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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第4章〜蘇る悪夢〜

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神林家

「お帰りなさいませ、涼様」


門の前に立っていた女が涼に頭を下げた。神林家に仕える者の一人、分家の者だ。涼はにこりと笑顔を浮かべて女に礼をする。


「ただいま、高森(たかもり)さん」


涼が高森と呼んだ女は一瞬涼に冷たい視線を向け、歩き出す。カツカツという正確に刻まれる足音を立てて、女は歩く。そして、涼は笑顔を貼り付けたままその後を追った。


「……御当主様がお待ちです」


涼は静かに歩きながら周囲を見渡す。昔と変わった所は無い。西洋風の門、西洋風の庭、そして西洋風の建物。手入れが行き届いた表の庭は様々な花が咲き乱れていた。真ん中の芸術的な噴水は絶え間無く水を降らせている。


とても落ち着かない。涼は改めてここの空気が自分を歓迎していない事を感じる。涼にはここは刺々しい雰囲気を漂わせていた。


洋館の中に足を踏み入れる。ゾクリとした寒さが足元を撫でた。一度足を止めた涼を振り返る事なく女は歩いて行く。その態度を見るだけで、自分がこの家にとって厄介者なのだという事はよくわかった。


廊下を歩いていると、目の前を誰かが通り過ぎた。と、思ったが、通り過ぎたのは涼の方だった。涼と似た顔立ちの少年、しかし涼より背が僅かに高く大人びている。涼はそれが誰だか顔を見るまでもなくわかったが、気づかなかったフリをした。視線をずらしてそのまま歩く。


「……涼」


涼は振り返らない。


「涼、」


少し語気が強くなった。目の前の女は涼がその声に答えるようにと立ち止まった。この家で力があるのは当主夫妻の次に次期当主である(そら)だ。涼の発言権は無いに等しい。本当は振り返りたくなかったが、振り返って返事をしろとこの場の空気が涼を強制する。そしてやっと涼は振り返って、自分の名前を呼んだ者を見た。


「何ですか?……兄さん」


静かに涼の瞳を見つめて立つ兄の姿。それはやはり涼にとってはとても眩しいものだった。背を向けて逃げ出したくなるのに、足は地面に縫い付けられたように動かなかった。涼は空にそれを気づかれないようににこりと笑ってみせる。


「……呼び出されたの?」

「はい、兄さんも?」


空は涼やかに笑って頷く。いつもそうだ。涼に見せる空の表情はいつもとても優しい。だから余計いたたまれない。兄の前に立つのが辛い。


「涼はあの天宮楓の護衛、だったよね?」

「はい、それが何か……?」


空の目が細くなった。涼はその目から逃げないように、目を僅かに見開く。


涼が楓の護衛である事はこの家の中では周知の事実。厄介者が厄介者の相手をしているのだ、という認識だった。しかし、少し前のランク試験によって天宮楓に関する評価や興味、と言った彼女を取り巻く情勢は変化しつつある。神林家も当然この事にかなりの関心を持っていた。天宮楓の能力、それを知りたいと思っている家は多い。そして、その真実に一番近いのは光希を始めとするメンバー。涼は有用な情報源だと思われている事だろう。


空が楓の事や涼の事をどう思っているかわからない。それが不安要素だ。空がどう思うかによって、涼の行動は限られてくる。それだけ神林家の次期当主の影響は大きい。


涼はそこまで考えて空の答えを待つ。空は手を顎に当てた。


「……天宮楓は一体何者なの?天宮会長も知らなさそうだったし……」

「会長も⁉︎」


涼は驚愕を隠せずに声を上げた。


「うん、入学者リストを見た時の表情。驚きを隠せてなかった」


副会長の空が言うのだから事実なのだろう。だが、それにしても天宮家次期当主として目されるあの天宮清治が知らないというのは……。あの野心あるあの人が他のライバルがいない事を徹底的に調べたのは確実。それなのに、『無能』の天宮として有名になるはずの天宮楓はその検索網に捕らえられず、誰にも知られずにひょっこりと現れた。それが何を意味するのか、涼にはわからなかった。


「……そんな事、僕に話していいんですか?」

「別に、知られても大した事じゃない。それに、あの子が気になるのは僕も同じだからね」


あと、と空は付け加える。涼は空が何を言うのか、身構えてしまう。


「……あと、あの映像、見たよ。天宮楓が戦うところ。父さん達の間でも大変な話題になってる」


涼は身体を強張らせた。あの映像、それは涼が父に送ったものだ。涼には家への報告義務がある。もちろん、あの映像はどうせその内明るみに出るのは確実だった。大勢の目撃者がいた上、完全に外部の人間であるランク試験の試験官も見ていた。涼が流したところで時間の問題だっただろう。そう思ったが、涼には僅かな後ろめたさを感じずにはいられなかった。


「父さんは何て……?」


空の顔から一切の笑みが消えた。感情が消える。涼は身体の温度が下がるのを感じた。


「僕と同じ意見だったよ。……アレは、バケモノだ」


息が出来なくなる。涼はゆっくり息を吐き出していく。正常に戻った呼吸を確かめて、涼は感情が顔に出ないように押し込めた。


「……あの子のどこがバケモノなんですか?」


静かに冷静に尋ねる。空の瞳はさっきと変わらず冷たい光を浮かべていた。


「いくら僕達であっても霊力無しでああは動けない。あの悪魔をたった一人で倒すと言うのがまずあり得ないんだ」

「楓はあの強さを手に入れるために努力してきました。その結果とは……?」

「言えないな。アレは人を超えている」


涼の言葉を珍しく遮るように空は言った。空がこんなに冷たい顔をしているのを見るのは初めてかもしれない。涼は息を呑んだ。いつもと違う兄の姿に涼は柄にもなく緊張していた。


「……涼はあの子に肩入れしてるみたいだね」


目を見開く。それは空にとっては肯定の印だった。空は涼の耳元に顔を近づける。


「……天宮楓は危険だ。父さんは涼を天宮楓の側に置いておきたいと考えてる。涼を出来損ないとしか見てない。僕はそう思わない。涼は強いよ。……だから、天宮楓には近づかないで。護衛なら『相川』に任せればいい」


相川、と言った言葉はひどく冷たく響いた。相川は戦闘兵器の一族。九つの本家は相川を差別視している。それは神林も同じ。だが、涼にとって、光希は大事な仲間だった。そして、楓もまた涼の守るべき大事な人だ。


「……兄さんにはわからないよ」


空は目を大きく広げた。まさか涼が口答えするなど思ってもなかったようだ。涼は静かに呟く。


「僕は自分の意思であそこにいるんだ。……それはきっと兄さんにはわからない」


そして涼は踵を返した。空の視線が痛い程刺さっているのがわかる。その場にいたあの女の視線が刺さるのもわかる。だが、涼は足を止めなかった。憧れの存在であった兄に口答えしたのは初めてだった。それでも涼は後悔していない。何か、大事な物が守れたような気がしたからだ。


涼は早足で父の書斎に向かう。一刻も早く用を済まし、この場から離れたかった。何かを考えようとする度に足が早くなっていく。書斎につくのもあっという間だった。


こんこん、涼はドアを叩いた。飴色の木に音は綺麗に響く。ドアノブはメッキが少し剥げて、長年この家にあった事を思わされる。


「涼か?」


ドアの向こうから昨日電話で聞いた声と同じ声が聞こえた。涼は笑顔を顔に貼り付ける。空と話した事で笑顔の仮面が外れていた事に今更ながら気づいた。


「はい」


涼は短く返事をする。入れ、という返事がすぐに返ってきた。涼はそっとドアノブを回して中に入る。後ろ手で扉を閉めた。


木造りの机に革張りの椅子。代々の当主が座ってきたその椅子に、涼の父、神林伸之は座っていた。決して太ってはいない、むしろ筋肉質なその身体は未だ現役の戦士のもの。そして、その能力は今も健在で劣る事も無かった。涼は感情を瞳に映さずに信之の言葉を待った。


「久しぶりだな、涼」


上部だけの感情の籠らない言葉。涼は儀礼的に返す。


「久しぶりですね、父さん」


父が自分の事を何とも思っていないのは知っている。だから涼も信之の事を父親としてしか認識していない。それもただの関係上の物として。


「それで、電話したように、最近の出来事について報告が聞きたい。主に天宮の『無能』についてだ」


この人は楓の名前を覚える気も無いのだ。楓をバケモノと言ったのも当然の事だろう。この人は楓を人間として見ていないのだ。そこまで考えて、涼の頭は冷えた。


「わかりました。現在、天宮楓の周りでは何も起きていません。ですが、先日のランク試験から周囲の人間の目が変わりました。天宮楓は良くも悪くも注目を集めています」


涼はあえてどうでも良い情報を告げる。こんな事はあの学校にいれば誰でもすぐにわかる事だ。信之は眉をひそめた。この動作も予想していた。


「……そんな事はどうでも良い。『無能』上手く取り入る事が出来たようだな。その立場からわかった事を話せ」


静かな怒りが涼の中で燻り始めた。家の命令に従って、涼は天宮楓の婚約者候補になったのは紛れも無い事実だ。だが、あの少女に取り入ろうと思った事は一度もない。道具だともバケモノだとも思った事も無い。思ったのは、この少女を守りたいという事だけだ。それは決して家の為でも自分の為でもない。それを"上手く取り入った"という言葉で片付ける事などできないのだ。何処までも涼の事を『失敗作』、天宮楓を『バケモノ』と見るこの父親が涼はどうしようもなく憎かった。


ゆっくりと力を入れ過ぎていた手から力を抜く。そして涼は再び笑顔の仮面を身に纏う。


「……わかった事、ですか」


確認を取るように信之の顔をちらりと見る。信之の冷たい瞳は動かなかった。


「そうだ、『無能』の能力は何なのか、見当はついたか?」


鋭い視線が涼を刺す。そのプレッシャーの中で涼は首を振った。


「いえ、ついていません。強いて言うなら驚異的な身体能力くらいではないでしょうか」

「……あの回復能力もそれで説明するのか?」


涼は信之の顔をまじまじと見てしまった。何のことを言っているかわからない。


「……回復能力?」


涼の言葉は涼がそれを知らない事をよく表していた。おそらく信之は涼がそれを知りながら惚けたのだと思っていたようだが、その言葉で考えを変えたように見えた。涼は僅かに信之の口元が歪んだのを見た。


「そうだ、あの映像を解析したところ、一瞬映っていた。あの魔物に頰を切り裂かれて血が飛んだはずが、その数秒後には傷が消えていた。……それが何を意味するのか、わからないお前では無いだろう?」


涼の瞳が一瞬揺れた。楓がそんな能力を持っているとは……。楓はそれを今までずっと隠していたという事? 涼は全く感づかなかった。今の、いや、これからでも、霊能力で出来ることには限りがある。治癒術式もまた、汎用化する事は出来ない。そして、あの時、霊力は使えなくなった。それが意味するのは、あの能力が天宮楓の本来の肉体スペックによるものであるという事だ。……そしてそれは人間にはあり得ない機能だった。


惚けたように立ち尽くす涼の前で、信之は口元を歪めた。


「引き続き、『無能』の護衛、婚約者候補を続けろ。正式な婚約者になっても構わない」

「はい……」


涼は頷く。その言葉は涼の耳には届いていなかった。


感じ悪いですね……神林家

涼は反抗期ですかね

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