして?」


しばらくしてやっと捻り出したのはそれだけだった。


「それはあの子はヒトの手によって作られたモノだからよ。モノは主人に逆らえない」

「……仁美ちゃんをモノみたいに言わないで」


楓は怒気を含んだ言葉を発する。だが、木葉は暗く笑っただけだった。


「ヒトの手によって生み出されたモノをモノというのの何が悪いの?私は似たような子を何人も知っている。あの子達は主人に逆らえない。逆らうという選択肢は許されていないのよ」


木葉の言葉は鉛のように重かった。それは楓の心の中に黒くわだかまる。木葉はもっと地獄を見ている。だからこそ言える重い言葉だった。


「……木葉。私達はどうすれば良いのかな?」


夕姫は呟く。


「私達がすべきなのはあの『研究』の完全なる撲滅。この世から抹殺することよ。今はその機を待つ」

「それしかないね」


力強い木葉の言葉に夏美はこくりと頷いた。それが今自分達がやらなければならない事だ。楓は拳を握り、力を込める。


「ボク達で悲劇が繰り返されないようにする。それがきっとみんなを救う事に繋がるはず」

「うん、私達で止める」


夕姫はガタリと立ち上がる。拳を握って、えいえいおーっと空に突き出す。楓もそれに声と拳を合わせた。夏美と木葉は顔を見合わせ、小さく楓と夕姫に習って声と拳を上げた。


「そろそろ帰ろっか」


楓は光希達のテーブルを確認して提案する。光希達は立ち上がって片付けを始めていた。真っ先に夏美が楓の意図を汲み取り、片付けを始める。


「はぁぁ、なんか食べ物が胃にもたれたなー」


楓はトレーを戻しつつ、ぼやく。


「ふふっ、もたれたのは食べ物じゃなくて、話の方じゃない?」


夏美が笑って反応する。


「私はまだ食べれるけどね〜」


夕姫は見当違いの方向から発言した。夏美が呆れたように夕姫を見る。


「夕姫は食べ過ぎだよ。何でそんなに食べてるのに太らないの?」

「……うーん、さあ?夕馬に脂肪をプレゼントしてるから?」


夕姫は肩を竦めた。そして遠くで夕馬がくしゃみをする。楓はそれに気づいて笑いを噛み殺した。どうやら人に噂をされると本人がくしゃみをするというのは、本当みたいだ。


「でもさー、一番気になるのは木葉の生態だよねー」


夕姫は話題を木葉に飛ばす。木葉は意外だとばかりに目をパチクリさせた。


「え?私、そんなに不思議かしら?」

「不思議だと思いまーす!」


楓は手を挙げる。同時に夏美と夕姫もコクコクと首を動かす。


「木葉、プロポーション綺麗すぎ。羨ましーなぁ……」


恨みがましい視線を夕姫は木葉の頭から爪先まで行ったり来たりさせた。夏美は腕を組んで口を尖らせた。


「私ももうちょっと背が欲しいな……」


楓は笑って夏美に言う。


「いやぁ、でも、夏美は胸が大っきいからいいじゃん」

「……どういうことかな?」


ギロリと殺人光線が夏美の目から放たれる。楓は背筋を凍らせ、首を横にぶんぶん振った。


「な、何でもありませぬっ!」


楓の語尾が可笑しくなった。気にせず夏美はニコッと微笑む。


「それなら良いよ、楓」


ぞくっと楓の身体に戦慄が走った。触れてはいけない物に触れてしまった。静かな恐怖に楓は身震いする。夕姫が夏美の後ろからニヤニヤ笑いを浮かべていた。ご愁傷様、夕姫の口が動く。ムカついた楓はムッと夕姫の顔を睨みつけた。


「あー!相川達が居なくなったぁ!」


楓は叫んで話題を変える。棒読みではあったが、その言葉はかなりの威力を持っていた。楓は内心ガッツポーズでほくそ笑む。


「……何考えてるか全部わかるわよ」


呆れた木葉の声が耳を掠めた気がするが、無視だ。


「まあいいけど……」

「と、とりあえず追いかけようー!」


再び棒読み台詞。木葉は溜息をつく。


「……そうね、追いかける方が先だわ」


木葉の一言で楓達は光希達を追って走り始めた。とはいえ、追いつくのに時間はそうかからなかった。


「いたいた〜!」


夕姫が声を上げる。人が多い昼食後の道では、その声すら掻き消されそうだ。だが、夕馬は夕姫の声に気づいて振り返った。


「夕姫〜!」


夕馬がこちらに向かって手を振る。夕姫は夕馬に駆け寄っていく。それに合わせて楓、夏美、木葉の三人も近づいていった。


「夕姫、さっきまで何の話してたんだ?なんか、盛り上がってたけど」

「あー、あれ?それはねー、気合い入れだよ!」

「?」


夕姫の正しいのだがよくわからない説明に夕馬は首を傾げた。


「一言で言うと気合い!で、丁寧に言うと、気合いだぁっ!」


楓も補足説明をしようと努力するが、夕馬は首を捻るだけだ。木葉は頭を抱えて小さくバカ、と呟く。


「……それで正しいんだけど、正確に言うと、今後どうするかについて話してたの。その結果、気合いだってなったの」


夏美は真面目に答える。それで夕馬はやっと完全に納得していないものの、理解したようだった。


「……ところで、光希と涼はずっとあんな感じなのかしら?」


本人達が近くにいる為、木葉は声を潜めて問いかける。夕馬は顔を引き締めて頷いた。


「ああ、もうどうしていいかわからなくってさ、困ってるんだよ」

「ボク達もずっと気にしてるけどね……」


楓は視線を地面に落とし、小さな声で言う。夕馬は眉を下げた。


「やっぱ、あの子がどう動くかによるよな」


夕馬もどうやらリスクに気づいていたようだ。きっと夕馬なら、自分が一番危険な役割を担っている事に気づいている筈だ。それで本当に良いのか、それが楓には心配だった。


「まあ、きっと大丈夫さ」


夕馬は楓の心を読んだようにそう言った。


「あの子は悪い子じゃない。それだけは正しいと思うんだ。そうだろ?」

「ああ、仁美ちゃんはいい子だよ」


楓は笑顔を見せる。だが、きっと少しだけ失敗したような気がした。

なかなか進展が無いです。すみません……。全員ギシギシしまくってます。大丈夫じゃないですね……。


次は夕馬と仁美のデート回(?)です!

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