四十四.公爵の目的
「助かったよ、シルクス!
リオネルさんとヴィヴィアン教授は?」
シルクスは鉱山の火を避け、旋回しながら
山間を上昇していく。
「無事だ。ラウルスを寄越したから
二人はそっちに乗せた。
今頃ニレの屋敷に向かっているだろう」
シルクスの言葉がふと、
ハクアの耳に引っかかる。
「ラウルスを寄越した?
どうやって呼んだの?」
「電磁波を飛ばしたのだ」
ハクアはまたシルクスが冗談を飛ばすのか
と思い、怪訝な顔をする。
「??
電波なこと言わないでよ」
だがシルクスは真面目顔だ。
「だがお陰でもの凄く疲れた。
ぎりぎりの距離だった。
やはり遠距離は疲れる」
ハクアに理解できない話をしては
大猫はため息をつき、それ以上
何も語らずに黙々と空を飛び始めた。
駐屯所からは鉱山の方へわらわらと
向かう軍人達が見える。
「父さん、行かなくていいの?」
「今あそこに向かえばややこしい。
それに私も少し疲れたのでな。
なに、明日にでも顔を出すさ」
ビャッコは膝をさすり、シルクスさながら
ため息をついた。
帰宅後、ニレの屋敷にて。
カズラはビャッコと馴染みの医師を密かに
呼び寄せ、ヴィヴィアンを介抱させていた。
渦中の人物であるヴィヴィアンを病院に
連れて行っては騒ぎになると思った
カズラの咄嗟の判断である。
ビャッコはそれにうむうむとしながら
妻に、二人を一泊させてやるように
付け加えておいた。
医師曰く、リオネルは睡眠薬を打たれ
気絶したのだろう、とのこと。
だが健康状態は決して悪いわけではなく、
薬を打たれたのは恐らくここ数時間以内
だろうとの見立てであった。
だがヴィヴィアンが失踪した日から、
このとき一か月弱が経とうとしていた。
その間、彼女はどうしていたのだろうか。
座敷で横たわる姉ヴィヴィアンの傍らで
妹リオネルは心配げに見守っている。
医師は去り際、ビャッコの足を一目見るなり、
「これを貼って静養されてください」
と湿布を渡し、静かに去って行くのだった。
翌明け方。ヴィヴィアンが目を覚ましたとの
リオネルの知らせで、戦いの興奮からか
あまり寝つけなかったビャッコとハクアは
すぐさま客間に姿を見せた。
ヴィヴィアンは客用の寝間着姿で起き上り、
畳の上に正座している。
その横には彼女らが昨晩使用したであろう、
客用の布団が二組。
ヴィヴィアンの使用した布団は掛布団から
敷布団のシーツに至るまで折り目正しく
きちんと畳まれている。
対して妹リオネルの使用した布団は。
どういう訳か雪だるまの形となっていた。
布団とシーツが大小の球体となり、それらが
二つ重なった頂きにはバケツの帽子さながら
赤い枕が縦にちょこんと置かれている。
「どうやったらこんな風になるんですか?」
ハクアは珍しげにリオネルの布団を眺める。
「私は昔から不器用でして」
リオネルはじとりと睨むも、
ハクアはさらりと返す。
「ある意味もの凄く器用です」
だが返ってくるのは無言の圧。
「……」
「……」
冷ややかな真顔にハクアはたじろぎ、
「すみませんでした」
と結局縮こまるのであった。
ヴィヴィアンとリオネルは佇まいを正し、
ビャッコとハクアに向き直る。
「昨夜はお救い頂き、有難うございました」
ビャッコはいつものごとく
「いや、私は何も。
妹君が私を動かしたのだ。なあ?」
と謙遜し、話をリオネルに振る。
「姉様は失踪する直前、アンスル助手が
何か不審だと私に言っていたのです。
ですがそれを言っても今の国の状況では
誰も信じる人などいなかったでしょう。
毒騒ぎの黒幕は、鉱山の所有者である
コノクロ大臣だと皆思っていましたから。
ですがビャッコ殿だけは私の話を
受け入れてくださった」
再びヴィヴィアンが話し手へと戻り。
「私は、自身の研究室でアンスルに薬を
かがされ、気が付けば滝の一族の
隠れ家らしき場所にいました。
救出までの間、私がどうしていたか。
一族の研究に参加しないかと、半ば
脅迫めいた誘いを受けておりました」
女史はその髪色と同じく
漆黒のまつ毛を臥せる。
「ですがビャッコ様達がアンスルの行いを
突き止めてくださりました。
鉱山の秘密が漏れると心配した彼らは、
首を縦に振らない私をとうとう邪魔と思い
爆破に乗じて始末する所だったようです」
ビャッコは女史をねぎらうような表情を
見せつつ、姿勢を正すと本題に入った。
「では、アンスルと滝の一族が行っていた、
あの泉の毒を用いた研究がどのようなもの
であるのか教授はご存知なので?」
ヴィヴィアンは固く頷く。
「ええ、私の持ち合わせていた情報に加え、
鎌を持ったお喋りな兵士が事細かに教えて
くれましたから。
滝の一族サルバト公爵が目指したこと、
それは弱体化しつつある主家の再生。
その為に公爵が選んだ方法は、アンスルの
発見した毒泉の細菌、『イルミナージュ・
スティック』を用いて薬を作ることです。
なぜ薬か?
それは、彼らが欲しくて堪らない力を
その体に取り込むことが可能だからです。
どんな薬か?
それは簡単に言えば遺伝子改造エキス、
または人体改造エキス。
そしてそれは、先日ついに完成しました。
それは何をもって完成、と言えるのか?
……詳細をお聞きになりますか?
それには相応の覚悟が必要かと思います」
「構いません、続けてください」
ビャッコは腕組みし、頷く。
彼はまだ少年のハクアが隣にいる事を忘れ、
女史の話に傾聴していた。
ハクアはただ固唾を飲むばかりであった。




