五.策の理由
こじんまりとした木製テーブルを挟んで
ミードとハクアが向かい合い座っていた。
飲み物は出ていなかった。
「で? テンジャクを騙した理由って?」
ハクアはわざと冷たく言い放ったがミードは
ハクアが自分を部屋に招き入れたことに
安堵したのか、随分と落ち着き払っていた。
「実は……。何から話そうかな。
単刀直入に言うとだな」
「単刀直入に言うと?」
もったいぶる様に話すミードを
ハクアは苛立ち気に促した。
「単刀直入に言うと、あいつは学園の奴らに
追放されかけてたから俺が阻止したんだよ」
「?」
彼を追放したのはミード、君じゃないか、
とハクアは唖然とする。
だがミードはそんなハクアの様子に
気を止めるつもりはないようだ。
「ていうか、なんか飲み物くれよ」
ハクアには今は飲み込めぬ内容であろうとも、
ミードはこの言葉をずっと言いたくて、
だが言えずにいたらしい。
秘密を吐き出した彼の喉はカラカラであった。
「ああ。ごめん」
と、ハクアは椅子から立ち上がり
冷蔵庫へと向かった。
だがシュウと共同で使っている部屋に
備え付けてある冷蔵庫の中には何もなかった。
辺りを見渡すと、紅茶の箱が目にとまった。
以前毒舌な政府高官、リオネル女史に彼が
手ずから淹れた紅茶を「薄くてアレな味」
と批評されたことを思い出したのだが
だからと言って他に飲み物は水くらいだ。
ここはリベンジだとばかりに、その箱を
取ったハクアであった。
ミードの前に紅茶を注いだマグカップを
ハクアはコトリと置く。
「はい、紅茶だよ。
砂糖とミルクはないけど」
「んー?」
ミードはマグカップの中を見るなり
怪訝な顔をした。
「紅茶? コーヒーじゃねえのか、これ」
「……」
出し過ぎな様であった。
だがミードはひと口含むなり
「見た目はともかく、味はまぁ、許せる。
……ちと濃いけどな」
と評価した。
「さて、話の続きをしようか」
ミードはマグカップをトン、とテーブルに
置くと
「ここで確認。テンジャクって何者だ?」
と問うた。
こんなとき、いつもの二人の空気であれば
「髪トリートメントしすぎな人」とか何とか
茶化しただろう。だが今はそんなことをする
雰囲気ではない。
「真面目にやれよ?」
ミードはきっとハクアを見据えた。
当然でしょ、とハクアも眉間に皺を寄せ
「王家の血筋の人間だね」
とミードが求める答えを返した。
「ああ、そうだ」
テンジャクは今こそ立場が隅に追いやられて
いるものの、れっきとした王家の人間だ。
そもそも彼の父親は王位継承順位が
現国王よりも優位であったのだから。
「だが、あいつの父親に王位継承権は
ないに等しい。何故かわかるか?
国外に追放されているからだ。
じゃあ、テンジャク自身はどうか知ってるか?」
「もしかして……」
ハクアがはっと目を見開く様子に
ミードはニヤリと笑った。
まるで勝ち誇っているかの様に。
「そう。その、もしかして、だ。
父親は国外に追放されたってだけで
王族離脱はしていない。
だが国外にいる以上、継承権はないに
等しい。
だがな、未だ国内に留まるテンジャク
自身は、だ。
俺、法律の分厚い本見て確かめたんだぜ!
そう、奴には継承権があるんだよ!」
「てことは、テンジャクは王になれる
資格があるのか。
考えたこともなかったよ」
これにはハクアもいささか驚いていた。
テンジャクが身近で気さくな間柄である為、
彼が王族であることを普段から意識して
いなかったからかもしれない。
「だろ!?
俺もびっくりだ」
ミードは興奮気味に語気を強めて話していた。
そして、それは決して悪い言い方ではなさそう
だった。ハクアにはそう語る彼の目が希望に
キラキラと輝いているように見えたからだ。
そんなミードの様子につられ、なんだか
ハクアもワクワクし始めていた。
そしてこの時点でハクアは気づいていた。
ミードは決してテンジャクを疎んじて
騙したわけじゃないのだろう、と。
だが、それでも疑問はまだ残るし
話はこれで終わる訳にはいかない。
ハクアは冷静さを取り戻しつつ尋ねた。
「だけど、それとテンジャクの転校と
どう関わりがあるの?」
ミードはそうだな、と呟くと再び紅茶を口に。
そして先程とは随分うって変わった
落ち着き払った口調で語り始めた。
「テンジャク本人に王族のその意識が
あってもなくても、学院に入ってからの
奴は周りから注目されまくりだった。
王位継承権の噂を聞いたのもそこからだ。
それを聞いて奴に期待する人間もいれば、
さらには蹴落とそうとする人間だっている。
現政権に取り入りたい連中がこの学院には
ごろごろいやがるからな。
テンジャクもそういった空気みたいなもんに
気付いていたが、あんまり気にしてなかった。
だけど俺は知ったんだ。
知った以上、どうにかしないといけないと
思ったんだ。
奴を、テンジャクを学院からだけでなく
国から追放しようって考えている奴らが
学院にいたんだよ」
「誰なの、それは」
ハクアも静かに尋ねた。
「俺と同級生で、入学した時からテンジャクに
目を付けては何かと難癖をつけやがる奴さ。
現国王の姪で、女帝って呼ばれてる」
「女帝……。
すごいな」
元より母カズラやリオネル女史などを相手に
女難に女難を重ねて辟易としていたハクアは
臨場感をひしと感じて呆気にとられた。
「名前はシルヴァ。嫌な女だぜ。
国外に追放、なんてなる前に俺は奴から
テンジャクを遠ざけたかったんだ」
「だからわざとテンジャクを退学に
追い込むようなことをしたのか。
さっさと学院を離れろ、と」
なるほどね、とミードの行動の理由の解が
出たことに安堵したハクアであった。
が、腕組みしつつ肝心なことを切り出した。
「だけどそれ、テンジャク本人は
承知だったわけ?」
「さっきも言ったが、テンジャクは王家の
血筋ってだけで勝手に期待されたり
疎まれたりする。
テンジャクはそんなことは気にせず
この学院に居たかったらしいが、いくら
転校を薦めても頑として受入れなかった。
だけどのんびりしすぎたよ、あいつは。
もし因縁つけられて国外に追放、なんて
ことになったら話は違ってくるのに。
今はいいかもしれないが、もし奴が王に
なりたいと思ったとき、なれやしないのに。
ちょっと強引だったかもしれねえが
俺はこうするしかなかったと思ってる。
それにな、あいつはきっと俺の考えなんぞ
きっとお見通しだったんだろうなって
今は思うんだ」
そう言うとミードはふっ、と笑みをもらし、
ハクアは不思議そうに首を傾げるのだった。




