六、野望と計画
「お見通しって?」
ハクアはきょとんとしてミードに尋ねた。
「あいつが何で、縁もゆかりもない芸術系の
高学院に転校したかわかるか?」
ミードは何を言わんとしているのだろう。
ハクアは見当がつかないままただ思いつく
理由を挙げてみた。
「ピアノやバイオリンが得意だから?
賑やかでお洒落な街にあるから?」
だがそれはすぐに却下された上、
おまけに修正まで入った。
「バイオリンじゃねぇ、ビオラだ。
まぁ、趣向は合ったんだろうが、根本的に
そういうことじゃねえんだよ。
奴が政治に関心はないって様子を周囲に、
特に敵に思わせることが大事だったんだ」
ハクアは再びうーん、と思案するも
やはり納得がいかない様子であった。
「何のために?
ミードの思惑に気づいていても
あとは本人の自由でしょ。
……あ」
そして、ようやく気付いたらしい。
ミードもそれを察してこくりと頷いた。
「気づいたからこそ、わざわざそこに
転校したんだね。ミードが将来のことを
考えてくれていたって気付いたから
無事に過ごせる方法を選んだんだ」
「そういうこった。それに国境ぎりぎりの
街ってのもポイントだな。あそこなら
何かあればすぐラキニルに逃げ込めるし
仲間達にも協力が仰ぎやすい」
「ラキニルに仲間?
そっか、テンジャクの父さんがいるのか」
「まあ、そうだな。俺の親父もいるし、
その他にも協力してくれそうな人物が
ラキニルには多いからな」
「なるほどテンジャクの安全を守る仲間か。
フラウェルの街でも、色々物騒なのかな」
「いいや、ちょっとちげえよ」
ミードはちっちっと指を動かした。
「そりゃ安全確保は大前提だが。
仲間達の目的はテンジャクを一刻も
早くこの国の王にすることだ」
「!?」
ハクアは椅子から転げ落ちそうになった。
「王だって!?
本気なの!?」
ミードは唇に人差し指を当てると
「他言無用だぞ?」
と言い、ハクアの肩を静かに叩いた。
「お前にも協力してほしいんだ。
計画には時間がかかることが山積みだが
俺達には時間があまりない。
だってもう三年生なんだぜ」
「ん? どういうこと?」
再びハクアはぽかんとしていた。
「四年生から実務訓練が始まるんだよ」
ミードの言う、四年生になったら始まる
実務訓練とは。
「四年生になったら月の半分程度、
就きたい職場で実際に働き始めるのさ。
いわゆる職場見習いってやつだ。
この国の高学院ならどこでも採用している
方式だぜ。入学前に聞かなかったか?」
もちろん、入学前に説明は受けていたし
内容を把握していた。
だがハクアの疑問はそこではない。
「四年生から卒業まで見習いするんだろ?
だけどなんで時間がないって言うんだ?」
「俺はラキニルの親父の仕事を手伝おうと
思ってる。だから週の半分はラキニル国と
ジオリブ国を行ったり来たりしながら
テンジャクの後押しをすることになる。
だが親父達をはめた連中、つまり現政府の
監視があるだろうからそう目立ったことは
できねえし、じっくり時間をかけて
計画を進めねえと」
「そっか……。
それで、具体的に何をする気なの?
何か考えてあるんでしょ?」
策略家のミードのことだ。まずいと思わせて
おいてもきっと先回りしているに違いない。
ミードもハクアのその考えを読んでいたのか
得意気ににやりと笑った。
授業が始まってから数日が経った。
木製の壁で囲まれた講義室の教壇では
ハクアの見知った顔が教鞭をとっていた。
コノクロ有する鉱山における毒物騒ぎで一役
担った人物であり、生物分野の教授でもある
ヴィヴィアン女史だ。
彼女の妹はハクアの父ビャッコと交流のある
政府高官であり、姉妹揃ってハクアの高学院
入学における推薦状を書いてくれた恩人でも
あり、今や家族で懇意にしている仲であった。
だがヴィヴィアンは授業中はハクアにも、
またその美貌に色めき立つ男子生徒達にも
一切目をくれず淡々と講義を進めている。
「はあー。
ヴィヴィアン教授めっちゃ別嬪やな。
かなり年上やけど」
ハクアの隣でシュウがため息をついた。
「……ではここは試験に出しますから
よく復習しておくように。……っ!
へっくち!」
ふいにヴィヴィアンがくしゃみをした。
ただの小さなくしゃみであったのだか
どういう訳か生徒達はどよめきだした。
「何、今の? くしゃみ?」
「やべえ可愛い」
「今日はもう何も手につかなくていい」
そしてハクアとシュウも。
「……、何をよく復習するんだっけ」
「さあな。忘れたわ。
くしゃみの破壊力やばいで」
唖然とヴィヴィアンを見つめていた
そのとき。
「ふふ。ここだよ」
シュウの隣に座っていた男子生徒が
メモを取ったノートを見せてくれた。
「おー! ありがとうやで!」
「助かるよ。君も一年生?」
「うん。ロゼナの近くから来たんだ。
俺はワット。君、ハクア君だろ?
有名だから知っているよ。よろしくね」
畳み掛けるようにそう話すワットという名の
少年はにこりと笑うと再び講義に耳を傾けた。
授業後。男子生徒達の意味のない質問攻撃を
教壇で受けるヴィヴィアンを横目にしながら
ハクア達は教室を後にしようとした。だが、
「ハクア・ニレ君。
放課後、私の研究室に来なさい。
授業中に私語が多いように思いましたので
罰として手伝って頂きたいことがあります」
と呼びかけられたのだ。それは他でもない
ヴィヴィアンからであった。
「……? はい。わかりました」
「お前、そんなにしゃべってたか?
ていうか、罰どころかご褒美やん」
えーなー、えーなあー、と連呼するシュウを
宥めながら、ハクアは妙な胸騒ぎを感じて
いたのであった。




