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風雲の場所  作者: yunika
第一章
38/79

三十八.ハクアの企み

「ねえ父さん、リオネル次官は

 何を言っていたの?」


リオネルが去った後、会談の内容が

極秘であったことを承知の上、

ハクアは父に尋ねてみた。

ビャッコは当然の様に、


「それは言えん」


と答えを拒む。

それでもハクアは、


「なんで? 

 ヴィヴィアン教授のことなら

 俺にも関係あるはずだ」


と訴えて見せた。

だがビャッコは、


「お前は関わるな」


とだけ短く答える。


曖昧な答えにさらにハクアは食い下がる。


「失踪した原因は俺達にあるのかも。


 リオネルさんは何か知ってるんだよね?

 何で何も教えてくれないのさ。


 真相が分かればテンジャクの退学だって

 ひっくり返るかもしれない」


だがビャッコはハクアに振り返り、

しつこいぞ、というばかりに腰に

手を当て、そして、


「何も言うわけにはいかん。

 お前はすぐ無茶を起こすからな」


とため息交じりに吐くのであった。


それを聞いたハクアはしょんぼりとし、

自室に戻って行く。だがその途中で

にやりと表情を変え、口元を吊り上げた。


「つまり俺が無茶をする

 価値があるってことか」


ハクアは独り呟き、何かひらめいたような、

悪巧みめいた笑みを浮かべるのだった。




ハクアはシルクスに跨がり、

スイレンの上空を飛んでいた。


ハクアは先刻、彼より先に出掛けた

父親の足跡を追うべく、足下を走る

列車を上空から見渡していた。


ふと田園部にあたる方角を見ると、

川沿いで地図を広げた役人と軍人達が

何やら熱心に話し込んでいる。


「蛇行の頂点と合流点が一緒だから

 それをどうするか……」


ハクアはそんな彼らの後ろに降り立ち、

背中からひょっこりと顔を覗かせる。


「何しているんですか?」


背後から突如現れたハクアとシルクスに

彼らはうわっと驚き、


「なんだハクア君か」


と、どういうわけか納得する役人。


「いやちょっとね。

 ヘビ川をまっすぐにすると言っても

 あれこれ問題が出てきてね」


「問題?」


ハクアは深刻な顔をして尋ねた。


ヘビ川はいくつかの河川と合流して

流れを成しているのだが、中心街手前では

『アシ川』と呼ばれる河川と合流している。


役人曰くその合流地点が問題なのだという。


「ヘビ川が大きくうねった頂点に、

 二河川の合流地点があるんだ。


 うねりを平らにするのなら、アシ川を

 ずいぶんと引き伸ばさなくちゃならない。


 人員と資材がもっと必要になるよ」


もはや嘆きたそうな役人を前に、

ハクアは地図を見やる。


「……ふむ。ちょっと待ってて」


と言いシルクスに乗って飛び立ち、上空から

河川の流れを一目見ると再び地に降り立つ。


そして役人の持っていたペンを拝借し、

地図に書き込みを入れ始めた。


「川のこことここを切って、

 ここを繋げればいいよ。


 で、こっちはこっちとくっつける。

 はい、おしまい」


とハクアはさらさらっといとも

簡単そうに纏めてみせた。


ヘビ川に於いては、蛇行のうねりを

始点と終点でぶった切り、直線に流れを

つなげる川を新たに堀る。


うねりに繋がっていたアシ川に於いては

すぐ隣を流れる、緩やかな流線を描く別の

河川、『レム川』へと合流させる。


それがハクアの案であった。


「ああ、その手が……」


と呆気にとられる役人達。


そしてハクアに尋ねる。


「どこでそれを学んだんだい?」


「遠い異国の地で昔々に行われたと、各地の

 郷土史を載せた本に書いてありました」


ハクアはそう言うと役人達にぺこりと

会釈し、再び飛び立った。


「遅い。ミャオミャオちゅるりんが

 売り切れてしまう」


ハクアの下でシルクスが苛立ち気に呟く。


「今日はその用で中心街に来たん

 じゃない。父さんを調べるのさ」


ハクアは真剣な眼差しで、中心街の駅に

入って行く列車を遠くから見つめていた。




そのころ遠く離れた地、滝の一族内で。


一族の主、サルバト公爵は

いつになくピリピリしていた。


公爵は、自らが一族について考えていた。


一族は武芸に至って優れ、他国からの

傭兵要請を度々受け入れてきた。


金を積まれて片一方に支援するときも

あれば、政治的画策の為どちらにも

味方することもあった。


男たちは幼き頃から鍛練を積み、勉学に

向いた者は武器の開発、戦術の研究。


女たちは豊かな作物と水を守り、

または軍事に傾倒する者もいる。


その中でも始祖トージャの直系の子孫は、

誰よりも抜きんでて強くあらねばならない。


トージャが栄光の始まりとして、

彼の遺構であり主家が代々管理を

行ってきた、とある秘蔵酒。


それは山城の地下深くにある蔵に

厳重に保管されていた。


この酒は、十八歳を迎えた滝の戦士に

振る舞われる。酒精度数が大変高い上、

強壮力がとても強く、並大抵の者が

飲んでは酩酊状態に陥る幻の酒。


鍛えられ選ばれた戦士のみが

口に出来る、至高の酒。


だが彼が息子は二十歳を過ぎても、

それを一口も飲めた試しがない。


サルバトは深夜の蔵に、そっと姿を現した。


奥の奥に置かれている、彼の体の

二倍はある大きな甕。


サルバト公は横につけられた

梯子を上り、そっと甕の蓋を開ける。


中には透明な澄み切った酒。


この近辺の高地栽培でとれた穀物と、

山の雪解け水を利用して出来た美味い酒だ。


その中央に何か、どっしりと漬け

置かれた物体がある。


細っこくて、なんだか尖ってもいる。


薄暗くてはっきりと判別付きにくいものの、

それは茶色か黒に近い色をしていた。


「日に日に変色しおる。

 これではただの角だ」


サルバトは悲壮に満ちた声で呟き、

皺の刻まれた老目をしばたかせる。


「これが奴らに知れては大事となる。

 ……もはやお前の力量に頼るしかないのだ」


「わかっております、閣下」


サルバトの苛立ちを受け止める声が

闇から静かに聞こえてきた。


だが公爵は収まらない。

感情に任せ、甕の縁を拳で叩き、

歯を食い縛りうめきに近い声を上げた。


「……銀の角を持つ獣はジオリブ国の

 ニレ家におるという。

 あの刀さえあれば今すぐ赴いてそれを

 切り出してくれようものの!」

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