風紀委員のお仕事 その一
「うーん、ボク達もそろそろ見回りに行かなきゃだね」
楓は涙の跡が残らないように目を拭い、伸びをした。感情を全部吐き出したからか、とても心が軽い。今から空でも飛べそうな気分だ。
「そうだな、もし委員長に見つかったらヤバイしな」
そう言って光希はいつも通りの笑顔が戻った楓の顔を見る。……本当に楓は自分の本心を隠すのが得意だ。今ではもう泣いていたことなんて全くわからない。こういう性格の人は本音を隠すのが下手だと相場が決まっているのは嘘だったのだろうか。光希はなぜか一般論を持ち出してみる。もちろん、天宮楓という人物を一般論で測ることなどできるはずがないのだが。
楓は光希がそんな訳のわからん事を考えているのに気づくわけもなく、くるりと身体を翻した。長いポニーテールが一拍遅れて楓の動きについていく。
「そんじゃあ、行きますか!」
「ああ」
楓は勢いよくドアを開ける。光希が部屋から出てきた事を確認して再び騒がしく閉めた。
「……天宮うるさい。ドアくらい静かに閉めろよ」
「……相川うるさい。別にいいもん、それくらい」
楓は光希を軽く睨んだ。光希はハイハイ、と言ったように肩を竦めて全く動じない。楓の抗議は完全に聞き流されたようだ。
「んで、どこ行く?」
楓は色々諦めて光希に意見を求めた。光希は目を閉じて眉間に皺を寄せる。何やら考えている(?)ようだ。楓はそんな光希の顔をまじまじと見つめる。やっぱりイケメンだな〜、という感想だけが頭に浮かんだ。光希の目がそっと開く。ちょうど目が合った。
「ち、近いだろ⁉︎バカ!」
光希が動揺したように、顔を少し赤くして一歩下がる。
「ん?あ、そうか」
楓は首を傾げようとした頭を戻し、一歩だけ下がった。
「で、なんだった?」
「あっちの方で誰かが霊力を使った」
光希は壁の方向を指差した。
「あっち?それ、壁だよ?大丈夫?」
楓はキョトンとして光希に言う。光希は「あのな……」と言って自分の髪の毛をぐしゃぐしゃとかく。
「……だから、その向こうだ。外だよ、外」
「おー!なるほど!」
やっと納得がいった。楓はポンと両手を叩く。
「じゃ、行こうっ!」
楓と光希は歩き出した。階段に向かう。外なので、はあまり関係ないが、ちゃんと正規ルートで一階まで階段で降りるのだ。
「ところで相川って、さっき何してたの?」
光希の肩がピクリと動いた。楓は更に重ねて問いかける。
「ねえねえ、何をしてたの?おーしえて〜!」
楓は光希の袖を引っ張ってグイグイした。光希の顔が微妙に引き攣る。楓は軽くやっているつもりなのだろうが、今にも階段から落ちそうだ。
「待て⁉落ちるぞ⁉︎︎俺を殺す気か⁉︎」
「ん?」
楓がパッと手を離す。光希は思わずバランスを崩した。
「相川⁉︎」
楓は驚いてバランスを崩した光希に手を伸ばす。しかし、楓の手が光希に届くその前に光希は階段の踊り場に軽やかに着地した。
「お前なぁ、他の人には絶対にやるなよ、それ。それで人死が出るのはバカらしいぞ」
くるりと振り返った光希は楓に何やら注意を始めた。楓は光希に追いつつも
抗議をする。
「ってことは、相川にはして良いって事?」
「何でそうなる⁉︎大体俺が言いたいのはなぁ……」
光希のお説教が長引きそうなので、楓は自分の耳から聞こえる音をシャットアウトした。うん、何も聞こえない、聞こえない。
そのまま光希に叱られながら楓は歩く。しばらく歩いた後、突然光希に肩をポンと叩かれた。
「天宮」
「へ?何?」
光希は最早ワザとらしく溜息をつく。
「仕事だ、……風紀委員の」
楓は目の前の場所に意識を向けた。確かに派手に閃光が散ったり煙が出ていたりしている。これは確実に取締りの対象だろう。楓は光希と目配せする。光希が楓の視線に頷いた。
楓は光希と共に現場へと足を踏み入れる。ド派手に遊んでいる男子生徒達がザッと振り返った。驚いたように目を見開いたと思えば、その次の瞬間術式が楓目掛けて飛んできた。楓はそれを避けず、光希に任せる。光希は流れるような動作で霊力を放ち術式を霧散させる。そして光希が向けた冷たい瞳に男子生徒達は息を呑んだ。
「ヤバイぞ……。アイツが相川だ」
「隣は『無能』の天宮⁉︎」
「って事は……、天宮を狙え!」
その会話が聞こえ、楓は警戒を強めて男子生徒達を見る。しかし、それを止めた生徒がいた。
「待て!あの天宮は……Sランクだぞっ!迂闊に手を出すんじゃない!」
「っ!」
「何!」
その言葉で荒ぶっていた場の空気が沈静化されていく。
「なんか……、あっけなかったね」
「そうだな」
「Sランク流石だわー」
楓は少し残念に思ったが、足早にその場を去っていく男子生徒達の背中をぼんやりと見るだけだった。
「なんか、もうちょい暴れられると思ったんだけど……」
「だが、お前がSランクになったってことは他学年にも結構知られているみたいだな、これを見てもわかるが……」
光希が冷静に色々を分析してくれる。楓としては頭を使わなくて良いのでありがたい。
「……ホント、手のひら返しって感じで怖いな。Sランク認定される前は人間のクズって感じの扱いだったのに」
楓は地面を足でなぞった。砂埃が舞う。
「だが、絡まれなくなったのは良かった、そうじゃないか?」
光希はそう楓を元気づけようと努力してみる。楓はその心遣いを理解して、ニカッと笑う。
「そーなんだなー、楽になったさ。怖いのはヒトだよ、ヒト!相川がそうじゃないのはボク、知ってるけどさ」
無自覚なままそう言うことを言ってしまう楓に、光希は頭を抱えたくなった。この状態で他の人と接しているわけだから……。
「……そう思ってくれてたら、俺も嬉しいよ」
微笑みを浮かべてこちらを見た光希が、楓には少し眩しく見えた。
「どこ行く?次?」
「確かに、もうここには誰もいなくなったわけだしな……。少し待て」
「おっけー」
再び光希が目を閉じて周囲に意識を向けた。何をやっているのかは楓にはさっぱりわからないが、おそらくかなり高度な事でもしているのだろう。楓は再び光希の端正な横顔を見物しながらヒマな時間を過ごす。
(ボクも可愛かったら良かったのにな……)
楓は木葉や夏美、夕姫の顔を思い出す。あの三人は本当に可愛いくて美人な顔立ちをしている。羨ましい限りだ。楓は鼻を摘んだら高くなるのだろうか、という信憑性がかなり低い事を考え、とりあえず鼻を摘んで引っ張ってみる。
「うーん……」
「……何やってんだ、天宮」
呆れたような光希の声に、楓は慌てて手を鼻から離す。
「な、なんでもないよ?」
楓はつまみ過ぎで赤くなった鼻はそのままに、光希の方を見た。
「で、結局それって何やってたんだ?」
「……?それ?」
光希は楓の言っていることがよくわからないと言うように瞬きをする。
「だからさ、さっき相川が集中してなんかやってたやつ!」
「あれ、か……」
一瞬光希は口を閉じた。もしかしたら、あまり話したくない内容なのかもしれない。「やっぱり良いよ」と言おうとして、口を開こうとしたその時、光希は口を自ら開いた。
「……アレは、俺の特殊術式みたいな物だ。俺の霊力が及ぶ範囲なら、他の大きな霊力源を探知する事ができる。要するにレーダーみたいな物だよ」
「霊力感知レーダーってこと?」
「まあ、そうだ」
楓は顔を輝かせた。光希にグイグイと近づく。
「え!すごいじゃんそれ!いいなぁ!かっけぇー!」
目をキラキラさせて近づいてくる楓に驚き、光希は気圧される。まさかこんな反応が返ってくるとは思わなかった。まさか素直にそう思って、しかも大絶賛までするなんて……。
「あ、それで何か引っかかった?」
楓は興奮を抑え、本来の仕事を思い出す。光希は安心したように息をついた。
「……うーん、引っかかったといえば引っかかったんだが……」
「何、その煮え切らない返事」
光希の微妙な答えに楓はジトッとして突っ込む。
「なんか微量だったからな……。正確に規定違反かどうかはわからないんだ」
「あ、そういう事!じゃ、善は急げ、ってことで行くぞ〜」
「あ、ああ」




