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風雲の場所  作者: yunika
第一章
7/79

七.祝杯

道場の裏手にある敷地内の砂利地で、二人の

健闘を讃える宴は一族の人間や、集まった

近所の人々によってこじんまりと、しかし

賑やかに開かれた。


砂利の上に小宴会を開くには十分なくらいの

広々とした御座が敷かれ、天井には季節柄

花こそつけていないが立派な藤棚が覆って

いた。


ハクアは傷の手当を受け、爺に沸かして


もらった風呂に入って普段着に着替えた。


そうして祝勝会に参加した頃には、陽は既に

傾き始めていて、大人たちは御座の上で酒に

酔いしれ、すっかり盛り上がっていた。


御座の奥にある平らな土面の上では、叔父の

ロウガが若手の弟子とともに笛の音に合わせ

剣舞を披露している。


それを見て、ハクアはエラを宴に誘った時の

文句を思い出していた。

踊ったりっていうのとは少し違ったかなと。


大人たちの中心には道場破りに挑戦してきた

野獣の男、ジュラがいる。

獣皮は被ったままだが、彼のまとう空気は

先程と違いすっかり和んだものになっている

ようだ。


その証拠に彼が手に持つ酒杯にはカズラから

なみなみと酒を注がれ、隣でビャッコが

談笑し、ときに大笑いしながらばんばんと

彼の背中を叩いている。


ハクアはその様子を見、一触即発にならない

かと手に汗を握ったが、ジュラはどうやら

悪い気はしていないらしい。彼も手ずから

ビャッコの杯に酒を注いでいた。


ハクアは御座の近くにある、誰かが用意して

くれたのだろうテーブルの上に、これもまた

誰かが用意したのであろう大皿に並ぶ大きな

海苔でまいた握り飯をひとつ手に取り頬張る

と、御座の周囲に散らばる人々を見渡す。


御座の酒宴に酒やつまみを手配する者、

ロウガの剣舞に拍手を送る者。


どこかで誰かが焼いているのだろう、香ばし

そうな焼きそばが乗った紙皿を手にする者。


池の鯉に餌をやる小さな子ども達。


「ようハクア。やっと来たな」


ミードがハクアを見つけて声を掛けてきた。


空になった紙コップを、ゆらゆらと手持ち

無沙汰にしている。夕暮れで薄寒くなって

きたからか、彼はTシャツの上から長袖の

パーカーを羽織っていた。


ラフな格好だが、鼠色のスウェット地の

パーカーには所々ワッペンや刺繍が入って

いて、中々にお洒落なデザインだ。


「ああ」


ハクアは短く返事した。握り飯を勢いよく

頬張っているのでうまく言葉が返せない。


ミードはそんなことはお構い無しで会話を

続ける。


「おまえの祝勝会だってのに、大人はそっち

 のけで騒いでるぜ」

「ああ」


ハクアは朝からずっと何も食べていなかった

ので、とても腹が空いていたのだ。


「おまえは目立つことに無頓着だよな。

 宴を開くのがもし俺だったら、派手な音楽

 鳴らして、スポットライトなんか用意して

 お前を華々しく登場させてやんのによ」


「いいよそんなの」


ハクアは握り飯で口をもごもごさせながら

何とか答える。


「冗談だよ、お前の柄じゃないよな」


 ミードはくすりと笑う。


「なんだ、ここにいたのか」


テンジャクもやってきて二人の輪に加わる。


彼も薄手のカーディガンを羽織っている。

その鮮やかな青色が、彼の金色の髪を引き

立てていた。


「はは、ハクア、そんな口に詰め込むなよ。

 何か飲み物を取ってこようか?」


テンジャクがくしゃりと笑い、

ハクアはこくこくと頷く。


「ほら、ミードのコップも貸して。

 何か入れてくるよ」


「おう、悪いな」


ようやく合流したばかりであったのだが、

テンジャクはコップを手に飲み物置き場へと

去っていった。


ハクアは手に持っていた握り飯を平らげ、

さらにもう一つ大皿からつかみ大きな口を

開けて頬張った。


周りをもう一度見渡す。

ハクアは、庭のどこかに亜麻色の髪の少女が

いないか探していた。


「ああ! ハクア兄様!」


自身を呼ぶ声に、はっとハクアは振り向く。


つややかな黒髪の女の子が駆け寄ってくる。

妹分のキキョウだ。


「兄様、すごかったね! 私、どうなるかと

 思ってどきどきしちゃった!」


「キキョウもよく見守ってくれたな」


キキョウと握り飯の中身を交互に見ながら

ハクアは答えた。


彼はツナマヨ入りがあまり好きではなく、

ひと口頬張って気付いた握り飯の中身に

少しばかり怪訝な表情を浮かべている。


「ねえ、あのジュラって人、ハク兄に

 惚れたんだって」


ハクアは思わず握り飯を落としそうになる。


「え?」


「意味わかんないよね、兄様には

 キキョウがいるのに」


「……おまえが思っているような意味じゃねえ

 と思うぜ」


呆れんばかりの顔をし、ミードが指摘した。


「つまり、同じ男として格好いいって

 思ってるってことさ」


ハクアも成る程そういうことか、とミードの

言葉でようやく意味を理解した。

しかし解釈を誤解していたとなると少々恥ず

かしいと思い、最初からそんなこと判って

いたかのように冷静を装う。


「でね、ビャッコの叔父様――、ご当主様にも

 すっかり気に入られちゃって。ロウガ様の

 お家でお弟子としてお世話になるん

 だって!」


「ずいぶん急な展開だな」


ミードが驚き混じりに言った。


ハクアも同じ感想だった。


しかしジュラは流浪の者のようであるし、

豪快で懐の広さで名高い父ならば、ジュラを

気に入って面倒を見ることも分からなくは

ない、とも思った。


そこへ、砂利音を軽やかに鳴らしながら

複数の足音か近づいてきた。


「キキョウちゃん、一緒に線香花火しようよ」


キキョウと同じ歳の頃の女の子達である。


道場では見かけない顔だから、おそらく

近所の子ども達であろう。


これから火を点けて遊ぶのだろうか、束に

なった線香花火を片手にキキョウを誘いに

やって来た。


「行っておいで、キキョウ」


ハクアは見守る兄のようにキキョウに

そう促す。


「うん! ねえ、あっちの水汲み場の

 近くでしようよ!」


キキョウを加えた女の子達は、キャッキャと

歓声を上げながら水場のある方へと走って

行った。


「この薄寒い秋に線香花火かよ……」


ミードが再び呆れ顔で女の子達の後ろ姿に

そう呟く。

そこへ飲み物を調達したテンジャクが帰って

きた。


「お待たせ。近所の人が農園で採れた葡萄で、

 ジュースを作ってくれてたんだ」


プラスチックの透明なコップには、濃い

紫色のジュースがなみなみと注がれている。


「おっ! いいな」


テンジャクは各々の手にそのコップを手渡す。


ハクアは握り飯とコップで両手が一杯に

なってしまった。


握り飯をさっさと食べ終えてしまえば

良いのにそうしないのは、ツナマヨに対する

味の苦手意識からである。もう匂いだけで

無理だ、と思う程に。


「誰かツナマヨお握り食べない?」


ハクアは手に持ったお握りを二人の前に

差し出す。


「あと半分じゃねえか。食っちまえよ」

「ハクア、好き嫌いは良くないよ」


食べるか食べないかではないらしい。


二人の兄貴分は顔をしかめて弟分を諭した。


渋々ハクアは残りのお握りを、自身の鼻を

つまみながら一口に放り込んだ。


そして三人は濃厚な葡萄色のジュースが

注がれたカップをそれぞれ片手に、

それらを掲げた。


「じゃあ、ハクアの健闘を祝して」


テンジャクが音頭を取りはじめる。


「ああ、今回の勝負引き分けだったが、

 俺が思うにお前の勝ちだ。おめでとう」


ミードもそれに続く。


「ニレ道場に、ハクアに」


「乾杯!」


三人の声が一つに重なった。それぞれ無言に

なってジュースを喉に流し込む。


濃厚な葡萄の風味が鼻にぬける。ごくごくと

自身の鳴らす喉の音と別に、御座で騒ぐ

大人達の歓声が一層大きく聞こえてきた。


何か盛り上がる場面でもあったのだろうか。


だが、彼らには関わりのないことである。


少年達は自分達こそが主役であったと、

それぞれを労り合うのであった。

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