表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風雲の場所  作者: yunika
第二章
63/79

十四.カズラの花

ハクアは母を連れてヴィヴィアンの研究室を

訪れるため、高学院の廊下を歩いていた。

学院は未だ連休の最中であり建物内では

学生や職員の姿はまばらである。


カズラはハクアに従い付いてきたものの

未だ事態をよく飲み込めないでいるらしい。

金属有機体、いわゆる幻獣の持つ力とは

滝の一族始祖の力であり、その分家の主な

夫ビャッコや義弟ロウガにも脈々と

伝えられてきたはずだ。

その一族に縁はない筈の、ロゼナの菓子店

から嫁に来ただけの自分になぜその力が

備わっているのか見当もつかない、と

カズラは考えれば考える程に混乱していた。


「そりゃ、よくシルクスちゃんや

 ラウルスちゃんの夢を見たりするけど」


ハクアに手を引かれ廊下を進むカズラが

ぽつりと漏らす。


「そりゃ、顔だけじゃなく運動神経も

 いいってよく褒められてきたけど」


突っ込みどころに気付くまい、とハクアは

自制しながら母の言葉に耳を傾ける。


「だけど、貴方のお父さんよりもその力が

 強いっていうのは……、わからないわ。

 お父さんが聞いたらどんな顔をするかしら。

 私を嫁に決めるとき、名前で選んだって

 いうことに関係あるのかしら」


「大丈夫だよ、ちゃんとどういうことか

 説明してもらうから」


ハクアはにこりと笑った。


「?」


首を傾げるカズラを横目に、ハクアは教授の

研究室の扉を静かに開けた。

そこにいたのは燃えるような赤色の髪と

ただならぬ反省の色を示したビャッコがいた。


「お前が、若い道場生のことをイケメンだ

 何やらともてはやすから……、その、つい」


そう話す彼の手には、彼の妻の名である

黄金色の『カズラ』の花束が握られていた。


「この花は私が一番好きな花だ。

 もちろんカズラ、そなたと出会ってからな。

 親には花の名の女子を娶れと言われたが

 決してそれだけで選んだ訳ではない」


肩を丸くししんみりと話す一家の主の姿に

普段の主たる威厳はまるでなかった。

隣ではヴィヴィアンがそんなビャッコを

優しげに見守り、そのさらに隣では

リオネルが笑いを必死にこらえていた。


ビャッコはそんな周りの様子に居心地悪く

なったのか、ここはさっさとケリをつけねばと

奮起しカズラに向かって敬礼をびしっと決め、


「此の度は申し訳ありませんでした!」


と威勢よく言い放ったのである。

情緒的なカズラの花も、潔い謝罪の声も

どうやらカズラには効果が無いようであった。


というか、既に興味が無いらしかった。


日にちとともに怒りが薄れたのか、

喧嘩の発端が、単にビャッコが拗ねただけ

ということが馬鹿らしくなったのか。


もはやカズラの関心は違うことに移っており

自身の名の花束を受け取るなり、深刻そうに

ビャッコに尋ねた。


「それで、何なんです?

 その、名前で嫁選びをしろという

 幸か不幸かわからぬ類の言い伝えは。


 今回の事と関係があるのでしょうか」


――――幸か不幸かわからぬのか。


その場にいる誰もが思ったらしかった。


しばし動揺するビャッコであったが、

妻の落ち着きぶりにどういう訳か満足気に

にんまりとし始めた。


「ハクアもおるし、良い機会かもしれんな。

 少し長くなるがとある話をしてみよう。


 はるか南西の地に暮らす我らの本流である

 滝の一族の主家サルバト公は隣国ラキニルと

 組んで勢力を増しているという。

 そんなサルバト公に刃向かうレッド伯爵に

 我等ジオリブ国は味方することになる。


 いずれぶつかることになるであろう、我ら

 分家と彼ら本家。そんな我等の物語は

 とある兄弟と一人の女性の話から始まった。

 ……らしい」


「らしい? らしいって何よ」


カズラは少し苛つきがちにビャッコを見据えた。


「百年以上昔のことだぞ、わしが直接に

 見聞きした話だとでも思うか?

 この場合、らしい、が妥当だろう」


ビャッコは当たり前だろう、という風に

だがカズラをからかうようにニヤついた。


この次第でまだ人をおちょくる気か、と

カズラは先程の落ち着きはどこへやら

ビャッコに殴り掛かりそうな勢いとなった。


「その女性も、お前みたく怒ると

 手の付けようがない気質だったとか」


ビャッコはあーおそろしや、と言い火に

油を注ぐも一転、ふと穏やかな目つきで

カズラとハクアを交互に見つめ、再び

満足げに微笑んだ。


「単なる言い伝えに過ぎぬと思い、

 深く考えたことはなかったが……。


 その女性は兄弟と仲睦まじく過ごす

 幼馴染でありながら、やがて彼らの元を

 去ったという。だがその後兄弟はその女性を

 探し、兄弟の子孫は女性の子孫を探し続けた。


 彼女が、自分の子孫には自身と同じ花の名を

 付け続けたい、と語った手掛かりを頼りに。


 そう、彼女こそ花の名を持つ乙女と呼ばれた

 人物であり、我等が嫁取りの際は花の名を

 持つ女子を、と伝えられるきっかけとなった

 人物である。今回、君の血を使う話を聞いて

 もしやと思ったが、間違いなく。


 彼女はカズラ、君の祖先だろう」


「……!!」


カズラは口に手を当て、ただ驚いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ