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風雲の場所  作者: yunika
第二章
51/79

二.賑やかな出会い

三人と一人の鬼ごっこが始まってから

どのくらい経ったろうか。

アロー一味は随分としつこかった。


学院に来たばかりで建物の内部構造を

殆ど知らないハクアに対し、上級生の

アロー達は当然のように熟知していた。


だがハクアも負けず嫌いの血からか、または

恐怖からかそれとも立てた誓いへの執念か。


行く先々の曲がり角で一味に待ち伏せされ、

捕まりそうになる度に彼は罠をすり抜け、

一味の手をかわしながら走り続けてきた。


「あいつ、しぶといな。作戦を変更だ。

 行き止まりへと誘導しろ」


「はい!」


作戦変更を告げたリーダーのアロー。

了承した子分二名は早速作戦を展開し始めた。


先程と同様、ハクアの行く先々で待ち伏せし

彼の腕を掴もうとする手下達。

ハクアの曲がろうとした角で通せんぼする

ように立ち往生しており、ハクアは別の道に

向かわざるを得なかった。


だが、二、三度そのパターンを経たとき、

ハクアはふと気付いた。

彼らが自分を捕まえようとする動きに

本気度が感じられないことを。


捕まえてやる、との威勢良い掛け声と動き。

さらには捕まえ損ねてハクアが別の道へ

走り出したときの悔しげな表情すら全てが

演技臭いと。そしてハクアは勘付いた。


――――奴ら、どこかに誘導する気だ。


そしてそこは、恐らく行き止まりだろうと。


そのときハクアの前方には真っ直ぐに伸びる

廊下と、途中に曲がり角が一つ。

後方からはゆっくりと余裕を感じる足音が、

彼が曲がってきた先の階段から二つ。

おそらくアローと手下一名のものだろう。


ということはあの曲がり角に残る一名の

手下が通せんぼしており、それを避けて

進むであろうこの先が行き止まりなのだろう。


――――ここまでか。


ハクアが気づくのが遅かった、と頭を

抱え込んだそのとき。


「ハクア、こっちこっち」


どこからかハクアを呼ぶ小さな声が聞こえた。

ハクアはきょろりとあたりを見渡したが

人影は見えない。

ハクアが首を傾げていると、控えめな、

だが焦るような呼び声が再び聞こえた。


「上だよ、上!」


不思議に思いながらもハクアが頭上を仰ぎ

見ると、そこには思いがけない光景が。


どういう訳かハクアの目と鼻の先に箒の

先端が迫ってきていたのだ。


ハクアは思わず後ろに飛び退いた。

だが落ち着いて箒の上へと視線を辿って

行った先の天井には蓋の開いた通気孔が。


さらにそこからは知った顔が姿を覗かせ、

必死に箒を下へ下へと伸ばしていた。


「シュウ!」


ハクアの同じく新入生であり、寮で同室の

少年である。シュウは腕を目一杯伸ばし、

ハクアを妙なアクセントで急かした。


「早く! 奴らが来るで!」


「でも君一人で引っ張り上げられる?」


ハクアはそんな救援に対して怪訝な顔をして

尋ねた。シュウは学者志望で勤勉だが、

腕力に関しては非力そのものであったからだ。


「大丈夫。あたしもいるから」


新たな声が通気孔から聞こえた。


シュウの隣から顔を覗かせたのは

自信ありげに笑みを浮かべる一人の少女。


「ジーンか! なら、安心だね」


ジーンと呼ばれた少女はふん、と得意げに

鼻を鳴らす。ハクアと同じく軍人志望であり

筋力には相当な自信があるらしい。


ジーンとシュウはハクアが箒を掴んだのを

確認し、力を込めて一気に引っ張り上げた。


ハクアのつま先が天井に隠れ、シュウが

通気孔の蓋を閉じたのとほぼ同時に、

アローたちが彼らの真下にやってきた。


「あいつ、どこ行った」


アローは左右を見渡して舌打ちした。


「おい、そっち行ったか?

 怪しい音とか無かったか?」


曲がり角にいるのであろう手下が返事をしたが、

その手下はどういう訳かひどく狼狽えていた。


「別によそ見していたわけじゃありません!

 だけど、俺宛てのラブレターが落ちてて!」


「よそ見していたんだな? 間抜けか!

 そんな奴は一か月刈り取り禁止だ!」


「そんな!」


アローの下した罰に、悲痛な手下の声が

こだましたのだった。




その頃、天井裏では。


「いやー、毎日鉄アレイぶん回している人の

 腕力は違うね。ところでラブレターって?

 ジーンが書いたの?」


「まさか。シュウよ」


「気を逸らせる為に、あいつの立ってた

 近くの通気孔から落としてやったんや。

 めちゃくちゃ感激してたで」


ジーンとシュウはくすくすと笑い合った。

ハクアも安堵のため息をついた。


「助かったよ、寮に帰ろう」


「その前に食事よ!

 あたし、おなかすいちゃった」


彼ら新入生は学院の初日が始まるより前に、

同じ寮で過ごす仲間や新入生同士はすでに

顔を合わせており、気の合う者同士の交流も

盛んに行われていた。

そこでシュウやジーンとハクアは仲良くなった

訳であるが、単に友人作りだけでなく、

高学院の情報収集も兼ねていたつもりであった。


だが上級生にコノクロの息子がいるという

話は初耳であった。

それに新入生達ならばともかく、上級生である

ミードからも聞いたことないと不思議に

思いながらたわし頭の兄貴分の姿を脳裏に

浮かべたハクアであるが、事実、二人は

一昨年の冬以来顔を合わせていなかった。


彼が親友の筈のテンジャクを唆し、高学院を

退学に追い込んださせたのではないかと

思われる告白以来である。

互いに気まずさもあったが、何よりハクアも

普段の鍛練に加え進学準備で忙しかった上、

ミードも多忙に過ごしていたらしく、

父や母の情報によると彼にとっても地元である

スイレン郊外に中々寄りつかなかったらしい。


そうしてハクアが無事ミードの後輩として

入学してからも一度も彼に会えていない

状況が続いていたが、気の合う仲間が出来た

お陰でハクアは賑やかな日を過ごしていた。


「ねえ、デリス高学院の食堂に行かない?

 美味しくて安いんだって!」


ジーンの明るい声がハクアの淀みかけた

思考をさっと照らす。天井裏の通気路を

這いながらジーンはうきうきとしていた。


「それええな。

 いっぺん行ってみたかったんや」


シュウも乗り気のようだった。


「デリス高学院って?

 ここの向かいの?」


ハクアは噂だけは耳にしたことがあるな、

と少しだけ興味を持ちつつ尋ねる。


「そうよ、料理人養成の高学院よ!

 そこの食堂は、生徒たちが空き時間を

 利用してバイトしているんだって。

 だからその日その日でメニューや味が

 違うらしいわ。人気の生徒が調理担当に

 なる日はもう行列もんだそうよ」


「へえー、学びつつ学費も稼げるのか。

 いいなそのシステム」


ハクアは感心した。


「お坊ちゃんが何言ってんのよ、

 あんた困ってないでしょ」


「どうだろう、財布の紐は母さんが

 固すぎなくらいに縛ってるから……」


一家を取り仕切る賢妻、というよりボス的な

母の顔を思い出しげんなりしかけたハクアで

あったが何はともあれ、坊主頭にならずに

済んだのだと顔を上げた。


「とにかく、アロー達のことは忘れて

 腹ごしらえだ!」


やがて行き止まりに着くとシュウは

目の前にある光差す蓋を押し開けた。


「ここから出られるで。

 学院の地図は全部覚えた」


得意げに話すシュウに対し、ジーンは

呆れたような、さらには驚くような顔を

ハクアにしてみせた。


「それもただの地図じゃなくて設計図よ、

 電気回路入りの」


「ええ! それはすごい。

 いや、流石やな」


ハクアはうんうんと頷く。

そして三人は広々とした庭園に次々と

着地したのであった。

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