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風雲の場所  作者: yunika
第一章
25/79

二十五.負った傷の種類

「ハク坊に何をする!」


ジュラがシルクスの顔めがけて鉄爪で

攻撃する。その爪をかわすべく、シルクスは

牙をハクアの肩から離した。


途端に、どくどくとハクアの傷口から

流れ出る血。


叫ぶことでしか、その程度を表せない激痛に

ハクアは顔を歪めていた。

それでもなおハクアに襲い掛かろうとする

シルクスを、ラウルスが必死で止めにかかる。


「やめてよ! 

 おれ、もうしっかりと自分で動くから!」


だがシルクスは唸り声と共に、ラウルスの

懇願を一蹴した。


「聞く耳持たん!」


「何だ、それ! もういい!

 二人とも俺の背中に!」


ラウルスは呆れ果て、ジュラに背中を向けて

低く体勢をとった。


ジュラはハクアを抱えてラウルスの背中に

飛び乗った。

ラウルスは勢いをつけて駆け出すと、青銅の

扉を潜り抜けて現坑道へと飛び出す。


「腑抜けめ……!」


ラウルス達を追うべく、シルクスも扉を

通り抜けようと体を滑り込ませる。


だが、人間には少し大きめ位なその扉は

シルクスの巨体にとって抜けられるか

抜けられないか瀬戸際のサイズだった様だ。


幅を見誤ったのか、我を忘れていたのか。


扉の枠に見事に腹が挟まり、シルクスは

身動きが取れなくなった。


その隙にラウルスは、ジュラとハクアを

乗せた背をムササビの様に拡げ、地面を

蹴って大きく跳ね上がって行く。


その姿はまるで角が生えた熊の頭付きの、

こげ茶色の空飛ぶ絨毯であった。


その様子を鼻に皺を寄せ、般若の如き形相で

悔しげに眺め、敵意を露わにするシルクス。


シルクスは己が挟まった枠を憎らしげに

眺め回すと、体の前方へと力を込めた。


そしてなんと体を挟んだ扉ごと、その巨体で

岩盤を突き破ったのである。


「しゃらくさいわ……!」


まるで狩りをするチーターのように、

だが腹には岩盤からくり貫かれた扉の枠を

ベルトの如く嵌めたまま、全速力で

ラウルス達を追い始めた。


その様子に気付いたラウルスは、

思わず悲鳴を漏らす。


「ひええ、あいつ、体にドアをくっつけた

 まま追いかけてくるよ……!

 だけどあの姿、かっこ悪!」


その言葉が聞こえて気に触ったのか、

シルクスは眉間をぴくりと動かした。


そして腹をぐるりと囲む扉の枠を

前足でむんずと掴むと、力いっぱいに

引きちぎったのである。


「これしきの金属など、このシルクスには

 取るに足らん!」


「ひええ! やばいよ、あいつ!」


自身の発言が火に油を注いだにも関わらず、

ラウルスは再び叫び声を上げた。


「速度を上げろ、ラウルス!」


ジュラの脇には、出血でぐったりとした

ハクアが抱えられていた。


「肺がやられてなければいいのですが……!

 もう少しの辛抱です!」


ジュラの励ます声を聞きながら、ハクアは

ぼんやりとラウルスの背中から見える景色を

ただ眺めていた。


ハクアの傷口にはジュラが施したのだろう、

何か布のようなものが巻きつけられている。


やがて薄暗い坑道の中、ようやく前方に白い

光が見えてきた。出口である。


すると突如ジュラが、彼らの向かう先にある、

何かに気付いた。


「しまった、危ない! 逃げてください!」


ジュラの声が向けられた、その先には

二つの人影が。


そこには、ハクアとジュラを坑道の通路へと

手引きしてくれた親方達、ヒムカとメリザの

姿があった。


「何だ!? あの獣達は!」


「こっちへ来るよ!」


「二人とも、急いでリフトへ!」


驚く二人に、ジュラが逃げるよう指示をする。


だが、二人とも突然の驚きと恐怖で足が

動かない様子であった。


「ラウルス、ハク坊を家に届けてくれ!

 道中、あまり人に見られぬように!」


ジュラはラウルスにそう言い残すと、

彼の背から飛び降り、ヒムカ達を

シルクスから守るべく坑道の出口に

立ち塞がった。


ラウルスは、力が入らないハクアを

振り落さぬように注意を払いながら、

鉱山の斜面を翔んで行く。


ようやく外の空気に触れたハクアであったが、

彼の心の中には悔しさだけがあった。


だが息も絶え絶えに、彼はついに気を失って

しまったのである。




「気付くと病院のベッドの上だったんだ」


ハクアは身に起こった事の経緯を、

テンジャクとミードに話しきった。


彼はラウルスに自宅まで運ばれた後、すぐに

大きな病院で治療、入院していたのだ。


そうする内に高学院が夏休みとなり、報せを

聞いた二人がハクアの元に駆けつけたのだ。


話を静かに聞いていた二人が口を開く。


「それで、ジュラはどうなったの?」


とテンジャク。するとミードが


「俺さっき、門の所でジュラに会ったけど、

 元気そうだったぞ?」


と答えた。


結果、ジュラはあの後無事に帰還していた。

それも、怪我一つなく。


彼に聞けばどうやらシルクスは、ヒムカや

メリザの姿を見ると諦めたように坑道の奥に

引き返して行ったらしい。


「きっと、目当ては俺だったのさ。

 美味しそうだったんだろうな」


ハクアは肩の傷に触れた。

僅かにまだ痛みが残る。


ハクアがこの出来事で負った傷のうち、

肩の他にも自分のしでかしたことへの

反省と痛感、という傷があった。


それに関してはジュラも同様であり、

ミードの言う様に全く元気というわけでは

ないだろう。


直接的には二人の所業ではないのだろうが、

シルクスとの闘いが坑道間をつなぐ通路まで

及んでしまった為に、破壊された青銅の扉。


あれの為す意味は、旧坑道に現れた凶暴な

コウモリの行く手を、採掘作業が行われる

現坑道の手前で遮断することである。


遮断扉が破壊されてしまった今や、現坑道

にも凶暴なコウモリが溢れかえり、鉱山の

採掘作業はストップしてしまったのだ。


後日、怒り狂うコノクロ卿がハクアの

家にやってきて、散々ビャッコに

文句を言って帰った。


確かにハクア達にも責任はある。


だが従業員達からしてみれば、獰猛な動物が

すぐ近くにいたという危険な事実を知り

ゾッとしたか、そのような場所での作業が

中断されてホッとしたかどちらかの様だ。


この出来事は鉱山関係者だけでなく、すぐに

国中に知らされた。

世間では、あのような獣が山中にいては、

元より採掘は危険だっただろうと言う声も

出ていたらしいが、コノクロ卿はその点に

ついて触れなかった。


その後の鉱山の再開については、

コウモリ達の討伐を試みるか、

諦めて坑道を新たに掘るかで

王宮内の意見が分かれているらしい。


因みに親方のメリザやヒムカを始めとした

ラニッジ鉱山の従業員達は、現在別の鉱山で

仕事をしているとのことであった。


そして、ハクアにはもっとゾッとした

ことがあった。


コノクロ卿がこの家の居間で怒りをぶち

まけた後、ハクアの両親にこう言い残して

去って行ったのだ。


「息子さんはあまりにヤンチャが過ぎる。

 彼は、私が理事会の一員を務める学校、

 スカイジオ高学院への入学を希望されて

 いる様ですが、全力で止めさせて頂く!」


と。


テンジャクとミードが、コノクロ卿によって

入学を阻まれようとした際には、国軍の英雄

たるビャッコの推薦状があった。


その為、彼の保証があるならばと他の理事達

の承認を得て無事スカイジオに進学すること

が出来たのだ。


しかし二人を助けたビャッコの推薦状は、

ハクアとの親子間では意味を為さず、

何の手助けにもならない。


「どうするんだ? 

 このままじゃ一緒に学べなくなるよ」


困惑顔のテンジャク。

その隣では、コノクロめ、と悔しげに悪態を

つくミード。

さらにその隣で、もうだめだ、とばかりに

両手で顔を覆うハクア。


が、しかし。


「だけどコノクロに一杯食わせてやれて、

 俺はスカッとしたけどな。

 さて、これからどうやって挽回すべきか

 策を練ろうぜ」


落ち込んだ態度から一変、ミードはニヤつき

始めるのであった。

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