衝撃
昼休み。楓はチャイムと同時に立ち上がり、伸びをする。
「楓」
声をかけられた。涼だった。その隣に夕馬と夕姫がいる。意外な組み合わせだ。
「何?」
まだ涼と普通に話すのは少しだけ気まずい。たぶん、そう感じているのは楓だけなのだろうと思う。涼はいつも通りに接してくれる。だから、自分もすぐに元通りにならないと。
涼は優しく微笑む。だが、その目には真剣な光が宿っていた。何か重要な事でも起きたのだろうか。楓は不安になって涼を見上げる。
「……話があるんだ」
「話とは何だ?」
頭の後ろから聞こえた声に楓はひっと息を呑んだ。涼は一瞬眉を寄せたように見えたが、すぐにその表情は息を潜める。楓は恐る恐る横目で声の主を確認する。光希の横顔が隣にあった。そしていつの間にか木葉と夏美も側にいる。
「気になるから私も聞かせてもらうわね〜」
呑気に木葉はそう言うと、沈黙した。夏美も同じように自己主張をする。
「私もみんなの力になりたいから、私も」
涼はふうっと息を吐き出した。笑顔で全員を見渡して頷く。どうやらさっきの一瞬の間に折り合いをつけたようだ。
楓は涼を見て、その言葉を待つ。
「じゃあみんなで食堂に行こうか」
「おう!意外とあそこは話をするのに向いてるしな!」
元気良く返事をして、楓は教室の扉に駆け寄った。光希はそんな楓を優しい眼差しで眺め、涼に鋭い視線を向ける。何をしようとしているのか、それは光希にとって不思議な程気になっていた。
いつもは女子と男子で違う場所で食べているのだが、今日は全員で同じテーブルを囲んだ。その光景が楓には嬉しい。この優しい雰囲気が楓は好きだった。自分はここに居ても良いんだと思えるのだ。
「……それで話って何?」
全員が食事を確保し終えて落ち着いた頃、楓は口を開いた。その声に全員が涼に注目する。涼は全員が聞こえるギリギリの音量で話し始めた。
「僕が調べてたのは、楓、君の知り合いだそうだけど、小野寺仁美についてなんだ」
楓は身を僅かに乗り出す。仁美の事を涼は知っていた事に驚く。だが、考えてみると、楓は仁美と話しているところを、全部かはわからないが見られている。涼が興味を持つのも無理はなかった。
「……どういう事かしら?」
木葉は何処か楽しむように目を細める。木葉は楓と仁美の関係を知っている。涼が何を言うか、気になっているようだ。
「楓、話してもらっても良いかな?小野寺さんの事を……」
どきんっ。楓の心臓が跳ねた。冷や水を掛けられたような冷たさが背中を冷やす。そんな楓を気遣う仕草を涼は見せた。楓は警戒して涼を探るような目を向ける。更に情報を求めようと楓は口を開いた。だが、楓を遮るように光希が声を発していた。
「涼、お前、自分が何を言っているかわかっているか?」
険しい目つきで光希に責められても、涼は余裕な笑みを崩さなかった。
「……そんな事、僕がわかっていない訳が無いじゃないか」
「じゃあ、何故そんな事を言う?」
光希は更に涼を問い詰める。楓には二人が自分の事を心配してくれているのがわかる。だから、どうして良いかわからない。だが、こんな事を涼が言うからにはきっと理由があるのだろう。
「良いよ、涼」
楓は静かに頷いた。
「天宮……」
光希は普段の表情の下に微かに心配する様子を見せた。楓は光希を安心させたくて、光希に向かって頷く。涼が知っているのは楓と仁美が元親友で、仁美が楓を裏切ったという事だけだ。その程度なら知られても問題ない。その真実を知っているのは木葉と光希だけだ。その意図を汲み取ったように光希は小さく頷いた。
「……仁美ちゃんは、ボクと同じ孤児院で育ったボクの親友だったんだ。でも、あの孤児院は霊能力者の為のもの、ボクに居場所なんてなかった。でも仁美ちゃんはボクが『無能』である事を知りながら、ボクの親友でいてくれた」
楓はそこで言葉を切った。
「……でも、それも長くは続かなかったんだ。孤児院のみんなはボクが邪魔で仕方がなかった。それに仁美ちゃんも巻き込んで……、ボクは一人になった」
夏美の瞳が揺れる。夕姫は目を伏せた。夕馬も決まり悪そうに視線を逸らした。そんな気持ちにさせてしまった事が申し訳ない。だが、これは事実の一部に過ぎない。もちろん全部は話すわけにはいかなかった。
「……楓は」
夏美が何かを言おうとするが、舌の先から言葉が解けて何も言うことが出来ない。涼は笑みが消えた顔を楓に向けた。
「……そうだったんだね」
辛かったね、や、楓は強いね、などとは言わない。そんな事では楓の痛みは絶対に和らがない。涼達はそれをきちんと理解していた。
「私達は涼に頼まれて、小野寺仁美について調べてたんだけど、……そういう関係だったんだね……」
夕姫は腕を組んで眉を寄せた。
「涼が必死になるのもわかるわけだな」
夕馬は夕姫の言葉に頷いて、涼をちらりと見た。涼の表情に変化はない。楓は居たたまれなくなって腰を浮かせる。この場の空気を悪くしているのは明らかに楓だった。
「……それでね、重大な事がわかったんだ」
涼は声を潜める。それに合わせて、全員の顔が近づいた。
「……小野寺仁美は……、数年前に死んでる」
楓の手から箸が落ちた。からんからん、と乾いた音を立てて箸は落ちていく。
「仁美ちゃんは……、もう死んでるって事?」
「……そう。間違いない、小野寺仁美は事故で死んでるんだ」
夕馬はそう言って楓を見た。楓は首を振る。仁美は今、この青波学園にいる。楓自身仁美と言葉を交わしている。確かに仁美の様子はおかしかった。だが、彼女は仁美本人しか知り得ない事を知っていた。だから、死んだというのは信じられない。そう確信しているのに、楓は初めの一言を噛んだ。
「そ、そんなはず無い!仁美ちゃんは生きてる!死んでたら、ここに居るわけが無い!」
「そうなんだ」
涼は同意を示し、頷く。素直に肯定した事に拍子抜けして楓は勢いを削がれた。光希は怪訝そうな表情のまま、黙ってしまっていた。
「それならあの子は誰なの?」
夏美は顎に手を当て、全員が感じている疑問を口にした。
「楓が言うって事は本物だって事でしょ?仮にも元親友の事を間違えるはずない」
どうなのか、と夏美の目は楓に問う。楓はその目を真っ直ぐに見れなかった。あの少女が仁美である事を自分自身で完全に信じられていない事に気づく。
「……でも、あの子はやっぱり仁美ちゃんなんだ」
「なら、小野寺仁美はいつ、どのように死んだのかしら?」
木葉はずっと指を伸ばす。楓はその動きを目で追った。
「死因は事故死。それも車に轢かれて、だった。当時、小野寺仁美は緑風学園中等部の一年生。私達、笹本家の調べはそうだったよ」
夕姫ははっきりと断言する。笹本家の調査に間違いは無いと確信しているようだった。楓もそれを疑うつもりはない。本家の諜報機関はそれ程に有能だ。だが、それが全ての真実では無いと、楓は思った。
「全部はわかってない。だから俺が探りを入れてみる」
全員が突然そう言った夕馬をばっと注目した。
「夕馬⁉︎何言ってるの⁉︎」
夕姫も驚いて声を上げている。
「何かがあるかもしれない!危険過ぎるよ!」
楓も慌てて立ち上がる。自分の問題だ。それに夕馬を巻き込むのはお門違いだ。
「これはボクの問題だ!夕馬が危険を冒す必要は無いんだよ!」
「そうだ、俺達がやればいい。そうだろ、涼?」
光希は涼と目線を合わせる。夕馬は笑顔で首を振った。
「光希達は有名過ぎる。動くなら俺か夕姫のどっちかがいい」
あまりの正論に光希と涼は言葉を詰まらせた。夕姫が夕馬を睨む。
「だったら、私が行く」
「ダメだ。俺と夕姫は術式無しで繋がってる、だから夕姫は天宮と一緒にいろ」
夕姫もその言葉には黙らざるを得ない。そうするのが一番良いとわかってしまったからだ。
「……本当にいいの?夕馬」
心配そうに夕姫は夕馬の顔を見る。夕馬はニヤリと笑ってみせた。
「俺の気持ちはわかるだろ?」
「……うん」
渋々頷いた夕姫に続いて楓も確認を取る。
「……これはあくまでボクの問題だよ?いいの?」
夕馬はきっぱりと言う。
「もちろん。俺達もみんなの役に立ちたいんだ」
そろそろ色々動き始めたようです。
小野寺仁美の正体は如何に……?




