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風雲の場所  作者: yunika
第一章
30/79

三十.大猫の気性

坑道の中は、山麓で待ち構える軍の物々しさ

とは裏腹に、しんと静まり返っていた。


まだ日中であり、外の光が差し込み明るい

お陰か、はたまた人気がない為か。

そこにコウモリ達の姿はまだ見えない。


だが何処に潜んでいるとも分からぬ

コウモリ達を警戒すべく、なるべく物音を

立てないようにと、ハクアはトロッコを

使わずに歩いて坑道を下りていくことにした。


ハクアはいつコウモリが現れてもいいように

アンスル助手から手渡された、コウモリ避け

装置のスイッチに手をやっていた。


やがてシルクスが破壊した扉の前に辿り着く

手前にて、前方を懐中電灯で照らした

ハクアは愕然とする。


螺旋状に掘り進められた道の天井には、

コウモリの大群が通せんぼをする如く

陣を張り巡らせていたのだ。

これでは確かに採掘作業など到底

出来はしないだろう。


思わず懐中電灯の明かりを、

現実から目を逸らすハクア。


だが勇気を決意に込め、こっそりと

ゆっくりと忍び足で息を潜めながら

歩みを進めてく。


やがて通路に辿り着き、岩の隠し扉を

開ける。すると岩が地面に擦る音に

反応したのか、どこかで羽音が聞こえた。

ハクアは急いで扉を閉め、翼を持つ

大猫がいた洞窟へと向かう。


暗い鉱山内にいてはとてもそう思えなかった

が、時刻はそろそろ真昼だろう。


ようやく辿り着いたシルクスの棲む

洞窟の中は晴れた日のそれ以上に

日の光を感じさせる。


清涼な空気と共に、鳥たちの囀りも

聞こえてくる。

 

「シルクス? いないの?」


そこには生き物の気配も、返事も無かった。


ハクアは磨かれたエメラルドの様に輝く泉に

目を向けると、階段を下りて近づいていく。


水面にはぽこぽこと気泡が現れ、姿こそ

見えないが地中では水の流れる音。


ハクアは水を採取する為にテンジャクの

水筒を開け、毒泉から水をそっと掬った。

もっとべったりと、濃い色味かと思って

いたのだが、少量だと案外透明に近く

さらさらとした水だ。


だがこれだけ泉が濁って見えるとなると、

おそらく底がかなり深いのだろう。

何にせよ、この水筒はもう二度と使えまい。

そう思って瓶の蓋を閉じ、ハクアが

振り向いた時である。


そこにはもう二つ、別の輝きに満ちた

エメラルドが間近に迫っていたのである。


翼を持つ白き大猫の双眸だ。


「や、やあ。シルクス。元気?」


驚きに、危うくハクアは泉に足を滑らせる

所であった。


「その泉に何の用だ」


シルクスはハクアの質問には答えず、

彼の持つ水筒に目線を落とす。


「そんな毒水を土産に持ち帰ろうなど、

 お前はやはり愚か者か」


「違うよ。これで友達を助けられるかも

 しれないんだ。……あと自分も」


ハクアの言い分に応えもせず、シルクスは

ふいと視線を斜めにずらす。


「肩はもういいのか」


どうやらハクアに噛みついた際に出来た傷の

ことを言っているらしい。

ハクアはTシャツの首元を引っ張って

シルクスに傷口を見せた。


「ああ。けっこう深かったみたいだけどね」


「私は手加減というものを知らない。

 その上恐怖を与えることしか知らぬ。

 なのにお前は何故、その傷が癒えたばかりで

 再びここに向かう気になれたのだ」


「……外に軍隊が待ち構えてる。コウモリの

 駆除と、シルクス。君を捕まえる気だ」


シルクスはハクアの深刻な表情に動揺も

見せず、ただ踵を返し、壁から突き出た岩に

勢いをつけてトン、と飛び乗る。


「私が何を食べて生きているか知って

 いるか?」


シルクスは先日と同じ質問を再びハクアに

投げ掛ける。


「ラウルスから、魚って聞いたよ。

 人は食べないって。

 それで、友達と考えたんだ。なんで君が

 わざわざそんなことを言って俺に

 噛みついたのかを」


ハクアは続けた。


「……シルクスは、俺が恐いんでしょ」


先刻、川縁で出会った若い熊の様子を見て

彼ははそう思ったのだ。熊は幸い去ったが、

通常ならばこちらに襲いかかってきても

おかしくはない、あの怯えた目。


それはハクアを攻撃したシルクスの目と

余りにも似ていたのだ。


シルクスはその言葉にしばらく押し黙って

いたが、やがてその重い口を開いた。


「……私は他の獣と違い、人里に下りて

 お前達や家畜を襲うわけでもない上、

 人と縄張り争いをすることもない」


シルクスはこちらを見ずにただ一点を

見つめ、だが語調を段々と強めていく。


「なのにあやつら、私を刀や槍で追いやり、

 脅し、仲間を傷つけたのだ!」


「……それを思い出したんだね。

 人に追いやられたことを、俺と会った

 ときに。だけど何で俺だけ狙ったんだ?」


シルクスは答えず、ただゆっくりと目を

閉じる。ハクアには、その瞼に涙が滲んで

いるようにも見えた。


「……もしかして君を追った、あやつらって、

 俺の祖先の子孫、滝の一族のこと?」


シルクスはゆっくりと、だがはっきりと頷く。


「トージャは良い奴だったが、子孫は私を

 恐れたのだ。ラウルスが懐いている様子を

 見て、お前は奴らと違うのかと思った。

 だが、少し牙を剥いただけで、やはり

 お主の心には私への畏怖が現れた……!!」


ハクアは、大猫に威嚇されたらそりゃ怖い

だろうと思いつつも、シルクスの台詞に

ふと疑問を抱く。


「心が見えるの? どんな風に?」


ハクアはラウルスが己に幻覚を見せたときの

ことを思い出していた。

だがシルクスは、それ以上は何も語りたくは

ない、という風にそっぽを向いてしまう。


ハクアはそんなシルクスに一歩、また一歩と

近寄って行く。


「俺が君のことを恐がったから、

 君も恐くなったんだね」


人の言葉を操ろうとも、その能と性は

獣らしく荒々しく、警戒心の塊。


ハクアはリュックの蓋を開け、ミードから

預かった魚を取り出すと、シルクスの手前に

着地するように上へと放り投げた。


足元に落とされた、未だ新鮮さの残る川魚を

シルクスは手を付けず、ただ見つめている。


「何のつもりだ。

 得心がいったならばその毒を持って

 さっさとこの場所から出て行け。

 さもなければ、私は再びお前を襲うぞ」


「でも俺、君と一緒にここから出て行きたい

 んだ。シルクス、俺と友達になろう」


ハクアのその言葉を聞くなり、シルクスは

ぎょっと目を見開いた。


「友達だと? 訳の分からぬことを言うな!

 お前は私の敵、私はお前の敵だ!」


「でも、ラウルスったら一日中寝てばかり

 でさ。君がいないと腑抜けちゃうみたい」


ハクアはやれやれ、とう風に言った。

当のラウルスはのんべんだらりとして

居ながらも、恐らくシルクスのことを

心配していたのだろうとハクアは

感じていた。


だがそれはシルクスのプライドが傷つくと

思い、決して口にはしなかったのだが。


「それに」


「それに?」


シルクスは耳をぴくりと動かし、

ハクアに言葉の先を促す。


「さっきから君、尻尾がぴーんと立って

 いるよ。

 聞いたことがある。それ、猫が嬉しい

 ときにする仕草だって」


どうやらシルクスは相当な天邪鬼らしい。


シルクスは鬼のような形相で、そのような

ことはない! と自らが尻尾を後ろ足で

押さえつつも、ようやく観念したらしく、


「お前はトージャと似た匂いがする。

 ラウルスと話す姿を見たとき、

 最初のうちにそう思った。

 今改めて、同じ様に思う」


そう告げるとシルクスは川魚を銜え

ふわりと岩場から飛び立ち、

ハクアの傍らに降り立つのであった。




ハクアの先導に、シルクスが後ろから

付いてくる。


大猫の口ならば川魚など一口で食べられそう

であるのだが、何故か彼はそれを律儀に

銜えこんだまま、離そうとも食べようとも

しないでいた。


やがて現坑道へと引き返してくるも、

コウモリ達は彼らの足音に反応し羽音を

立て始めていた。だがシルクスの姿を見た

途端か、それはピタリと静まり返る。


「やっぱり、君はコウモリのボスなの?」


ハクアが声を響かせても、コウモリ達の

様子は変わらない。当のシルクスはにやりと

ハクアを見るも、首を横に振る。


コウモリ達は鉱山で共存するシルクスに

単に慣れているだけなのか。


それともコウモリ達が一方的に、

似た翼を持つ大猫に対して畏敬の念を

抱いているのかは謎であった。


やがて坑道を登りきり、彼らは

光差す出口へと近づいていく。


だがそこに待ち受けていたのは。


目に見える明るさとは

程違ったものであった。


銃を構えた兵士達が、その出口の幅の

分だけ様にずらりと並んでいる。


その後ろからハクア達に向かって、

槍のように飛んできた声。


「この出口から出たければすぐに、

 その珍しい大猫をこちらに引き渡しなさい!

 でないと出してあげませんよ!?」


珍獣シルクスを我が物と欲したコノクロ卿が

こちらに向かい、してやったりと

ほくそ笑んでいたのである。

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