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風雲の場所  作者: yunika
第一章
6/79

六.知の勝負

道場では、ハクアと道場破りジュラによる

知の勝負が行われていた。

しかし、先程までの緊張した空気は一変、

場は随分とくだけたものになっていた。


「ここに木刀があるが、なんと解く」


仕切っているのはカズラだ。

どういういきさつか、勝負はなぞとき問答に

なっていた。

両者がいっぺんに手を挙げる。

だがジュラの方が少し早かったようだ。


「木刀とかけて、蕎麦の一味と解く」

「そのこころは?」

「どちらも一振りあると良いでしょう!」


思わずハクアが答えてしまった。

ジュラはもどかしそうな様子でハクアに詰め

寄る。


「なぜお前が答えるのだ」

「悪い、つい」

「ハクア、減点一点」


カズラが壁に貼りつけた半紙に記録をとる。


先程からお互いにこの調子であった。

道場の中には多くの観衆が入って来ており、

彼らを取り囲んで見物している。中には

二人のやりとりや答弁に

吹き出す者もいた。


テンジャクやミードはその最前列でハクアを

見守っている。


「おい、これこのままでいいのか?」


ミードはじれったいように眉間に皺を

寄せている。対してテンジャクはじっと

考え込んでいた。


「ねえ、ミードさん。私にももう少しよく

 見せて」


ミードのすぐ後ろで、ハクアと同じ歳の頃

だろうか。ミードやテンジャクよりも背の

少し低い、金に近い茶色ーー、亜麻色の髪を

肩に流した少女がちょこんと勝負を覗いて

いた。


「おう、エラ、俺の前に来いよ」


ミードはそう言うとエラの腕をぐいっと

引き寄せて自身の前に移動させた。


「見やすくなったかよ」

「ええ。ありがとう」


エラと呼ばれた少女は嬉しそうに笑顔を

こぼした。


「あれがハクア様? 私と同じ位の歳の子

 なのね」


エラはきらきらとした目で二人の勝負に目を

配っていた。


「おい、こんなふざけた勝負のままにしてて

 いいのか?」


苛立ちが限界に来たのか、ミードが再び問い

かける。


「そうだな」


テンジャクはそう言うなり、手を挙げて

声を張り上げた。


「カズラ様、このままでは埒があきません。

 勝負の内容を変えられてはいかが

 でしょうか」


カズラの顔には少しばかり疲労の色が伺える。


勝負はおふざけの方向に行きつつあるが、

ここで負ければ最初に交わした約束の通り

道場の掛軸は外されてしまう。


そして、それを手にこの男はきっと吹聴して

回るのだろう、ニレ道場は権威をなくしたの

だと。

そうひしひしと感じながら、この瀬戸際を

主人不在で取り仕切らねばならないカズラの

重圧はずいぶんと大きかった。

このときのカズラは藁にもすがりたい思いで

一杯であったのだろうが、子ども相手に

そんな弱さは見せられまい。


彼女は一呼吸起き、声に威厳を保ちつつ

テンジャクの意見に耳を傾けた。


「では、いかがしましょう」

「こんなのはどうでしょう」


テンジャクは人さし指をピンと立てて

カズラに提案を述べた。


「単語をどちらが多く書けるか勝負するの

 です」

「……知っている単語をただ並べるということ

 ですか、テンジャク」


首を横に振り、テンジャクは続ける。


「いいえ、両者が互いに一文字ずつ、

 頭文字となる字を出し合い、その字から

 始まる言葉を制限時間内にいくつ書けるか

 で競うのです」


ミードが耳打ちする。


「もっと、ハクアに有利な勝負にした方が

 良くないか? ほら、このあいだ師匠に

 教えてもらった推理問題とか」


「いや、それは公平さに欠けるだろう。

 大丈夫さ。ハクアなら」


テンジャクは小声で、だがミードの小知恵を

きっぱりと否定した。ミードは口を尖らせ、

少しばかり不貞腐れたような顔をする。


「……では、彼の提案どおりに、単語勝負と

 する。双方、相違はないか」


ハクアとジュラは勢い良く頷いた。


ーー十数分後。

単語勝負は、テンジャクの期待通りハクアの

勝ちだった。

喜びに湧く道場の一味であったが、勝負の

最中、彼らは少し驚いていた。

野生的に見える野獣男、ジュラが意外と

難しい単語ーー、それもハクアが知らず、

カズラが調べてやっと理解できるような

言葉を知っていたことだった。


「ではこの勝負、武の勝負、知の勝負の結果

 をもって双方引き分けとする」


カズラが声高く宣言した。結果に安堵した

のだろう。彼女の口許には僅かな緩みが

伺えた。


「引き分けのときはどうするんだ?」


ハクアはジュラに問うた。

ジュラは静かにかぶりを振る。


「考えておらなんだ。痛み分け、という

 ことでよかろう」


そのとき、道場の入り口からある人物が

血相を変えてこちらにやってきた。

ハクアの父であり道場主のビャッコだ。


「主不在中に、道場破りとは何事だ!」


そのままズカズカとハクアたちの方まで

すすんでくる。そして擦り傷だらけの

ハクアを見るなり、彼は顔が真っ赤になる

程激昂し、雄叫びをあげながらジュラ

めがけて突進して行った。

 

数秒のうちに、ジュラはビャッコによって

叩き伏せられ床にのびてしまった。


慌ててハクアは父にことの顛末を説明する。


「なに? 引き分けになったのか。

 よく頑張ったな、ハクア。

 ようし、皆の者、祝勝会だ! 

 よし、お前も来い!」


そう言ってビャッコはのびたままのジュラの

襟首を掴み、その体をズルズルと引きずる。


さらには唖然とした周囲の空気を豪快に

笑い飛ばしながら、道場の外へと向かって

行った。


「ハクア、よくやったな!」


「すごかったよ、大人の男を投げ飛ばし

 たりしてさ」


ミードとテンジャクがハクアの元に

駆け寄り、口々に言う。


「そんなことはないよ。あいつ、強いし、

 それに難しい言葉知ってるんだもん。

 正直、勝てる気がしなかったよ」


そしてふと、ミードの後ろで恥ずかしそうに

俯向く少女の姿に気づいた。


「ミード、この子は?」


ミードは後ろに少女が付いていていることに

気がついていなかったらしく、きょろりと

背中を振り返る。


「ん?ああ……この子はエラだ。俺の親父が

 贔屓にしている、隣国の芸術家の子だよ。

 今こっちに観光に来ていて、うちに

 泊まっているんだ。

 歳はハクアの一つ下だったかな」


エラは前に進み出てふわりとスカートの

裾を持ち上げ、片方の爪先を後ろにつき

丁寧にお辞儀をした。


「こんにちは。エラです。

 あなたがハクア様ね?

 すごく立派な勝負だったわ」


ハクアは、彼女の持つ華やかな雰囲気に驚き、

また透き通るような肌の白さに目を奪われた。


ハクアは妹分のキキョウを始め、道場に通う

どちらかといえば男勝りといえる女子としか

接したことがない。

エラはまさにハクアが知り合ったことのない

タイプの少女であった。


「ははは、ハクア、耳まで真っ赤だぜ」


ハクアが固まっている理由を察したのか否か

ミードがからかう。


「そ、そんなことはない!

 えーっと、エラだね。

 僕に『様』はいらないよ。

 えっと……」


何か言いたいのだが、ハクアは言葉を

上手く思い付けない。


テンジャクが場をつなげる。


「ほら、外で皆が宴の準備をしているよ。

 僕達も行こう」

「エラも来いよ」


ミードが促す。

ややあってハクアはようやく言葉を紡いだ。


「この後、たくさんの人でご飯を食べたり、

 飲み物を飲んだり、踊ったりするんだ。

 僕は苦手だから踊らないけど。

 君も来ない?」


エラは目を細めて微笑んだ。

ハクアはその表情を見て、自分の鼓動が少し

早くなるのを感じた。


「とても楽しそう。パパとママに聞いてみて

 良かったらまた来るわね」


そう言ってエラは淡い花柄のスカートを

ひらりと揺らして翻ると、道場の外へと

軽やかに走って行ってしまった。


エラの走り去った方を呆けて見つめる

ハクアの腕に、どん、とミードの肘が入る。


「おまえ、あーいうのが好みなのかよ。

 俺からしたら純朴な田舎娘だぜ」

「ち、違うよ。好みとかそんなんじゃない。

 エラとは友達になっただけだ」


ハクアは、自身がしどろもどろになる理由が

何であるのかさっぱりわかっていなかった。

しかしテンジャクとミードはさもお見通しで

あるかのように、クスリと笑うのであった。

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