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風雲の場所  作者: yunika
第一章
29/79

二十九.皺皺の男

「また、君ですか。ハクア・ニレ君」


旧坑道に忍び込もうと計っていた事を

気付かれ、観念して駆除関係者の前に

進み出たハクアをコノクロ卿は

意地悪な目でじろりと眺めまわした。


「度々私の息子が面倒をかけまして

 申し訳ありません、大臣」


自身の息子だと気付き駆けつけたビャッコが

ハクアの頭を無理やり手でグイと下げる。


「迷惑をかけているのは息子さんだけでは

 ないようですが」


コノクロ卿がじろりと横目を流す先には、

ハクアだけに責めを負わせまいと陰から

出てきたテンジャクとミードの姿があった。


二人は反抗的な目でコノクロ卿を睨み付け、

それを彼への返事としている。


「見学がしたかっただけです。

 ごめんなさい」


ハクアは二人のそんな様子に冷やりとし、

精一杯申し訳なさげな表情を取り繕う。

少々大袈裟かな、と思いながらもわざと

幼げな声を出してみた結果。


「ふん、まあいいだろう。

 だがこれ以上の邪魔は勘弁してくれ。

 あっちへ行ってろ!」


ハクアの狙った効果があったのか、

ただ興味がないだけなのかは分からないが、

まあいい、らしかった。

 

ビャッコはコノクロ卿にぺこりと頭を下げ、

ハクア達を隅へと連れて行く。


「これ以上面倒は起こすな。

 ただじゃ済まなくなるぞ」


ビャッコは三人にそう言うと、

再び軍人達の輪の中に戻って行った。




「ハクア坊ちゃん、どうしてまた

 あんな事を?」


ビャッコと入れ替わりに彼らの元に

やってきたのは若き軍人、スカイであった。


「大猫に用があるんです。話し合って

 連れ出そうとしたんだけど、大失敗」


ハクアはあーあ、と言いながら

ちらりとスカイを見る。

おそらく歳は十八、十九辺りだろうか。


彼の目尻にはまだ皺もなく、軍人特有の

厳しさ険しさが匂ってこない。

これじゃあ上官に意見するのは無理だな、

とハクアは思いつつ、


「シルクスは危険じゃないんです。

 他の人を見るなり引き返したんだから。


 前に襲われた理由も分かったから、

 俺に任せてほしいのに」


と諦め悪くも、どうにかしてくれ、と

最後の願いを込めてみた。

だがスカイは、


「……うーん、弱ったな」


と首を傾げるだけであった。


 


やがて部隊の指揮官らしき男が

声を張り上げる。


「では、臭気ガスをこれより送り込みます」


それを聞くなりコノクロ卿は一人だけ、

特別頑丈そうな防塵マスクを

そそくさと身に着け始めた。


車両から伸びたホースがクレーンで

持ち上げられ、排気孔が坑道の入口へと

差し込まれる。


ハクアは何か自分が為せることはないか、

焦りを感じながら周囲にキョロキョロと

目線を配っていた。


そのとき、一人の男の声が

見物客から投げかけられる。


「ちょっと、ちょっと!

 それ臭気ガス? 

 マジで臭気ガス!?

 それだけはやめておくんなせえ!」


妙なテンションと共に軍陣に割り込んで

きたのは、波のような皺が入った白衣に

まるで浅瀬に漂うワカメを想わせる髪を

持つ男であった。


一体誰だ、と周りが唖然と固まる中、

テンジャクとミードが男の姿に反応する。


「アンスルさん!」


だがテンジャク達にアンスルと呼ばれた

人物はどうやら彼らに気付いていないらしい。


ズカズカとコノクロ卿へと詰め寄るも、

やがて周囲の人間に制されてもがき始める。


「高学院に毒に詳しい先生がいるって言ったろ?

 その先生の助手を務める人さ」


ミードがハクアに説明する。


「そんな人がなんでここへ?」


アンスルは髪の毛を振り乱しながら

コノクロ卿に向かって熱く語る。


「この山の資源は、何も列車や時計に

 使う鉱石だけではないのです。

 ほら、あの赤土!

 あれには珍しいバクテリアが沢山、

 もう沢山潜んでいるんですからっ!

 私の師匠、ヴィヴィアン女史もびっくりだ。

 

 この場で妙な薬品を、しかもホースで

 大量にぶちまけるなんてぜひとも

 躊躇して頂きたいですねっ!」


湯煙を出す如く、フンッ! と鼻息荒く

アンスルは腕組みし、コノクロ卿を睨み

付ける。だが当の鉱山オーナーである

コノクロ卿は冷たい目で彼を一瞥した。


「おたくらの研究に付き合う気はない。

 そもそも研究が続けられるのは、

 我が鉱山の収穫があってこその

 寄付金によるものです。


 ぐちゃぐちゃ文句を言うんなら、

 費用削減を理事会にて検討致しますよ」


「それは困ります! でも、でもね」


コノクロ卿に言葉で制されるアンスルは

困惑気味に、しかし何とか粘ろうとしている。


そこで話を纏めにかかったのは意外にも、

先ほどハクアの訴えに弱っていたスカイだ。


「では、このハクア少年に総てを任せて

 みてはどうでしょう。

 猫と話がつけられるとか、コウモリを

 追い出せるとか」


アンスルはハクアを一目見るなり、

まるで歌い上げるように、あらまぁ、と

嬌声を上げた。


「君が不思議な生物と対話した少年ですか。

 新聞で見ましたよ! その案、素敵です。

 それならば臭気ガスも要らないですし。

 それにコノクロ大臣も、安全点検の為に

 後程中へ向かわれるでしょう?

 臭気ガスなんて使った後の坑道に入ったら

 いくら防塵マスクをしていても、スーツに

 強烈な臭いが付いちゃいますよ」


コノクロ卿は安全点検になど興味がなかった

のを逆手に取られたか、スーツが気掛かり

だったのか。ぐぬぬ、悔しげに歯ぎしりをする。


だが、やがて何か思い付いたかの様に

にんまりと悪巧み顔で口の端を上げたのだ。


「では、猫を連れてここへ出てきなさい。

 いいね?」


と、ハクアに提案するのであった。


さらには気を取り直したアンスルまでもが、

ニヤニヤとご機嫌な笑いを浮かべて、

何やら見慣れない機械をハクアに渡した。


「これを持って行きなさい。

 コウモリ避けになるから」


ハクアは軍の庇護の元、コウモリのいる

坑道を進むことを予想していたのだが、

どうやら皆の意見は違うらしかった。

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