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風雲の場所  作者: yunika
第一章
5/79

五.滝の一族

その日、ハクアの父ビャッコと叔父ロウガは

ジオリブ国の首都スイレンの中心街を訪れて

いた。

ここは国の権威の象徴である王宮がある他、

商業地や学問地としても栄えている。


王宮を囲む石塀の外では商いの宣伝や学問を

志す若者、また各地からの客でとても賑やか

である。


だが今二人は外の喧騒が聞こえなくなる程、

王宮の随分と奥まで歩みを進めていた。

 

まだ昼前だというのに随分と静かで薄暗い

王宮の廊下を、若い衛兵がコツコツと靴を

鳴らし歩いている。


そのすぐ後ろを、精悍な顔つきをした深紅の

短髪をしたビャッコが、勲章バッジを幾つも

付けた詰襟の軍服を身にまとい颯爽と歩く。


その隣には同じく白い軍服姿の、ビャッコと

よく似た顔つきに黒い短髪、顎に不精ひげを

生やした彼の弟ロウガが歩いていた。


脇目も振らず、談笑もせずにただ歩みを

進めるビャッコの顔をロウガは時折不安げに

ちらり、ちらりと覗き込んでいた。


長い廊下を突き当たった所の扉を、先導した

衛兵が開ける。衛兵は何も言わなかったが、

ビャッコは”御苦労”と彼を労った。


扉を進んだそこには狭い部屋があった。


床に敷かれた赤い絨毯の上には光沢のある、

重厚なウォールナットの執務机が置かれて

いる。


その奥の椅子に腰をかけていた人物がやや

あって、二人に気づいたように立ち上がる。


「ようこそ、こんな辺鄙な所へおいで

 くださいました」


そう言ったのは、赤い詰襟のスーツに身を

つつんだ女であった。その女は不敵な笑みを

浮かべ、するりと蛇のように机を横切り、

ビャッコ達の前へと進み出る。


「さて、貴方がたに探していただいている

 例の人物ですが……。

 スイレンへと近づいてきていることは

 確かのようです。辺境の街で貴金属を

 金に換えたとの情報がありました。

 さて、貴方たちは、どんな情報を手に入れ

 ました? まさか、まだ何も見つからぬと

 仰るおつもりで?」


女の挑発的なもの言いに、ビャッコは静かに

答える。


「リオネル次官。そのような有力な情報を

 集める部下がいるのなら、私達の力は

 不要のように思いますが」


リオネルと呼ばれた女は、ビャッコの言葉に

やれやれと言ったようにかぶりを振る。


「私はそういった事を言っているのでは

 ありません。こちらが危惧しているのは、

 貴方がたが何か、情報をお隠しになっては

 いないかということでございます」


リオネルは続ける。


「この問題の発端となった場所は、貴方がた

 にも縁の深い場所でございましょう? 

 しかしながら、彼らは貴方がたにそれほど

 重きを置いて見てはいないように思い

 ましてねえ」


まるで試すような、嘲笑するような眼差しで

女高官はビャッコとロウガを交互に見やる。


そして彼女は含み笑いをしながら、

さらに言葉を続けた。


「そして貴方がたもそれをお感じになって

 いるはず。だからこそ、彼らの弱みとも

 なるようなあの者を――、あの女を、

 手元に置きたかろう?」


その質問に、ビャッコは答えなかった。


この女の言い方は勘にさわるが、だからと

言ってわざわざ無視したわけではない。

 

今、彼の頭はつい数日前訪れた場所――。

幼い頃に一度だけ訪れて以来、数十年振りに

訪れたとある土地を思い出していたのだ。




今回の問題となった事の発端は今より

一年ほど前に遡る。


ジオリブ国から随分と離れた、深い森林に

覆われたある土地に、滝の一族と呼ばれる、

戦いを得意とする屈強な人々が住んでいる

山城があった。


彼らは他の国との交流を好まず、自分達を

とても気高い存在だと特別視している。


その頂点に立つのはサルバト公爵と

呼ばれている人物であった。彼はこの滝の

一族の始祖である、ある男の末裔であり、

後継者もまたサルバトの息子と決められて

いた。


そしてビャッコの率いるニレの一族もまた、

彼ら滝の一族に祖を持ち、昔々に彼らから

枝分かれした家系なのである。


滝の一族では、始祖であるとされる人物に

血縁が近いほど身分が高くなり、また

戦闘能力も他の者よりも優れる存在となる。


しかし、次期当主となるべきサルバト公爵の

長男、カール子爵は生まれながらにして

戦いや体を鍛えることよりも、花を愛で、

詩を書くことの方が好きらしかった。


しかし公爵はそんなわが息子が気に入らず、

度々二人は衝突した。


――滝の一族の戦士は十八歳の誕生日に、

通過儀礼として一族に古くより伝わる秘酒を

飲む。


しかしその秘酒は飲むものを選ぶ酒であり、

十分に鍛え上げられた肉体と精神を持った者

には滋養剤と増強剤となる。


しかし、そうでない者が飲めばひと口含んだ

だけで目眩とたちくらみに襲われ、とうてい

飲むことは出来ない代物であった。


カール子爵は二十歳の誕生日を迎えても

この酒を口にすることが出来ずにいた。


いよいよ父である公爵は呆れ返り、まだ

幼い第二子に期待を寄せるようになる。


カール子爵は家来達にも冷たい視線を投げ

かけられるようになり、そんなときに

出会ったのが新しくやってきた侍女の

ミモザであった。


彼女も詩や朗読が好きで、子爵とは二人で

花を摘みに出掛けたり、詩を読みあったり

した。


ミモザこそが自らの生まれてきた理由だ。

子爵は日々そう思っていた。


そして今より数ヶ月前、寒い季節が過ぎ

新芽の季節が訪れる頃、二人は公爵に結婚を

願い出たのである。


しかし子爵は未だ一人前と認められぬ身、

そしてミモザの侍女という身分を理由に

公爵は反対した。


ミモザは職を解かれ城を出ることになった。

そして、このときミモザは妊娠していた。


だが、彼女がそのことをカール公子や公爵に

伝えることは無かった。


腹の子の父親はカール子爵に他なかった。


つまりは滝の一族の血をつなぐ、尊いわ子で

ある。


山城を出る前に、体調の優れぬミモザを診察

した医師だけが彼女の妊娠に気づいていた。


そしてミモザが去ったあとに、事情を知らぬ

医師は世間話のつもりで彼女の妊娠を山城の

中枢の者に話してしまった。


そして今、彼らは血眼になりミモザの行方を

探しているのだ。




「滝の一族の高貴な血を継ぐ子ども。

 それが手に入れば我が国にとって最強の

 手札になるでありましょう?」


リオネルが舌舐めずりするような猫なで声で

話を続ける。


「我らが国王はあの通り、この問題には

 無関心のようでございます。しかし、

 わたくしには理解できかねます」


ビャッコは表情を変えずに淡々と切り返す。


「我らにも理解できかねることがある。

 なぜ滝の彼らは、その問題に気づいたとき

 分族である我々でなく貴女にいち早く相談

 したのだろうか」


リオネルは口元に手を当て、嘲笑うかの如く

目線をビャッコに向けた。


「私は滝の一族に少し縁がありまして。

 意外と、王のお耳にすら入れていない

 情報もあるんですよ」


意外と、がどういうことなのかビャッコには

わからなかった。リオネルは怪訝な顔をする

ビャッコに気づいたのか、声高くけらけらと

笑う。


「だから、ご安心めされよ。

 滝の彼らは貴方達が気にする程、貴方達の

 ことを軽んじているわけではないかと。

 だから、私や彼らを出し抜こうとするなど

 考えてはなりませんよ」


このリオネルの言葉はロウガの堪に触った

らしい。今、ロウガは必死に、拳を突き

上げるのを抑えていた。


ビャッコも背後から沸き上がる弟の怒りを

感じている。


ビャッコはこの場を早く切り上げなくてはと

思い、


「もう少し時間をくれ。探してみせる」


とだけリオネルに答えた。


するとリオネルは途端に、電池が切れたかの

ように笑みを消し、代わりに冷たい視線で

低い声を発した。


「そろそろ、子は生まれる頃であろう。

 何としても、我らが手元に」


その後、二人は王宮を後にした。

外に出ると、太陽が頭上に昇っていた。

二人は、随分と長い間太陽の光を浴びていな

かったような気がした。


ロウガは暗い表情をしている。


「兄上、王宮側は子を手元に置いて滝の

 一族を操るつもりです。サルバト公爵に

 報告すべきでは?」


「そんなこと、滝の一族の彼らは

 お見通しだろう」


ビャッコは続ける。


「それに結局操るのは、彼らの方さ」


ロウガはどういうことなのか聞こうとした。

しかし兄ビャッコの疲れた表情を見て、

咄嗟にやめることにしたのである。

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