表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風雲の場所  作者: yunika
第二章
56/79

七.トップシークレット

学院内の地図を把握しているシュウに女史の

研究室の位置を教えて貰い、春陽が落陽へと

変わる頃、ハクアは一人その場所に来た。


しんと静まり返った廊下からも常に日陰で

きんと冷えた扉越しの室内からも

物音や人の気配は感じない。


そしてドアをノックしてみたものの

中から返事はなかった。


ハクアは思いきって扉のドアノブに

手をかけることにした。


――――鍵はかかっていない。


「失礼します」


少し期待したものの、だが案の定、

部屋の中には誰もいなかった。


整理された棚、沢山の書物。

ブラインドカーテンが施された窓の傍には

机と椅子が置かれており、そこに女史の物と

思わしき白衣がさらりと掛けられていた。


来るタイミングが悪かったかなと、

ハクアが引き返そうとした、そのとき。


「こっち、こっちです」


ヴィヴィアンと思しき声がどこからか

聞こえてきた。ハクアは辺りを見渡すが、

声の主の姿は見当たらない。


「ヴィヴィアン教授ですか?

 どこですか?」


「こっち。棚の方です」


ハクアが棚がある壁の方を見やると

所狭しと本が詰まったトロフィーと

賞状が飾られた棚との間の隙間から

何と白く細い手がにょきりと生え、

それがハクアに向かって手招きしていた。


ハクアは何のホラーだとばかりに

飛び上がりそうになったが、

ヴィヴィアンの手であることは

すぐに予想できたので落着きを取り戻し

そちらに向かって行った。


二つの棚の間には床にレーンが施されている。

どうやら片側がスライドする仕組みらしい。


「隠し扉ですか」


仕組みに感心しながらハクアは尋ねた。


棚の間から姿を現したヴィヴィアンは

その質問にくすりと微笑んだ。


「最初は普通のドア続きだったんですがね。


 何やら研究を覗こうとする輩がいたので

 ドアが歪んで開かなくなったからという

 偽の理由を建前に、秘密裏に改造を施して

 このラボは閉鎖した様に見せています。


 ですから普段は違うラボを利用するフリ、

 をしています」


「そうなんですか……。

 アンスル助手、いや、アンスルは

 このことを知っているんですか?」


アンスルはかつてヴィヴィアンの助手で

あったが、彼女を裏切っていた。

そして武人国家『滝の一族』の為に人体改造

エキスを開発し、その地で爵位を得たという。


「いいえ。私を探ろうとしている気配は

 彼が姿をくらました後から感じ始めました。


 ここで話すのもなんですから、中へどうぞ」


そう言ってハクアが招かれた先には、

さらにガラス張りの部屋が設けられていた。


「ここから先がラボです。

 余計なものが入ってはいけませんから

 手袋とマスク、帽子をしてくださいね」


そう言って自分の分とハクアの分を脇にある

ロッカーから取り出し、やや小ぶりなサイズを

ハクアに手渡した。

ハクアは身に着けようとするも、やや戸惑い、


「……手伝ってほしいことって、なんですか?

 僕は授業態度をもっと改めるべきしょうか」


と、今日彼がここにやってくる理由となった

「私語が多かった罰」のことを尋ねてみた。


するとヴィヴィアンは再びくすりと笑い


「あら、貴方は胆の据わった子だと思って

 いましたが意外と気にするのですね。


 ただのデートの口実ですよ」


「でっ、でーと……」


この学院内にはヴィヴィアンファンの

男子生徒が何人、いや何十人いるだろうか。

おそらくシュウもその一員だろう。


――――このことは決して口外すべきではない。


ハクアの秘密ランキングにおけるこの件は、

テンジャクを王にする計画よりも突出して

すぐさまナンバーワンとなった。


「見せたいものがあるのです。

 さあ、中へ」


うきうきと準備を済ませたハクアが進んだ

ラボの中には見慣れぬ機械やら、ハクアが

知っている形と少し違う――――、おそらく

特注品と思われる顕微鏡が数台並んでいた。


「こちらに」


ヴィヴィアンに先導されるまま機械の群れを

通り抜け、やがてちょうど人が一人二人

入れる位の、ドア付きのボックスの前まで

やって来るとそこでようやく立ち止まった。


――――病院のレントゲン検査所みたい。


ハクアはひそかに感想を述べた。


「どうぞ前へ。

 ドアを開けて中を覗いてください」


ハクアが中を恐る恐る覗くと、そこには

薄暗い空間の中に先程並んでいた顕微鏡と

同じ物が一台。さらにはコポコポと小さく

気泡を生む、美しい青色をした液体が

ビーカーの中に収められていた。


「これは……?」


「ラニッジ鉱山から貴方が摘出してきた

 毒泉の残りです。そこからさらにアンスルと

 滝の一族が狙っていた古代のバクテリア

『イルミナージュ・スティック』を取り出し、

 培養している最中です」


「!? なんでそんなことを!?」


ハクアは驚いて女史を振り返った。

ヴィヴィアンはハクアの反応が予想の

範囲内であったらしく、ハクアの目を見て

こくりと頷くと静かな声で説明を始めた。


「単なる興味や、悪用しようと思ったわけ

 ではないのです。


 ただ鉱山が泉ごと爆破されてしまった今

 貴重なサンプルの保管は必要でしたし

 アンスルの開発した人体改造エキスで

 今後滝の一族、とりわけサルバト卿が

 どう出てくるか分からない以上、

 私もこのバクテリアの応用手段を

 得ておくべきだと思ったからです」


「……そうですか」


ハクアは何とも言えない気持ちで俯いた。

ヴィヴィアンは納得のいかない様子の

ハクアに静かに語りかけた。


「……滝の一族は二つの派閥が対立しています。

 アンスルの属する現当主サルバト卿派と

 その義兄レッド伯爵派。

 

 現在の状況はご存知ですか」


「睨み合いが続いているようですね。

 まだ目立った動きはないみたいだと

 父が言っていました」


「ですが、それもいつかは崩れるでしょう。


 そしてその時、アンスルの研究した秘薬の

 効果を目に、耳にすることになるのでしょう」


「そして対立が表面化したとき、我が国

 ジオリブ政府はレッド伯爵側を支援すると

 予想されます」


「!? どうしてですか?」


ヴィヴィアンは淡々と説明を続けた。


「まだ噂に過ぎません。

 ですがサルバト卿の計画のせいで国の

 主要な鉱山が爆破されたのです。


 まあ、それ以前に毒があったので閉山は

 確定でしたが。それでも所有主コノクロを

 始め、支援者達は大損してサルバト卿に

 お怒りだとか。


 ただその流れでレッド伯爵側を支援すると

 なった場合、この国もサルバト公爵側の

 攻撃を多かれ少なかれ受けることに

 なるでしょう」


ハクアは腕を組んで思案した。

そしてヴィヴィアンが細菌研究を行っている

ことの理由に徐々に納得し始めた。


「そうなると、アンスルの開発したエキスで

 強くなった猛者達が脅威になる……。

 だから対抗措置を研究しようと思ったって

 ことですか」


「対抗措置……

 そう上手く行けばよいのですが

 アンスルはああ見えて自由な発想を

 する男でして、それに比べて私は……」


どうやらアンスルに出し抜かれたことを

気に病んでいるらしかった。

ヴィヴィアンは自信なさげに目を伏したが

ややあって顔を上げ、先程より力強い口調で


「悩んでいる暇はありませんでした。

 前に進むために貴方に来て頂いたのです。


 顕微鏡の中を見てください。

 さらに珍しいものが見えますよ」


とハクアをさらに前へと促した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ