四十三.脱出
「やめろ!」
ハクアはシルクスに銃を向ける男の懐に
無我夢中で飛び込み、足を踏ん張ると
刀を真一文字に振り払った。
男が怯んだその隙を見て、リオネル達
姉妹を乗せた大猫は天窓のような
抜け穴から飛び立つ。
男の胴は間一髪で刃を避け、
払った刀は男の右手を掠めたのみ。
だがその手に携えられた銃身に切先が
当たり、ハクアが刀を振り切ると同時に
男の手から銃が弾き飛ばされる。
「うわ! 威力が違うね!」
ハクアは弾け飛んだ銃を上手く
キャッチしつつも、当の本人が
一番に驚いている様であった。
「本物の刀だ。むやみに振り回すな。
……だが切先が当たったのみ。
父さんならばきちんと刃筋を通し、
銃身を弾き飛ばすどころか
真っ二つにしてやるがな!」
そう言うビャッコはにやりと笑い、
「すまないがしばし負担をかける。
耐えてくれよ」
と古傷が疼き始めた自身の膝に語りかけた。
そしてもう片方の手でも鎖を引き始める。
そのまま鎌男を自身に寄せるか、と思いきや
「いや、時間がないな」
と呟き、ビャッコは鎌男に向かい突進した。
鎖鎌で繋がったままの状態の二人。
刀で猛攻をかけ始めるビャッコと、
鎌でそれを防ぐ鎌男。
刀と鎌が鬩ぎ合い、時に火花が散る。
だがその勝敗はすぐに決まった。
男が真上から鎌を振り上げた刹那。
ビャッコの目の端がキラリと光る。
ビャッコは大きく片足で踏み込むと
その愛刀をまずはやや斜め上に向かわせ。
男が鎌を握る手からのぞく柄の下側を――。
鎖を繋げた部位をスパッと切り落とし。
さらに折り返す刀で柄の上側を――、
鎌刃の根元をこれまたスパン! と断つ。
刃と鎖がガチャガチャと音を立て、
地に転がっていく。
男の手に残されたのはただの棒と化した
柄一本のみ。だがその棒の切り口は
凄まじく滑らかで美しいものだった。
「これが刃筋を通すということ」
ビャッコは残心しつつ、静かに物言う。
男は青ざめ、落ちた鎌を一点に見つめ
ただ突っ立っている。
――戦意は削いだか。
ビャッコは手首に巻き付いていた鎖を
ゆるりと外し、刀を鞘に納める。
「どうする、カマ男よ」
ビャッコの呼び掛けでようやく気を
取り戻した鎌男はハッとするも、
「カマオじゃねえ!
俺の名はカルオだ!」
と不快だとばかりに喚いた。
「一字違いだからって名乗るなよ!」
小銃を奪われた男が突っ込むも虚しく、
鎌男――、カルオはどういう訳か突然
うるうると涙ぐみながら語りだした。
「……農民の俺は通常ならば一歩兵。
だがサルバト様はこの草刈り鎌で
一気に稲を刈り取る俺を見て、
ぜひ精鋭兵にと推してくだすった!
欲しいのは金だけじゃねえ!
受けた御恩は忘れねえ!
いいかお前ら覚えていろよ!
俺達滝の一族隠密部隊!」
「稲も刈るし口も軽い。
だからカル男なのか」
冷静に分析するハクア。
カルオは何やらポーズをキメると
鎌を拾い上げ、走り出す。
そしてビャッコの方へ向かってくるのか
と思いきや、くるりと方向転換し。
洞窟の壁を器用に、だが素早くよじ登り
天井の抜け穴へと向かい出した。
「奴ら、逃げる気か……!
爆発が近いのかもしれん。
ハクア、私達も早く去ろう!」
ハクア達もはすぐさま洞窟を後にするべく
来た道を引き返した。
現坑道まで戻って来たとき、
鉱山のどこかで地鳴りが聞こえた。
「あの男達、他にも爆弾を仕掛けたのかも。
洞窟で、ここが最後だって言ってた」
「なんと! とにかく急がねば!」
全速力に全速力を加え、ビャッコは最終的に
ハクアを抱えて坑道の螺旋道を駆け上がって
いく。後ろから一つ、また一つと地鳴りが
聞こえてきた。
その次に続いたのは、はっきりとした爆音。
音の大きさから察するに先程より近い。
さらに少し離れた場所から、もう一発。
――あの洞窟はすでに爆発してしまったか。
ハクアはふと坑道内を振り返る。
天井はミシミシ音を立て、数秒後には
ついにガラガラと音を立てて岩盤が
崩れ始めた。
――出口まであともう少し。
「うおおおお!」
さらに速度を上げを脱兎の如く様相で
猛走するビャッコ。彼の膝はすでに
音を上げていたが、ここで文字通り
本当に音を上げるわけにはいかない。
前方にうっすらとした明るさが見える。
いよいよ出口がそこまで来ているのだ。
ハクアは少しほっとするが、
ビャッコはヒヤリとする。
ビャッコの目線は走り抜ける路の
小脇にある物体に捉えられていた。
そこにはどこかで見た黒い箱。
先ほどの洞窟で見かけたのと同じ物だ。
――爆弾だ。
「間に合え!」
祈るような気持ちでビャッコは
疾風の如く駆け抜ける。
出口に辿り着くもそこから先は崖。
リフトを使うか、鉄塔を下るか。
「致し方ない!」
ビャッコはハクアを抱え直し、
勢いよくジャンプした。
ハクアの顔から血の気が失せた。
「えええええ!?
飛び降りるの!?」
「問答無用!」
ビャッコの足が地面から離れ、運命は
重力に身を任せるのみとなったとき――。
バサリ、と空に何かが舞う音。
それはハクアの耳にすっかり馴染みとなった
羽音であった。舞い戻ってきたシルクスが
二人の真下へと急降下してきたのだ。
「シルクス様~!」
ハクアは有り難やと大猫に手を合わせる。
ドサリ、と二人がシルクスの背に着地した、
そのとき。
雷かと紛うような爆砕音とともに、
坑道の入口から放出される火炎。
それらは何かの合図となったのだろうか、
直後に次々爆音がこだまする。
そしてついに国の経済を担う鉱山は
崩落を始めたのであった。




