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風雲の場所  作者: yunika
第一章
8/79

八.初恋

陽はすっかり落ち、小さな子ども達は親に

連れられて帰路につき始めた。


宴もたけなわである。


御座では踊り終えたロウガも先程から酒の輪

に加わり、今はすっかり出来上がっている。


その隣でカズラは上機嫌でけらけらと高笑い

していた。


周りはいそいそと空になった酒瓶やら皿を

片付けに取りかかっているというのに、

そんなことは気にも留めず、彼らだけが宴の

世界に取り残されているようであった。


――あんの酔っぱらい達め。


ハクアはテンジャクやミードとともに、

片付けを手伝おうと大人達と同じ様に酒瓶を

集めようとした。


すると片付けをしていたキキョウの母親に、

ハクアちゃんは主役なんだから今日くらい

手伝わなくていいのよ、と止められて

しまった。


テンジャクとミードは食べ物を載せていた

テーブルを協力して運んでいる。


さて何をして時間を潰そうかと、ハクアは

辺りを見回す。すると遥か前方にある道場の

門に、彼が探していた姿が目に飛び込んで

きた。


いつの間にかエラがやって来ていたのだ。

空に陽はなくとも、亜麻色の髪は昼間の日光

を溜め込んだかのように艶めいている。


身にまとう五分袖の、大きめの花模様が

描かれたワンピースの鮮やかな色彩が、

彼女の華やかさそのものを表しているよう

だった。


彼女は門をくぐって中に入るべきか

戸惑っているらしく、塀から続く瓦葺きの

屋根の下で所在なさげに中を覗いていた。


彼女はどうやらハクアに気づいていない

様子で違う方を向いている。


「エラ!」


ハクアは声を大きく呼ぶと、まっすぐに

駆け寄った。エラもはっと気づいてこちら

を見る。


「ハクア」


走ってくるハクアに、エラの白い手が差し

伸べられる。傍に着くなり、ハクアは思わず

その手を握りしめていた。


「今来たの? 探したんだよ」


それを聞いて、エラはばつが悪そうな

顔をした。


「ごめんなさい、遅くなって。

 明日の支度があったから、それが済んで

 から行きなさいってパパが言ったの」


「明日の支度?」


「明日、ポピーナの町に帰るのよ」


ポピーナの町? 聞き覚えがない響きに

ハクアは首を傾げた。


「私の家がある場所よ。ジオリブ国から

西隣のラキニル公国へ渡ってすぐのところ」


「そうなんだね、初めて聞いた場所だ」


「田舎町だからあまり知られてないのかも」


エラは少し気後れしたような様子でそう

言った。


「じゃあ明日にはもうここを出ていくの?」


ハクアは胸が少し詰まる心地を覚えた。

エラは残念そうにこくりと頷く。


「そうなのか……。でも、ここスイレンと

 ラキニル公国はそう離れていない。

 また来たらいいよ」


ハクアはこのとき、明日エラがこの街を

去ることについてかなり残念に思っていたの

だが、エラに悟られないようにと明るく振る

舞った。


「そうだ、何か飲む?

 おいしい葡萄ジュースがあるんだ。

 片付け始めてるけど、取ってくるよ」


ハクアの誘いにエラはさらに申し訳なさそう

な顔をした。


「ごめんなさい、すぐに戻らなきゃ。誘って

 くれたし挨拶だけはしなさいってパパが。

 明日は朝早く出発するから、今日は早く

 寝なくちゃ」

「そうか、じゃあ……そうだ!

 線香花火は? すぐ向こうにあるんだ。

 一本だけ一緒にしようよ」


その提案にすらエラは少し迷っている様

だったが、一本だけなら、とようやく首を

縦に振った。


ハクアはその辺りにいた大人に花火を持って

きてもらうと、エラを連れて裏手の水汲み場

に移動した。


その道すがら、ハクアはエラの住む町のこと

を尋ねた。


聞けばミードの父親、バッガス・ウェルズは

彼女の家のすぐ近所に一人で住んでいる

らしい。


小さな田舎町らしく、そこではバッガスは

派手な振る舞いで目立っているそうだ。


「バッガスさんは世界各地の珍しいものを

 沢山お持ちなのよ。私のパパの作品を

 気に入って、時々町に来る商人仲間に

 売ってくれるの。


 おかげで、ジオリブ国の国境近くにある

 大きな街で少しずつ人気が出てきている

 らしいわ」


国境近くの大きな街といえば、西方にある

フラウェルの街だろうか。常に最先端の

芸術やファッションが創り出され、多くの

芸術家達の憧れる場所だ。


ミードがいつもハイカラな服を着ているのは

父親がフラウェルの商人仲間から調達して

いるのだろうか。


「バッガスさんはいつも笑っているけれど、

 ミードさんや奥様に中々会えなくて寂しい

 んだと思うわ」


エラは、ウェルズ家親子が離ればなれで

暮らさねばならない訳ありであることを

知っているらしい。


ミードやテンジャクは二人とも、訳あって

父親が国外にいる。


ハクアもそこまでは知ってはいたが、彼らは

気軽に会うことも出来ないのだろうか。


そう思うとハクアは少し胸が痛んだ。


水汲み場に着くと、先程まで子ども達が花火

をしていたはずだが、既にきちんと片付けた

のだろう、その痕跡はすでになかった。


ハクアは空のバケツに水を汲んで入れると、

マッチでつけた火をエラが持つ花火の先に

灯した。


線香花火は想像していたよりずっと小さく、

儚い火線を描きながらパチパチと音を立て

始める。


熱されたガラスのように緋色に燃える芯から

は薄い白煙が上がり、花火特有の煙臭が

彼らの鼻をついた。


エラは火花に小さく感嘆の声をあげると、

懐かしむような眼差しで火花を見つめた。


「線香花火って、もっと大きく燃えなかった

 かなって毎年思うんだよね」


ハクアはエラから貰い火をしながら呟いた。

ハクアの花火からも小さな閃光が放たれる。


エラはハクアの話にくすりと笑い、栗色の目

をきらきらとさせハクアと視線を合わせる。


「毎年、私達が大きくなってるってことね」


そう言うとエラは長い睫毛を伏せ、再び

花火に視線を落とした。


花火の勢いが少し強まり、火花が先程より

大きく咲く。

エラは嬉しそうに花火を見つめていたが、

ハクアの視線は未だエラにあった。


ハクアは思っていたのだ。

この目に微笑まれるだけで、なんて幸せな

気分になるんだろう、と。


早く終わってほしいときにはなかなか

終わらない。が、しかし、終わってほしく

ないときには早く終わってしまう。


「ありがとう。楽しかったわ」


二人の線香花火の火が消え、エラは燃え

きった花火をバケツに入れた。


そして周りを見渡す。


「ミードさんはどこかしら、一緒に帰るよう

 にって言われてるの」


花火が消えても名残惜しそうにしていた

ハクアと違い、エラはさっぱりと帰路につく

ことを考えている。


そのことがチクリとハクアの胸を刺したが、

彼は何てことない振りをする。


「たぶん、道場の裏手の御座を片付けてる

 んじゃないかな、行ってみよう」


そう言うとハクアはエラの柔らかい手と

自分の無骨な手とをそっとつなぐと、

空いているもう片方の手でバケツを持って

歩き出した。


藤棚の下に敷かれた御座は、今やすっかり

片付けられていた。

そこで先程まで騒いでいた大人達は、

まだまだお開きにするつもりはさらさら無い

らしい。


場所をロウガの家に変え、再び飲めや歌えや

と騒ぎだしたようだ。そのことを呆れ顔で

キキョウの母親が教えてくれた。


残ったゴミを集めるテンジャクとミードの

姿が見えた。


「おう、エラ、来てたのかよ」


二人に気付いたミードが声をかけた。

ハクアが代わりに答える。


「さっき来たんだよ。もう帰るんだけど、

 ミードと帰るように言われてるんだって」


「ちぇ。このあとお前の家で何して遊ぼう

 かと考えてたのによ。お袋ったら、最近

 やけに厳しいぜ」


「高学院の入学が控えているからね。

 これからきっともっと厳しくなるかもね」


テンジャクがそう言うと、 ミードは

ぶつぶつ文句を垂れ始めた。


「じゃあ、これハクアに任せていい?

 あとごみ捨て場に置くだけだから。

 僕達は帰るよ」


テンジャクはにこやかに、ハクアにゴミの

入った袋を押し付けた。


「さ、帰ろう」


そう言ってエラを促すと、ミードを連れて

さっさと門の方へと向かって行った。


エラは去り際に振り返り、


「またね」

 

と手をひらひらさせながらハクアに優しく

微笑んだ。


「絶対に、また会おうね!」


ハクアも気持ちが溢れんばかりに手を振り

返す。


ハクアはこのとき十一歳になったばかり、

まだまだ青くさく人生で経験してきた事柄は

少ないが、他に例えようがないこの高ぶる

気持ちは、紛れもなく彼の初恋であった。

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