探し人は見つからず
宣言通り、夕馬は小野寺仁美を探して帰りのホームルームが終わった直後にD組の前に向かってみた。しかし、既にD組のホームルームは終わっていて、仁美はもちろんそこにいなかった。夕馬は小さく落胆の溜息をついて歩き出す。
そう簡単に見つからないのはわかっていたが、期待した場所にいないとがっかりするものである。
夕馬は不審には思われないような最小限の動きで、周りをちらちらと確認する。今の時間、部活に向かう生徒と帰る生徒が入り混じり、廊下と階段はぐちゃぐちゃになっていた。こんな有様では特定の人物を探し出すのは困難を極める。
夕馬はその場にいるだけで人混みに消えてしまいそうな鞄を手放さないようにぐっと握る。人と真正面からぶつからないように、そちらにも注意を向けつつ夕馬は階段を降りた。そして、階段を降りて夕馬は顔をしかめる。案の定、廊下よりもひどく人で溢れていたのだ。
「ひ、人、多すぎだろ……」
夕馬はいつもこの辺りが混み合う前に教室棟を出ているため、こんな状態の校舎はあまり通った事がない。人も多い分、疲労も増し増しである。
「やっほー、笹本!」
少し遠くから元気な声が聞こえる。夕馬は即座にその声の主に気づいて振り返った。楓が人混みの中、無理矢理手を振っていた。
「おう!天宮!」
夕馬も人混みの中、無理矢理手を挙げる。楓は夕馬が気づいて返事を返してくれた事に喜んだようで、にこにこしながら人を掻き分けて近づいてくる。それも人をきれいに避けながら、だ。夕馬は同じ所に立っているだけで大量の人に潰されそうになっているのだが、誰にも迷惑をかけずに渡り歩く楓の技能に感動する。本当のところは、楓が怖がられて距離置かれているだけである。もちろん、夕馬はそんな事には気がつかなかった。
「ふはぁ……、人、多いなー」
夕馬の近くにたどり着いた楓は、乱れた前髪を手で押さえながら呟いた。
「そうだな〜、ここが人数の割に狭いのが問題な気がする」
夕馬は楓と共に外に向かって足を進める。
「そうそう、なんて言っても狭いんだよなー」
楓は最もだとばかりに力強く頷いた。夕馬は自分と楓の近くから他の人との距離が離れていくのはたぶん気のせいだろう、と思い込む。思い込まないと耐えられない。
夕馬は楓が自分達の世界で何と呼ばれているのかを知っている。楓は人では無い、『バケモノ』だと。そして、夕馬は同時に知っている。楓が優しいという事を。
夕姫もいつもそう言っている。楓は悲しいくらいに強くて優しい、と。
そう思ったところで、夕馬は何かを思い出した。
「……そういえば、夕姫は?一緒じゃない?」
楓はピクリと肩を動かした。錆びたロボットのように首を回してこちらを見る。
「……夕姫、どこ?」
夕馬は後ろを振り返って夕姫の姿をさらっと探す。見つからない。夕馬は頭を振って溜息をついた。
「あいつ……、ほんと、よく迷子になるんだから……。あのアホはどこなんだ?」
楓は苦笑いで夕馬を見る。夕馬は夕姫と繋がる霊力を辿り、夕姫の感覚に割り込みをかけた。夕姫が驚いて、それから安心したような感情が夕馬に流れ込む。
『あー!夕馬!楓どこ?見失っちゃってさ〜』
『お前が迷子になっただけだろ……。夕姫がいるから俺が小野寺仁美の捜索を引き受けたんだぜ』
夕姫が少し落ち込んだ。この能力は感情もダイレクトに向こうに伝わってしまうのが難点だ。いくら双子でも、知られたくないことはあるのだ。もちろん、知りたくないことも。
『うー、私だってわかってるし。今、そっちに向かってるから待ってて』
『りょーかい。さっさと来いよな』
夕姫と念話し終えた夕馬は楓が不思議そうに首を傾げているのが目に入った。
「えっと、夕姫と話してた。すぐにこっちに来るってさ」
「へぇ、便利だねぇ」
楓はそう言ってから表情を微かに曇らせた。夕馬はそれが何から来ている感情なのかを理解する事が出来ない。
「……本当に良かったの?ボクなんかの事情に巻き込まれる感じになっちゃって……」
どうやらそんな事を心配していたようだ。夕馬は楓の肩を叩く。
「何言ってんだ、俺達は仲間だろ?」
楓はハッとして顔を上げた。夕馬はその目を見て、ニヤリと笑ってみせる。
「それに、光希達ばっか良いとこ見せられるのは悔しいからな。笹本にも良いところ見せさせろよ」
楓は口の端を笑みの形に持ち上げる。
「うん、頼んだぞ」
「ああ、頼まれたぜ」
ちょうどその時、髪の毛が乱れた誰かさんが人混みから手足を引っこ抜き、やって来た。
「あ、楓〜!やっと来れた〜!」
「夕姫!」
楓は嬉しそうな声を上げた。それとは逆に夕馬は顔をしかめる。
「何やってんだよ。遅いじゃないか」
夕姫は髪の毛のゴムを一度解き、結び直しながら答える。
「……知ってるでしょ、私が方向音痴だって事」
「それとこれとは話が違うっつーの!本当に馬鹿だな、夕姫は」
ワザとらしく夕馬は肩を竦める。夕姫は手をグーに握って震え出した。
「何だとオラァ!ああん、な、なんか文句あっかよ」
夕姫はドスを効かせた声で夕馬を睨む。
「セリフ噛むくらいなら普通に言えよ。だからバカなんだよ」
「ぬぬぬ……、ちょっとこっち来ようか?」
「……上等だっ!」
夕姫の顔が凶悪な笑みを浮かべた。夕馬は嬉々として受けて立とうとする。それを見た楓は二人を止めようと、慌てて口を開いた。
「は、はーい、ストップストップ!なんか二人とも忘れてるんじゃないか〜?」
夕姫と睨み合っていた夕馬は夕姫と同じタイミングで楓を見た。
「……夕馬、この続きはまた明日ね」
「そうだなぁ、夕姫」
夕馬は横目で夕姫を睨んだ。夕姫は何かを言いたそうに口をパクパクさせ、ついには呑み込んで何も言わなかった。楓は夕姫に声をかける。
「行こっか、夕姫」
「うん、そうだねー!」
台風のように二人は夕馬の前から去っていった。騒がしかった分、居なくなってしまうと寂しくなる。夕馬は薄れてしまった気合を入れ直し、捜索を再開する。
夕馬は取り敢えず足を食堂に向けてみる。ここから一番近いのだ。食堂は学食は朝、昼、夕、の時間帯しか利用出来ないが、建物自体は解放されている。
食堂に辿り着くと、夕馬は周囲をぐるりと見渡して小野寺仁美の姿を探す。長い赤みがかった茶髪、左目の下にあるホクロ。それを手掛かりにして夕馬は目的の人物がいるかどうかを判断する。
「……いないな」
夕馬はフッと視線を和らげ、二階に向かう。二階はテラスになっていて、専ら女子生徒に人気のあるスポットらしい。夕馬はそういう事に疎い方で、それを聞いたのは、やはり夕馬と同じようにそういう事に疎い夕姫が、夏美から聞いたからだ。夕姫によると、夏美は割と小まめにチェックしているのだそうだ。
夕馬にもその理由は大体想像できる。明らかに夏美が光希に好意を寄せているからだ。だが、光希が夏美に仲間以上の感情を持っていない事を夕馬は知っていた。その上、光希が気にしているのは楓の事ばかり。そう考えると、叶わない恋を追い求める夏美は哀しいのかもしれない。
螺旋階段を登り終え、夕馬は一息ついた。人がほぼ無人のテラスはガラスを通した日光に照らされて金色にテカテカと光っている。そして、ガラスから見える景色はとても綺麗だった。
女子生徒の間で告白スポットとして名高いのもこういうわけなのだろう。夕馬は納得する。
ただ、小野寺仁美はやはりここにも居なかった。
「ハズレかぁ……」
夕馬は踵を返し、テラスを離れた。行きと同じ道を通って戻る。食堂の建物を出たが、次にどこへ向かえば良いのかが思い浮かばない。
しばらくその場で考える。
「図書館かっ!」
急に声を上げた夕馬を側にいた生徒達は怪訝そうに見た。夕馬は適当にへらへらと笑みを浮かべて、誤魔化す。そして足早に図書館に向かった。
だが、そこにも仁美はいなかった。
一刻も早く見つけたいのに、見つからない。全員に良い所を見せたいなどとほざいたのだ。これで見つけられませんでした、は恥ずかし過ぎる。
「……チクショー、小野寺仁美は一体どこなんだ?」
夕馬はぼやきながら、空に腕を伸ばして伸びをする。今日の昼休みに全員の前のああ言ったものの、放課後が始まってからずっと探しているのに仁美の姿は未だに捉えることが出来ずにいた。
広大な青波学園の敷地を探す事の大変さは覚悟していたのだ。しかし、ここまで大変だとは思わなかった。食堂や図書館の他にも、校舎をうろうろしてみたり、実技棟を覗いてみたりしたのだ。それでも見つからない。これだけ探しても見つからないのだ。きっともう寮に帰ってしまったはず。そう理性は悟っている。だが、夕馬はこうして外を彷徨い続けている。
そうしていつの間にか、敷地内の森に迷い込んでいた。
珍しく夕馬視点です。書いていて新鮮でした。
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