二十四.悟った運命
赤や橙の花に彩られた街の中。
そんな景色に合わせたような
深い紺色のワンピースに身を包み
エラはちょこんと立っていた。
「元気にしてた? どうしてここに?」
ミードの話などすっ飛ばしチャッと
身なりを整えエラの方にハクアは向かった。
彼女は以前会ったときよりも随分大人びて
おり、それでいて可憐さは変わらなかった。
「私、ラキニルを出てここのアルテ
高学院に行くつもりで、その用事よ。
将来、歌い手になりたいの」
「へぇ、すごいね!
じゃあステージを観に来たの?」
エラはううん、と首を振った。
「もちろん観るけど、それだけじゃない。
私、ステージに出るのよ」
「出るの? エラが?」
「もう入学は決まってるから、その枠でね」
と言うと、にっこりと笑った。
「いつか、ハクアに聞きに来てほしいな。
その為なら、きつい練習や嫌なことも
きっと乗り越えられる気がするの」
そうはにかみながら話すエラにハクアは
すっかりのぼせ上がっていた。そして
エラが「だから約束ねっ」と首を傾げ
ウィンクしたとき。ハクアはついに
冷静さを欠いたのか、勢いのまま
『ある言葉』を口走ろうとした。
「約束ね、勿論いいよ。
これも約束してくれる? 俺とけっこ……」
「お~い、テンジャク!」
そのときミードが明後日の方向に
テンジャクの姿を見つけ、大声で呼ぴ掛けた。
―――だが。
テンジャクはぱっとこちらを見たが
今はだめ、とばかりに口の前で両手の
人さし指を交差させた。
そして街中からはどこからともなく
呼んだ名に反応し女子生徒達が。
「え!? テン様がいたの!?」
「どこよ、どこ!?」
「いた! あそこよー!」
それは、まるで巣を刺激された蜂の様に。
それは、まるで決壊したダムの水の様に。
王族の血を引く気高き少年目掛け。
「きゃ~! テン様ぁああ!」
どこからともなく現れた女子生徒達が
テンジャクを追い回し始めた。
「うわぁ……、何あの光景」
唖然とするハクア。
「テン様ガールズっていうの、あれ」
エラがため息をつき呆れながらハクア達に
説明した。要はテンジャクのファンクラブ
会員らしい。二人はシルクス達以上に
未知の生物に遭遇した驚きに、ただ目を
丸く見開いていた。
「すげえな」
とミード。エラは興味なさげに眺めている。
「テンジャクさん、転校してきてから
注目されっぱなしみたい。
歌ってる姿に皆メロメロだとか。
まぁ、あの見た目だし、物腰柔らかいし
ペアになりたい子が山程いるみたいよ」
とそこへ
「ねえ、貴方達、テン様の知り合い?」
と、テン様ガールズの一員らしき
女子生徒がハクアに話しかけてきた。
彼女の頬には『テン様☆』と書かれた
ハートがペイントされている。
「う、うん。ていうか、テンジャクは
嫌がってそうに見えるけど……?」
ハクアは波風立てないように言ったつもりで
あったが、どうやら突風を吹かせたらしい。
みるみる女子生徒の顔はこわばっていった。
「はぁ? テン様のファンやめろって?
私達から生き甲斐を奪わないで頂戴!
いつかテン様とペアで歌うことが夢なの!」
と、矢継ぎ早にハクアを責め立てる女子生徒。
「そこまでは言ってないだろ、ただ……」
ミードも不慣れな事態にただオロオロする
ばかりであったが、この場を収束させたのは
可憐な少女、エラその人であった。
エラはあら、と女子生徒に首を傾げる。
だが先程の朗らかさはどこへやら、
完全にその目は据わっていた。
「テンジャクさんとペアで歌うことが夢?
それが夢でアルテ高学院に入ったの?
ふーん、そう。素敵な夢ね。
……なら歌えばいいわ、その辺で。
ステージのレギュラーは私がもらうから。
あぁ、ライバルが一人減って良かった。
……後で戻ってこようがもう遅いからね!
練習さぼってるあんた達なんて、近い内
レギュラーから蹴落としてやっからね!
もーちーろーん、じ、つ、りょ、く、で!」
覚悟してなさいよぉお~! と拳を
振り上げ、逃げ惑うテン様ガールズに
追い討ちをかけるエラ。やがて気が
済んだのか、ハクアの元に戻ってくると
「あー、すっきりした。
あ、ハクア、さっき何言いかけたの?
俺と、けっこ……? かけっこ?
……意味わかんないけど、よしきた!」
ハクアのエラに対する想いに変わりはない。
が、このときハクアはひしと感付いた。
強い妻を持つ父親と同じ運命を
やがて自分が辿ることを。




