四十二.奇跡の杖
アンスルは興奮気味に説明し始める。
「毒水中には何が含まれていたと思う!?
それは『イルミナージュ・スティック』
という、毒源でありそのルーツは
古代に及ぶと言われる奇跡の細菌!
私はお前達がこの泉を発見するよりも
ずっと前からここを調べていたんだ。
それが何と、毒騒ぎだって?
笑わせてくれるね!」
「イルミナージュ・スティック?
キキョウがフリフリドレスを着て
振り回していそうな棒の名前だ」
ハクアは咄嗟に妹分のことを思い浮かべた。
アンスルはやめてくれとばかりに首を振る。
「魔法少女じゃない!
それが可能にするのは磁性粒子による
『とある遺伝子』の取り込み!
それによって毒は薬ともなり、さらには
人体にさえ組み込める形質転換!
私は発見次第、すぐさま以前から
交流のあったサルバト様にお話をしたよ。
彼は私の研究を後押ししてくださり、
私は密かに、だが確実に人類の叡智を
極めしエキスの開発に成功したのだ!
その暁にサルバト様は、私に爵位まで
お与えくださったのだよ!」
アンスルは言い切るなり
恍惚とした表情を見せる。
ハクアは考えた。
「弱くなったサルバト卿……。
人体に組み込める細菌?
エキスを開発?」
何か人体に作用する未知の薬だろうか。
ハクアは背筋が凍るような思いに駆られる。
「もしかして強くなる薬……、とか?」
アンスルはふん、と胸を張り、鼻息を鳴らす。
その態度は、肯定と取るに十分だった。
「ざまあみろ、ヴィヴィアンめ!
私を使えない奴だと罵り、自慢の
ヒールを投げつけるDV教授め!
私はこれから滝の一族の地で
男爵として生きて行くんだ、うはは!」
アンスルの高笑いが洞窟に響いたそのとき。
パカン! と黒エナメルのヒール靴が
アンスルのこめかみにヒットした。
投げたのはヴィヴィアンの妹、リオネルだ。
「姉の罵りを喜んでいたくせに!
この変態ワカメ科学男!」
「ぐぬう……」
図星だったのか、アンスルは
言葉を返そうとしない。
そのとき滝の兵士側から
一発の銃声が響いた。
残る兵士は二名。
一名の構えた銃口は天に向けられ。
片や一名、鎌男の切っ先はハクア達に。
鎌男は睨みを利かせ、
ぴしゃりとアンスルを諫めた。
「ここまでにしてもらおうか。
アンスル男爵、あまりにも喋りすぎだ」
「男爵、なんていい響き!
だがお前も喋っていただろう」
嬉々としニヤつくアンスルに、
話の見せ場を掠め取られた鎌男は
ハッと小馬鹿にしたように笑う。
「だがもう時間に余裕がないのだ。
忘れたか、爆弾にタイマーを設置したのを」
「ああ!」
思い出したようにアンスルは飛び上がる。
「爆弾だって!?」
ハクアはハッと、男達がここへ来るなり
地面に置いた黒い箱をちらと見る。
――あれが爆弾だろうか。
「じゃあ、有能な科学者男爵はお先に失礼っと」
ひょこひょことアンスルは逃げていくも、
出口にはビャッコとリオネルが通せんぼをする。
アンスルは意外にも素早い動きでフェイントを
かましつつビャッコの脇をすり抜けようとした。
だが今度はそんな男の額にパコン! と
もう片方のヒール靴がクリーンヒットする。
「でかした、リオネル!」
「あのヒール、もう捨てます」
リオネルはげんなりとし、地に転がる
まだ新しいであろう靴を眺める。
ビャッコはスラリと刀身を光らせ、
アンスルに狙いを定める。
峰打ちにするつもりなのだろうか、
彼は刃をくるりと手前に返していた。
だがその攻撃を制したのは
お喋り鎌男であった。
ヒュッと空を切る音とともにビャッコの
元に飛んで来たのは、鎖鎌の分銅。
鎌男はビャッコの手首と刀を鎖で絡め取り、
自身の方へ引き寄せようと力を込める。
ビャッコは思うように刀を振れず、
しかし複雑に絡み、ぎちぎちと手首を締める
その鎖を片手で解きはがすことも叶わない。
彼はつと額に汗を滲ませる。
ハクアは助太刀しようと鎌男の腕に
切りかかるもヒラリとかわされてしまう。
そのときドン! と斜め後ろの小銃男
から発された礫がハクアの頬を掠めた。
「ハクア!」
ビャッコはぎりぎりとその身を引っ張る
鎌男の鎖に耐えながら、もう一手で
懐から銃を取り出し発砲する。
「痛ェっ!」
放った弾は鎌男の肘に命中した。
男が鎖を引く力が少しばかり緩む。
それをビャッコは好機とばかりに
ぐい、と自身の方に引き始めた。
「ようし、今のうち!」
とアンスルは勢いづき、リオネルを
突き飛ばすと洞窟から走り去っていく。
ハクアは小銃男と対峙し、また傍らで
牙をむくシルクスに要請した。
「シルクス!
リオネルさんとヴィヴィアン教授を
ここから連れ出して!」
「あいわかった」
シルクスは頷くと、寝袋からヴィヴィアンの
腕をむんずと銜え、さらにリオネルに言う。
「背に乗れ、艶髪の乙女よ」
「つ、艶髪のおとめ……」
ビャッコは彼女の毒蝮ぶりを知る身として
その呼び方には違和感を感じ得ず、
思わず顔を引きつらせる。
「有難き幸せにござります、シルクス様」
どういう訳かリオネルは少しばかり頬を
赤らめながらシルクスの背に乗りかかる。
「秘密を知った者を逃すか!」
小銃を構えた男はそれを
シルクスの方に向けるのであった。




