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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第4章〜蘇る悪夢〜

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たすけて……

「……諦めて帰るか」


夕馬は落胆の溜息を吐いて、その場から立ち去ろうと足を動かした。自分がどうしてこんな所に来たのかわからない。無意識にここに辿り着いてしまったのだ。


無意識……?


夕馬はそこに引っかかった。無意識に来てしまうほどこの場所に来た事があるわけじゃない。夕馬は腕を組んでその意味を考えようとする。


きっと気のせいだろう。その結論に至り、夕馬は足を早めた。


「……ちょっと待って」

「っ⁉︎」


後ろで響いた声に夕馬は飛び上がり、咄嗟に右足を軸に向きを変える。気配が全くしなかった。


風紀委員会でも生徒会に入っていないただの生徒である夕馬には、公式武装を持ち歩く権利はない。だから夕馬はこちらはいつでも攻撃に転じられるというアピールの為に、軽く構えを見せた。何も夕姫だけが近接戦闘できるわけではない。夕馬も夕姫ほどではないがその役割を担う事が出来る。これが『笹本の双子』の真骨頂だ。


警戒を強めた夕馬の前に一人の少女が姿を現した。赤みがかった茶髪がさらりと揺れる。左に垂らした一房の三つ編みが風を孕んでふわりと舞った。その瞳はガラスのように真っ直ぐ夕馬の顔を写している。その姿はまるで人形のようだった。


「……君は……」


夕馬は手を下ろす。探していた少女が今ここにいる。


「……わたしが小野寺仁美。君が探していた人。違う?笹本夕馬君」


それこそ人形のように仁美はコテリと首を傾げた。夕馬は毒気を抜かれたように警戒を緩めてしまいそうになる。だが、この少女の正体がわからない今、警戒を緩めてはいけない。夕馬は微かな薄気味悪さを噛み殺して問いかけた。


「……なんでここに?」


仁美の表情は動かない。


「……わたしが呼んだ。昼に楓ちゃん達が話しているのを聞いた」


嫌な予想が的中していた事に気付く。初めから仁美の掌で踊らされていただけだったのだ。何の為にうろうろしたのだろう、と思うと微妙に悲しい。かなり無駄な労力を費やしてしまったみたいだ。


「……どうして俺を呼んだんだ?」

「……。わからない」


仁美はキョトンと夕馬を見る。夕馬はガクッと頭を押さえた。本当に人形みたいで不思議な子だ。夕馬は気を取り直して、仁美に鋭く視線を向けた。


「……君は一体誰だ?」


仁美は小さく口を動かす。






「わたしは小野寺仁美」

「違う。小野寺仁美は数年前に事故死してる。だから、君が本物の筈がない」


仁美はもう一度口にする。


「わたしは小野寺仁美。本当だよ?」


夕馬は眉をひそめた。それなら、笹本の諜報機関が掴んだ情報は間違いなのだろうか。


「小野寺仁美が死んでいるってのは、嘘なのか?」


夕馬は探るように仁美の目を見る。仁美はゆっくりと目を閉じて、首をふるふると振った。


「……それは、本当。……そして、わたしが小野寺仁美なのも本当。どちらも真実」


仁美の言葉が耳で木霊する。夕馬の理性はその言葉を理解しようと働く。


「小野寺仁美が二人……⁉︎」


夕馬が漏らした呟きに、仁美はこくりと頷いた。


「そう、わたしは二人いた。全く同じ、もう一人がいたの。死んだ方がオリジナルのわたし」


夕馬は目を見張り、目の前の少女をまじまじと見つめてしまう。同じ人間が二人存在していた事の意味に夕馬は思い当たる。信じられないと思いながら、声に出した。


「……君はクローンなのか?」


間が空いて、空虚な空間の中で仁美の言葉が嫌に響いた。


「そう。わたしはそれに準ずるもの。人の手によって生み出された」


ざあっと風が二人の間を過ぎった。夕馬は目の前の少女に得体の知れない気味の悪さがある事の理由を知った。感情の欠落。仁美の顔には感情が無かった。


「……でも、それじゃあそれはまるで……アレみたいじゃないか……」

「……アレ?」


夕馬は一言を口にするのに、精神力を総動員する。悍ましい記録。それは……。


「……まるで『異端の研究』みたいじゃないか……」


仁美の目が揺らいだ。初めて垣間見た彼女の感情の揺らぎ。それはすぐに息を潜めた。


「……『異端の研究』。三年前、天宮家、相川家、神林家、そして荒木家が潰した許されざる研究」


仁美は夕馬の瞳をガラスのようなその瞳で真っ直ぐに見つめた。


「……わたしはそれの残骸」


夕馬は言葉を無くした。よりによって、光希達が潰した研究の残滓が今になって光希達とそして自分達の前に現れた。それも楓の元親友の姿で。


「……だったら天宮と幼馴染っていうのは嘘なのか?小野寺仁美は……」

「嘘じゃない。わたしは楓ちゃんと親友だった記憶がある。オリジナルのわたしは売られた。……そして、あの日、わたしは死んだ」


淡々と告げられた真実の重みがのしかかってくる。夕馬はヨロリと一歩後ろに退がった。


「……どうしてそんな話を俺にする?」


声が震えそうになりながら、夕馬は仁美に問いかける。再び仁美はコテリと首を傾げた。


「……わからない。どうして?」

「お、俺に聞くな⁉︎」


夕馬は重くなっていた気持ちを一瞬忘れて突っ込む。仁美は目を丸くして沈黙する。


「……」

「なんでここに来たんだ?なんで青波学園に?」


そんな仁美に夕馬は問いを重ねた。


「……わたしは……」


仁美はパクパクと口を動かす。だが、声は出なかった。仁美は驚いたようにもう一度何かを言おうとする。やはり何も聞こえなかった。仁美は自分の喉を押さえる。


「わ、たし、は……。わたしは……、お願い……た、す、け、て……」


絞り出すような悲痛な声が溢れた。夕馬は目を見開く。人形のような少女がまさか自分に助けを求めるなんて、思わなかった。


つぅーっと仁美の頰を雫が伝う。仁美は瞬きをしておっかなびっくりで自分の頰に触れる。透明な液体がきらきら光って散った。その意味を彼女は理解していないように見えた。


「……俺でいいなら、力になるぜ」

「……!」


仁美は夕馬を見上げる。夕馬は目を少しだけ逸らして告げた。


「……たぶん、これは俺達全員の問題だ。俺達が君を救う、それでいいか?」


仁美はしばらく言葉を無くして、それから頷いた。


「……ん。ありが、とう」

「じゃあさ、明日、今度はみんなに会ってくれないか?俺だけじゃ、きっと君を救えない」


仁美は顔をしかめた。嫌がられたかと一瞬思う。だが、仁美の口元が微かに歪む。それで夕馬は目の前の少女が笑おうとしている事に気づいた。


「……ん。わかった。明日、放課後ここで」

「ああ、またな」


夕馬は口の端をニヤリと持ち上げてみせた。仁美はこくりともう一度頷く。そして、夕馬に背を向けると仁美は姿を消した。







夕馬は仁美が見えなくなると、表情を一変させた。


『夕姫、聞こえるか?』


ピリピリとした感覚が伝わってくる。夕姫の感情だ。


『……聞こえてる。みんなにも回線を繋げてたよ。一方通行だけど』


どうやらさっきの会話全てが楓達に聞かれていたようだ。元々、夕馬がこの役目を申し出たのはこれが出来るからだ。もしも何かあればこうして全員にも回線を繋げて貰うつもりだった。まさかここまで重大な事が起きるとは思わなかったが。


夕馬が夕姫に合図したのは仁美が姿を現した時。夕姫の動きもまた、迅速だった。


あらかじめ楓達は夕姫と共に居た。夕馬が合図すれば夕馬の感覚を全員と共有する為だ。流石に夕姫と夕馬の力では感情までは共有までは出来ないが、それで充分だ。


夕姫はその合図ですぐに霊力の糸を伸ばし、全員と繋げた。この術式には共有させる人の霊力は関係ないので、霊力を持たない楓も同じ景色を見る事ができる。共有したばかりの時は、楓は目を白黒させて驚いていた。こんな感覚はきっと楓には初めてだっただろう。


『みんなの反応は?』


夕姫に問う。何せ、あの事件に直接関わっていた光希達がそこにいるのだ。小野寺仁美を殺す原因になったあの事件の。夕姫は歯切れ悪く答えた。


『……、光希達は……、沈黙してる。楓は……、訳がわからないって顔をして固まってる。……そうだよね、あんな事が……』


夕馬は空を睨む。


『……今からそっちに向かう』

『うん、早く来て』


物語が動きました。

仁美の話し方が変わったのに、気づきましたでしょうか?こっちがオリジナルではない仁美の本当の話し方です。


気づいた方もいると思いますが、実は前の章、『孤高の天才と聖夜の祈り編』はこれに繋がる為でもありました

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