二十八.不徹底
ラニッジ鉱山周辺の土質は脆く、
山肌が削り取られて谷となった箇所が多い。
ハクア達は鉱山の山腹がよく見渡せるよう、
現場の対岸にある岩の谷間に身を潜めて
様子を窺っていた。
鉱山のリフトがある鉄塔の周りには、
多くの人だかりが出来ている。
コノクロを始めとした政府関係者であろう、
黒や紺のスーツをまとった者。
それに加えこちらが本日の主役であろう、
詰襟の軍服をまとった軍人達。
その中には、先日の鉱山でハクアに
挨拶をしてきたスカイ・ウェラという
若者も見える。
その側には胸に幾つもの勲章を提げた
上官らしき男が、周囲の人間に何やら
指示を飛ばしていた。
彼がおそらく今回の指揮官らしい。
ビャッコの言っていた、コノクロの息が
かかっているという人物だろう。
そしてそのずっと奥では当のビャッコが
険しい表情で腕を組み、同僚達を見守る
姿がちらりと見えた。
さらに彼らの隣には何に使うのか、
消防車に似たホース付きの車両、
クレーンや大砲を搭載した戦車、
そして大猫の捕獲用であろう大きな檻が
控えていた。
ジオリブ国の交通の発展に関して、
鉄道は栄えているが自動車に関しては
余程の大金持ちの特注品か、国家や軍の
関係用にしか作られていない。
それもこれも、総てはラニッジ鉱山で取れる
『銀の花』の取高と配分次第であった故だ。
故にその珍しい光景に、ハクア達も
僅かながら目を奪われる。
駅の周辺やそこから渡された鉄橋の周りには
珍しい獣を一目見ようと、多数の見物人が
押しかけていた。その中の男の子達も、
ハクア達と同じことを思ったのかやはり
車輌を指差し歓声を上げている。
やがて海が二つに割れるように、人だかりの
中心に道が空いた。その空間にはハクアが
先日同じ場所で目にしたような光景が見えて
くる。歩いてくる数人の影と、その中心には
黒く日焼けし、丸々と太った男。この山の
持ち主、コノクロ卿とその取り巻き達だ。
「相変わらず偉そうに。
今日もふんぞり返っているぜ」
ミードもコノクロ卿に気付いたらしく、
ひそかに、だがハッキリと悪態をつく。
「ねえ、あの人達を見て」
テンジャクが指差した先では。
指揮官の近くにいる軍人が何やら車輌から
長太いホースを引っ張ってきている。
ハクアには見慣れない風景だったが、
テンジャクは知り得た経験でもあるのか
ピンと来たようだ。
「煙を出して臭いで追い出す気だ!」
傍に捕獲用であろう大きな檻も寄せられる。
いよいよコウモリの駆除ならびにシルクスの
捕獲作戦が始まろうとしていた。
ハクアはふと思い付き、ちらりと横目で
旧坑道の周りを見た。
そちら側には人ひとり見当たらない。
「俺、あっち側から入ってくるよ。
二人はここにいて」
「ああ。なんかあったらすぐに行くぜ」
ミードは頷いた。
テンジャクも同じ様にしつつ、
「ハクア、これ持って行きなよ。
鉱山の中は駆除薬の嫌な臭いが
充満するかもしれない」
と、ハクアにある物を手渡した。
ハクアが何だろうと手を見てみると、
そこに握らされたのは風邪を引いたときに
付ける白いマスクである。
準備は良い。良いのだが。果たして
普通のマスクで煙の臭いまで防げるかな、と
ハクアは目をぱちくりさせた。
「たまたまだよ。
変装用に持ち歩いているだけだ。
あとこれもどうぞ」
テンジャクはハクアが何を思ったのか察した
らしい。だがその上、目が沁みないようにと
サングラスまでもポケットから取り出した。
「変装用?」
「街では女の子のファンが凄いんだよ、
こいつったらよ」
とミードがからかい気味にテンジャクの髪を
グシャグシャと撫でる。
ハクアは、ああ成る程、と妙に納得する。
そしてサングラスが防煙にどれだけ役に立つ
のか推察はさておきと、それを受け取った。
ハクアは側に控えるラウルスに、こっちに
おいで、と促し、再びその背に乗る。
そして茂みに隠れながら山岳を迂回し、
人々が群がる現坑道のさらに奥を目指した。
「あそこ、登れるかなあ?」
ハクアはラウルスの頭上から前方を指差す。
そこは以前ハクアがよじ登ろうとするも失敗
した、老朽化した鉄塔であった。
それを構成する鉄筋の錆び具合をひと目見る
なり、ラウルスは首を横に振る。
「背負ってなんて無理だよ。
柱が折れるだけじゃ済まない。全壊さ」
「じゃあ直接、山肌を登るっていうのは?」
「それなら出来る」
ラウルスはこくんと頷く。
「じゃあ、それで行こう」
ラウルスはハクアを背負ったまま茂みから
山肌へと大きくジャンプする。
彼らはそこから一気に駆け上がり、
再び飛翔するつもりでいた。
だがどうやら、この状況下に於いてそれは
難題に近い様子である。
今は使われていない坑道とてかつて採掘用に
人の手が入り、開発された山の斜面である。
だが決して登山用に整備された訳ではなく、
どちらかといえば荒々しく削られた斜面。
やがて其処は雨水で風化し、足の引っ掻け所
が無くなる位に滑らかな場となっていた。
おかげでラウルスは足場を掴めず
前後の足をジタバタとさせている。
一瞬のうちに、目に写らぬが如く坑道の
入り口まで上り詰めるつもりであったが
これでは逆に目立ってしまう。
明らかな着地点の見誤りに、しまった、と
ハクアが思った矢先、案の定。
「あそこに誰かいるぞ!」
ハクア達から見て右手に位置する、
現坑道側からの声。
そちらの方向へ振り向かずとも既に
ハクアには分かっていた。見つかった、と。
ハクアは観念し、ラウルスとともに地面へと
降り立ったのだった。




