四.冷たい視線
ハクアは食堂で一人首を傾げる。
「うーん、さっきの女子生徒、
どこかで見たような」
ジーンもつられてきょとんとする。
「カウンターの子?」
「いいや、キッチンの方」
三人がキッチンを振り返ると、先ほど調理を
担当していた女子生徒と視線がかち合った。
向こうはいかにも『ばか』と言いたげな
視線であった。
「うわ……、めっちゃ睨んでるで」
「やっぱ何かしたんじゃないの? ハクア」
シュウとジーンは口々に心配し始める。
ハクアは彼女をどこで見たのか必死で
思い出そうとし、やがて。
「!! 思い出した!」
ハクアはそう叫び、席から立ち上がるなり
つかつかとキッチンの方につかつかと歩んだ。
ジーンとシュウも後を追う。
ハクアはキッチンで忙しそうに鍋を振るう
女子生徒の前までやってくると声を掛けた。
「君、鉱山で親方をやっていたメリザさんの
娘だよね? 名前は、えーっと、ティモザ」
言い終わるやいなや女子生徒は手にした
お玉で鍋をガン!と思いきり打った。
ハクアがびくりと肩を竦めたのをギロリと
横目で見、そして、
「ティモナ、よ。ティモザじゃない」
とぼそりと呟いた。
「そうそう、ティモナだ!
料理人になりたいって頑張ってたもんね。
ここの生徒だったのか」
「……今年から二年生よ」
「へー。ところで『ばか』ってなんで?」
ハクアは慌ただしく鍋を回すティモナに
お構いなしで話しかけ続けた。
「……あんた、ばかだもん。
わざわざ、コノクロの息がかかった学院に
行くなんて」
「なんだ、心配してくれたのか。
大丈夫だよ。大臣は理事を辞めたから。
息子は在学してるけど、まぁ何とかなるさ」
そう言ってハクアはにこりと笑顔を
ティモナに向けた。
だが能天気な様子が気に触ったのか
再びティモナはあたかも機嫌悪そうに
鍋を荒々しく振り始めた。
「ていうか、忙しいから向こう
行ってくれない?」
「……はい」
「だけどその前に」
「ん?」
「あんたの好きな食べ物、何?」
「えっ……、もしや」
その一言を聞くなり、ハクアはすぐさま
希望に溢れた話の展開を予想した。
もしや自分の好きなメニューを作って
くれるのか、と期待感に目を輝かせ、
何と答えるか真剣に考え始めたのだが。
「言っておくけど、私作らないからね!」
ティモナが何故かまた怒り出したので
ハクアはとりあえず、
「あ、はい。
好きな食べ物はグラタンです。
マカロニが入ったやつが好きです」
と素直に言い残し、ティモナに怯える様に
そそくさとその場を後にした。
「なんだか、今日は災難やな」
シュウは席に着くなり、再びオムライスを
口に運び始めた。
ハクアもスプーンですくい、一口頬張る。
上に書いてある字はともかく、ティモナの
作ったオムライスは絶品であった。
そして午後。三人は各々の寮へと帰った。
ジーンは歩いて五分ほどの女子寮へ、
ハクアとシュウはそこからさらに歩いて
男子寮へと戻った。
この男子寮は五階建ての洋館である。
二人部屋が十五部屋。こじんまりとした
広さだが、二人で住むには十分だ。
この近辺は首都スイレンの中心地とあって
高学院が立ち並んでおり、それに合わせて
寮も充実していた。
ハクアとシュウの寮にも、様々な学院の
生徒が入り混じって暮らしている様だが
まだあまり関わりはない。
二人は制服から着替えるなり、
お互いの授業の計画表を見比べた。
「あんまりかぶってないね」
スカイジオ高学院の授業は文理混合で幅広く、
数がとても多い為一人で計画を練るのは
大仕事らしい。大体の生徒は親の意向と
本人の意向を照らし合わせて学院側と
話し合いモデルコースを決め、
それに沿って授業を選択していく。
そしてそこに空いた授業時間があれば
本人が興味のある授業を2、3個
取り入れる形が主流となっていた。
ハクアには、夢見る軍人将校に向けた
コースとして軍事学を始め、基礎知識として
政治学や法学、経済学などが詰め込まれた。
その授業の合間にハクアが己で選んだものは、
かのヴィヴィアン女史が教鞭を取る生物学と、
地理学。河川工事に携わり、もう少し深く知って
みたいと思ったハクアの選択である。
「生物学は一緒やな」
ヴィヴィアン女史の授業はどういうわけか
男子生徒から人気があり、ハクアとシュウ
二人とも選択していた。
「シュウも軍事関連の、結構多いね」
「筋トレしよ思てやな……。これやとモテへんし」
そう言ってシュウはシャツをまくると
真っ白でひょろっとした二の腕が現れた。
「そらあかんわな……」
ハクアが納得顔をしているとそのとき、
部屋をノックする音が聞こえてきた。
ハクアががちゃりとドアを開けるとそこには
予想していなかった懐かしい姿があった。
「ミード!」
「よう、ハクア。久しぶりだな」
そこに居たのはハクアの幼馴染で兄貴分の
ミードであった。三年生となっていた彼の
頭は相変わらずたわし頭であったが、
背丈はずいぶんと伸びた様で少年らしさから
青年らしさが漂うようになっていた。
「ハクア、入学おめでとうな」
久しぶりにまともに会えた嬉しさから
ハクアは思わず顔を綻ばせかけたが、
そうするのを咄嗟にやめた。
「ありがと。
ねぇ、テンジャクって今どうしているの?」
ミードがかつてコノクロ卿を罵倒したことで
名誉棄損となって退学させられそうになった折、
テンジャクはミードを庇いスカイジオ高学院を
離れることとなった。
だがミードはハクアに打ち明けた。
テンジャクの行動を計算済みでわざと騒ぐ
真似をしたのだと。
ハクアは次にミードに会ったら、どうして
テンジャクを騙すような真似するんだと
いかに責め立ててやろうと考えたことも
あったが、いざ時間を置いて彼を目の前にすると
そう出来ない自分がいることに気付いた。
だが、真相を確かめない訳にはいかない、と
テンジャクの話題をしょっぱなからミードに
突きつけることにしたのであった。
ハクアは、テンジャクの様子は手紙のやり取りで
知っていたし、転学した先の、フラウェルの街の
高学院生活をかなり楽しんでいる様子だった。
しばしの沈黙ののち、やがてミードはハクアの
質問に、ああ、と何でもないように頷いた。
「元気だって、手紙が来たぜ。
今度フラウェルに遊びに来いって」
同じ内容がハクア宛ての手紙にも書いてあった。
返事をせず、やや厳しい目で見つめるハクアに
ミードは続けた。
「テンジャクのお袋さんも、
フラウェルに移り住んだらしいな」
――――それも知っている。
話したいのはそんな事じゃない。
ハクアは頭の中で呟いた。
頑とした態度にミードは観念した様子で
頭をわしわしと掻いた。
「ハクア。今、時間あるか?」
「いいよ。話すことがあるもんね」
ハクアはわざとらしくも冷たい声で返事をした。
ミードはそれを察したのか気まずそうに俯き、
「あのとき俺がなんでコノクロの前で
騒いだのか、ちゃんと理由を話すよ」
ハクアはしかとミードの目を見て、
そして部屋にいるシュウに振り返った。
「悪いけど、ちょっと外してくれる?
後でなんか甘いもの買っておくから」
「ええで。俺、図書館に行ってくるわ」
シュウはただならぬ雰囲気を察したのか、
てきぱきと筆記用具を鞄に詰め込み、
そそくさと部屋を後にした。
「おおきに」
妙なイントネーションのこの言葉は
とある地方に伝わる民の言葉らしい。
シュウはその民の末裔なのだとか。
ハクアも慣れ親しんできたこの頃、
その言葉がいくらか気を楽にしてくれた。
そうしてシュウと入れ替わりにミードが部屋に
入り、部屋の扉が静かに閉じられたのであった。




