時を戻す彼女に僕は迷わずヘッドバット
私、時間を巻き戻せるんだ。
そう言った彼女に僕は思いっきりヘッドバットをぶち込んだ。
*****
「なんで殴ったの!?」
「え、何が?」
学校からの帰り道の最中、彼女は突然まくし立てた。鼻のあたりを抑えながら、どこか呆然とした様子で。怪我はしてないみたいだけど一体どうしたんだろう。
真っ赤と真っ青な顔色を交互に切り替えながら、ぱくぱくと言葉にならない何かを言おうとする彼女を、僕は可愛いと思った。
「いや、殴ったっていうか、正確にはヘッドバットされたんだけど……。でもなんで!? そういう雰囲気じゃなかったよね!?」
「ええと、何の話? よくわかんないや。僕何かした?」
「何かしたよ! ひっどいことされたよ! ああもうっ!」
そう言われても心当たりは無い。よくわからないけど、僕の何かが彼女を怒らせてしまったらしい。
人に迷惑をかけたら謝りましょう。僕はそう言われて大きくなった。
「ごめん」
「あ、うん……。こっちこそ、わけわかんないこと言っちゃって……、じゃなくて!」
謝ったら許してもらえた。僕が言うのもなんだけど、彼女はとてもいい子だ。僕だったらヘッドバットされたらごめんじゃ済まさない。
よくわからないけど申し訳ない気持ちはあったから、もう一度ごめんと謝って頭を下げる。
「うー……。それは、もう、いいから。理由を教えてよ、理由を」
「理由って何の?」
「……君ってひょっとして、私の事嫌いだったりするの?」
恐る恐ると言った様子で彼女は聞く。気持ち身体を離して、睨むように言う彼女の姿は警戒心の高いリスのようだった。
ひょっとしたらリスなのかもしれない。ちょっと待ってて、と断って、僕はポケットからナッツを取り出す。
「はいこれ」
「……なにこれ」
「ナッツだけど」
「そうじゃなくて」
どうやら彼女はリスでは無いようだ。でもナッツを出したら近寄ってきたから、やっぱり彼女はリスなのかもしれない。少なくともリス科の生き物であることは疑う余地もないだろう。
「嫌いじゃない、でいいんだよね。ちょっと自信なくなってきたんだけど……」
「大好きです。今日も昨日も明後日も」
「……明日は?」
「恋人にも休日はあると思う」
「自信無いなぁ……。なんでこんなのと付き合ってるんだろ、私……」
でも好きだよ、と言うと、彼女はべしべしと僕を叩く。これも愛情表現。そう思って甘んじて受け止める。
「好き。大好き。本当に好き。何気ない仕草も、ころころ変わる表情も、何もかも好き。愛してます。こんな僕でよければ、今後ともよろしくお願いします」
「あああああああ! そう言えばなんとかなると思ってるー! その手には乗らないんだからー!」
「でも好きだよ」
「もういうなー!」
顔をぼふっと爆発させて、彼女はジリジリと僕から距離を取った。こんなに好きなのに。僕の気持ちは今日も届かない。
カバンで顔を隠しながら、彼女はチラチラと僕を見る。
「わかった、もう、わかったからぁ……。で、なんで、ヘッドバットしたの」
「なんでって言われてもなぁ。僕には何が何やらさっぱり」
「それもそっか。少なくとも嫌いじゃないんだよね……。だったら」
んー、とおとがいに指をあてて彼女は考える。その仕草も可愛いなと思って、僕は彼女を見ていた。
「オカルトとか、超常現象とか、そういうのめっちゃ苦手なタイプだったり?」
「なんで急にそんな胡乱ワードが」
「だってもう、それしか考えらんない」
オカルトも超常現象も別に嫌いじゃないし、好きでもない。知らないものは知らないからだ。
僕は今を生きるリアリスト。空想の翼なんて引きちぎって捨てた。未来とは現実の延長線に過ぎず、希望を夢見るのは逃避行動に他ならない。奇跡なんて何処にもないし、運命なんてただの確率論だ。
「そこまで……。そこまで言い切るか……。ああ、私の乙女心が傷ついていく……」
「でも好きだよ。君と出会えたのは運命かもしれないね」
「投げやりにフォローすんなばっかやろー! 今更遅いわ!」
落ち込んだり怒ったり、今日の彼女は大変だ。でもそんなところも可愛いんだ。もうなんでも可愛い。
バタバタした帰り道も終わりが近づき、最後の交差点に差し掛かる。ここで僕は右に曲がり、彼女は左に曲がる。そしたらまた明日だ。
「……えっと、その、ね」
別れる寸前、何かを言いよどんだように彼女は身構える。少しの臆病さを大きな覚悟でこらえながら。
夕日に照らされながら、真っ直ぐ僕を見つめる彼女はどこまでも真剣で。
そんな彼女を、僕はやっぱり可愛いと思った。
「やっぱり言う。私、実は……」
意を決して彼女は言う。白くほっそりした喉から懸命に言葉が紡ぎ出されるのを待っていると、透明な時間が止まったような錯覚すら覚える。
離れたくない。別れたくない。美しい彼女を、ここでずっと見ていたい。
例えば時間を巻き戻す術がここにあれば、きっと僕は迷わないだろう。
一瞬を永遠と引き伸ばしたような時の狭間で、僕は彼女の言葉を待った。
*****
「なるほど、石か……」
「石? どうしたの、鼻なんて抑えて」
学校からの帰り道の最中、彼女は鼻を抑えながら釈然としない様相でそう言った。
特に怪我をしてるわけではなさそうだけど、複雑な顔で彼女は鼻を抑える。ちょっとだけ嬉しそうな顔色も見えたりして、今日の彼女は機嫌が良いんだなとなんとなくわかった。
「あのですね。ひとつだけ約束事をしましょう。恋人協定です」
「約束? いいよ」
内容なんて聞いてないけど、僕はそれを受け入れる。だって好きだから。
相変わらずの複雑な顔で、彼女は言う。
「突然、こう、アレをしない。別にその、すること自体はやぶさかではないんだけど、せめて足元には気をつけてください。間違っても石につんのめってヘッドバットなんてしないように」
「アレ? アレって何? っていうか、なんでヘッドバット?」
「アレってのは……。あーっ! その、えっと、アレよアレ! 言わせんなばかーっ!」
彼女は顔を真っ赤にして僕をべしべし叩く。今日の彼女は良くわからない。嬉しそうだったり突然怒ったりと大変だ。
良くわからないけどそんな彼女もまた愛おしくて。
突然キスしたら怒られるかなって、なんとなくそう思った。
時を戻す彼女に僕は迷わずキスしようとしたら石につんのめって思いっきりヘッドバット (了)
登場人物紹介
僕
今を生きるリアリスト
彼女
疑う余地もなくリス科の生き物
石
すべての黒幕。ただそこに存在するだけで悲劇を引き起こす絶対悪。