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風雲の場所  作者: yunika
第一章
27/79

二十七.釣りの成果

翌日、テンジャクやミードと釣りに行こうと

準備をしていたときのことである。

ハクアの寝耳にまさに水、な報せが

飛び込んできた。


なんと、ラニッジ鉱山でコウモリと大猫の

討伐がこれから始まるというのである。


軍の一部隊が指揮を執っているらしく、

ビャッコも様子を見に行くべく早朝から

身支度を整えていた。


「おそらく指揮官はコノクロが懇意にして

 いる人物だ。だがお前の仕出かしたことに

 私も責任を持って見守ろう」


「父さん、シルクス……大猫はどうなるの?」


ハクアはそんな父親の後姿に問いかける。


「わからん。お前に大怪我を負わせた危険な

 獣だ。だが十中八九、珍しさ故に捕獲され

 研究施設に送られるだろうな」


「あの獣、滝の一族の始祖のことを知って

 いたよ。俺達と縁があるって言ってた。

 それなのにいいのかな?」


テンジャク達と計画していた、

シルクスを手懐けてコウモリ達を

坑道から追い出そうという作戦が

台無しになる懸念もハクアの頭にあった。


だが今のハクアはそれ以上に、何故だかは

よく分からないが自分に牙をむいてきた

シルクスの身を案じていたのだ。


ビャッコはハクアにそれ以上返事をしない

ままに、黙々と上着のボタンを閉めている。


それでもハクアは、半ば自分に問いかける

かのように疑問を呈す。


「餌とかあげたらいいんじゃないの? 

 ちょうど今日、テンジャク達と魚釣りに

 行こうって……」


ハクアの続ける言葉にようやくビャッコが

彼に向き直る。だがその剣幕は、おおよそ

子どもを優しく諭し、または返事に応える

ものでは到底なかった。


「一国を担う鉱山が閉じているんだぞ!? 

 ヤンチャを夢見るのも大概にしろ!!」


ビャッコはハクアを苛立ちのままに怒鳴り

つけた。そして壁にかけてあったマントを

乱暴に取ると、それから一言も発さずに家を

後にしたのである。


その様子を静かに見ていた母のカズラが

ハクアのもとにやってくる。


「お父さんは、軍人としてこの国の安全を

 守る立場に居られるのよ。

 それから、コノクロ卿に逐一嫌味を言われ

 ながらも貴方を守る立場にもね。

 そんな顔していないで、気持ちを分かって

 あげなさいな」


そう言ってカズラは自分と瓜二つの、だが

小さくむくれた口元をきゅっとつねった。




――スイレンの街は、その地に大小長短様々な

河川が連なり流れていることからその名が

付けられた。何処の誰が付けたのかは定か

ではないが『水が連なる』という意味らしい。


中心街は巨大な三角州を埋め立てて増岸した

上にあり、その両脇には太い河が一本ずつ

流れている。


それらを上流に向かって辿るとやがて数本、

十数本という河川に出会う。

その幾筋の水流はそれぞれに連なり、重なり

ながらやがて大川となっていく。


ハクア達が住む街のはずれは水源である

山々に近い。その此処彼処では山の湧水が

川となり滝となり、別の川に注ぎ注がれを

繰り返し、中心街へと旅していく情景が

よく見られた。


まだ太陽が頂上の手前にある頃。


そんな山麓を流れる河川敷にハクアと

テンジャク達三人の姿があった。


ビャッコの叱責が功を成してか、シルクスの

餌探しはやめて単なる娯楽としての魚釣りに

彼らはやって来ていた。

が、どうにも納得のいかない表情を浮かべる

ハクアを二人は心配する。


「僕としても残念だよ。

 シルクスみたいな貴重な動物がコノクロの

 手にかかるなんて」


テンジャクは釣針に餌を引っかけながら

ハクアに呟く。

だが肝心の、薄灰色の坊主頭に付いた耳には

その声はどうやら届いていないらしい。


「それなのにいいのかな、か」


ハクアは先刻、自らがビャッコに問いかけた

言葉を自嘲気味に繰り返した。


「あれは自分に尋ねた言葉だったんだ」


「何を一人でブツブツ言ってるんだよ」


大きめの岩に腰掛け、一人高い所から魚を

狙うミードがぶっきらぼうに言葉を放つ。


「もう釣りはやめて、違う所に出掛ける?

 だいぶ釣れたしね」


テンジャクが魚の入った保冷ボックスを

眺める。その中には大人の両手に丁度収まる

位の大きさの川魚が、かれこれ十匹以上は

いそうであった。


「何を食べるか……

 縁があるのにいいのかな……

 見極める……」


だがハクアはまるで独り違う世界に居るかの

ように、上の空で台詞を繰り返す。


台詞の中にはシルクスが洞窟でハクアに

語ったものもあるようだ。


「人間は食べない……

 トージャは恐れなかった……」


そのときハクア達のいる川へ、対岸の茂み

からガサリと音を立てて何かが現れた。


一瞬のうちにハクア達は反応し、身構える。

茂みからひょっこりと顔を出したのは、

大人とも子どもとも判別つかぬ若い熊だった。


「可愛いな。おい、魚を一匹あげようぜ」


ミードは自ら釣った魚を、熊の近くにある

岩場へと投げつけた。

たが若熊はそれに驚き、歯を剥いてミードを

威嚇し始める。


「おい、ミード。

 熊にちょっかい出すと危ないぞ」


テンジャクがミードを諫めた。


「げ。やべえことしちゃったかも」


事の深刻さを理解していないのか、ミードは

ぺろりと舌を出す。テンジャクは呆れつつも

熊を警戒し、どうするべきか頭で考えを

巡らせているようだ。


だがそんな彼らを尻目に、運良くも熊は

そろそろと山の方へと戻って行った。


「あらら。追い払われたと思ったみたい

 だね、どう見ても僕らの方が弱いのに。

 ミード、本当に危険だからもう二度と

 やめてよね」


テンジャクはそう言いながらもう一匹、

熊がいた岩場付近へと魚を投げ、取り分を

追加してやった。


ハクアはその様子を黙って眺めていたのだが

刹那、ある可能性が彼の脳裏に浮かんだ。


「……分かったかも。

 シルクスが言いたかったこと」


突如ぽそりと呟くなり、ハクアは釣り竿を

放り出して一目散に駆け出して行った。




「ラウルス、急いでラニッジ鉱山へ飛んで!」


「そう来ると思ったよ。どうぞ」


家の庭へと駆け込んでくるハクアに、

ラウルスは面倒そうに言いながらも背中を

差し出す。


だがハクアは急に思いついたように、


「あ、ちょっと待って。

 色々持っていくから」


と慌てて方向転換し家の中へと向かった。

それを追うようにテンジャクとミードも

走ってやって来る。


「一体どうしたってんだよ」


「ねえ、それマス? 

 それともシャケ?」


ラウルスは木の葉のような尻尾を振り振り

しながら、ミードが手に持つ保冷ボックスを

キラキラとした眼差しで見つめている。


そんな中ハクアは再び庭に戻ってくるなり、

リュックを背負いラウルスに飛び乗った。


「シルクスを助けに行ってくる。

 きっと俺を待ってるから」


そこへひょっこりとジュラが現れた。

ラウルスを取り囲む様子に何事かとばかりに

彼らを見渡す。


「どうされました」


「えーと、ちょっと散歩に行こうかなって。

 ラウルスをちょっと借りるよ」


シルクスの所へ行くなどと正直に漏らして

しまっては、ビャッコに世話になっている

ジュラは必死で止めるだろう。

故にハクアは言葉を濁した。


「お一人で、ですか?」


「なに言ってんだ、俺達も行くぜ。

 ちょっと野良猫に会いに行くだけだ」


よいこらせ、とハクアの後ろに回るミードも

また、心配するジュラを前に誤魔化すように

返事をする。


ラウルスは驚いてミードを振り返った。


「えっ? 君達も乗るの!? 無茶な……」


「俺達二人で大人一人分、それとハクアで

 子ども一人分だから大丈夫だろうよ」


「うえ~、定員ギリギリだよ」


ラウルスは飛び立つ前から、既にバテたと

言わんばかりに舌を出している。


「ほ~れ、ニジマスだ。頑張れ」


だがミードに魚を差し出されるなり、

喜んでかぶりつくムササビ熊であった。


「シル……猫用にも魚を持って行かないとな」


ミードはボックスから数匹魚を掴むと

氷ごと長靴用のビニール袋に詰め、

残りの魚はジュラに渡した。


「塩焼きで頼む」


ミードは真剣な顔であった。

そこでテンジャクが思い出したように言う。


「そうだ、毒の泉にも立ち寄らないとね。

 水を汲めるように、水筒を空にして

 おかないと」


そう言ってラウルスに口を開けさせると、

自身の水筒からゆっくりと水を流し込んだ。


ラウルスは口が乾いていたのか、ずいぶん

喉越し良さそうに一気に飲み干すと、口の

周りをぺろりと舐め回す。


食糧と水分を補給したラウルスの背に三人が

しっかりと掴まる。

ラウルスが先程、定員ギリギリだと漏らした

ように少し不安定な様子ではあったが。


「じゃあ、行こう!」


ハクアは威勢よく号令をかけた。


だからどこへ行くのです、と問いかける

ジュラの声をよそに三人を乗せたラウルスは

勢いよく駆け出し、やがて山の方へと飛び

立って行くのであった。

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