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風雲の場所  作者: yunika
第一章
22/79

二十二.猫かコウモリか

ハクアは木刀を振り、ジュラは拳で彼らに

襲いかかるコウモリを叩き落としている。

 

だが彼らに迫り来るコウモリの軍勢はおよそ

数百匹。二人を爪で引っ掻き、牙で噛みつき

ながら壁際へと押しやる攻勢に為す術も無い

その様子は、まさに多勢に無勢であった。

 

ハクアはありったけの力で木刀を振り回し、

コウモリをなぎ払おうとする。


だがどうしても凸凹のある岩壁へと押し込ま

れた腕では、満足に木刀を振り切ることが

出来ない。ハクアは邪魔だと言わんばかりに

隣の出っ張った岩を肘で押した。


すると、ふとその岩が横にずれたのである。


「え?」


ハクアは気のせいかと思いながらも、自ら

の肘の感触を信じて次は両手で押してみた。

するとハクアの肩くらい迄ある大きさの岩が

みるみると動き、内側へとめり込んでいく。

 

ハクアの防御が無くなった隙を、今だと

ばかりに一気にコウモリ達が押し寄せる。


それでも岩を押すハクアの視線の先には、

なんと人が入れる大きさの洞穴が。


「ジュラ、こっちだ!」


ジュラはコウモリの群れをかき分け

ハクアの元へ進む。


「ここに身を隠せそうだ。体を入れたら

 すぐに中から岩を押し戻そう」


再び木刀でコウモリを払いながらハクアが

示す先の洞穴は、大人二人位がなんとか

屈んで入れる大きさであった。


ハクアとジュラが戻ろうとしていた道には、

コウモリが通せんぼをするように一部の隊が

陣を形成している。


ジュラは頷いた。


「俺が隙を作ります。ハク坊はお先に」


そう言ってジュラは懐から、何かの液体が

入った小瓶を取り出す。


そして自分達とコウモリとの間の地面に、

弧を描くように中身をぶち撒けた。


「何この臭い?」


液体が放つ、鼻孔にまとわりつく慣れない

臭いに、思わずハクアは鼻を手で塞いだ。


「しばし我慢を! さあ、今です!」


そう言ってジュラは液体が巻かれた地面を、

鉄爪で勢いよく引っ掻いた。


起きた摩擦で火花が散る。


その火花は先程の撒かれた液体へと引火し、

一気に立ち昇る炎へと変貌を遂げた。

 

二人とコウモリとの間を、壁となった

炎が隔てる。


「長くは持ちません。さあ、今のうちに」


岩穴へとハクアが先に、続いてジュラが

身を屈めて入る。


そして二人で岩を内側から押し戻すと、

再び洞穴に蓋をした。


「何? さっきの技。初めて見たよ」


暗闇での攻防が身と心に応えたのだろうか、

ハクアは少しばかり強ばった声で訪ねる。


「ただの思いつきです。

 しかし今回はあれで一回きり」


そう言って先程地面に撒いた液体が入って

いた、空の小瓶をハクアに見せる。


「何だったの、その液体は」


小瓶に微かに残る、だが強烈な臭いに

ハクアは顔をしかめて尋ねる。


「ロウガ様の滋養酒にございます。

 お前も飲め、と小瓶に入れて貰ったのを

 すっかり忘れていました」


小瓶で放置されるうちに強烈な臭いになった

のか、はたまた元来そんな臭いを持つ酒で

あったのかはわからない。


だが、二人の緊張をほぐす良い道具には

なった様である。


ハクアの声に柔らかさが戻る。


「さあ、これからどうしようか。

 ていうか懐中電灯落としてきちゃったよ」


「私もです。じっとしている他あるまい」


「あれ? でもジュラの顔は見えてるよ」


ハクアは、岩で締め切った洞窟内は真っ暗

だろうと思っていた。だが確かにお互いの

顔を認識できる程の明るさが、確かにある。


ハクアは辺りをきょろりと見渡した。


そして、彼らが入ってきた場所とは反対側に

ある岩間から白い光が漏れていることに

気付いた。


「なんだろう。ここも動くのかな」


ハクアはその岩を奥へと押してみる。


岩は先程の入り口の岩と同じ位の大きさだ。


彼の予想通りに、その岩はごりごりと音を

立てながら内側にスライドしていく。やがて

人一人通れるくらいの入り口が現れ、二人は

その奥へと身をくぐらせた。


「まさか、隠し通路でしょうか」


彼らが進んだ先には、さらに道が続いている。

光はそちら側から来ているようだ。


二人は先を目指す。


道は曲がりくねり、終点が中々見えない。

だが、やがてそれは現れた。


先を歩むジュラが何度か道を折れた直後、

突然立ち止まったのだ。


「どうしたの?」

「見てください、ハク坊」


目の前に開かれた光景に、ジュラが驚きを

露わにする。


「凄いや……」


ハクアも感嘆とした声を上げ、眼前に広がる

景色をぐるりと見渡した。


先程彼らが身を潜めていた暗く狭い洞穴とは

うって変わって、そこから進んだ先は明るく

開けた場所であった。


天井は外界につながっているのだろうか、

外からの白く清らかな光が溢れ、岩壁からは

水の流れる涼しい音をが聞こえる。


壁は色々な土質が混じっているらしい、

白と赤茶色と黒が斑に合わさり、不思議な

模様を織り成していた。


「ねえ、あれ見て」


彼らが立つ場所はどうやらこの場所の中程に

あるらしい。


足下からは底へ下る坂道が続いており、

その先をハクアは指差した。


そこには、ハクアが見たこともない水の色、

例えるならば孔雀の羽の色に近い、美しい

青の水が漂う泉があった。


「誠に美しい泉ですね」


ジュラが感嘆とする。


「うん、綺麗な色だね。

 でも触ると毒がありそう」


「そう、毒がある」


「美しい物には毒があるとは

 よく言ったもんです」


と、ジュラ。


「だが、毒は薬となることもある」


「!?」


気づかぬ間に二人の他に、誰かが会話に

入っている。男とも女とも付かない声色だ。


あまりの驚きにハクアとジュラは思わず

飛び上がりそうになった。


「誰かいるの!?」


「それはこっちの台詞だ」


そう言いながら声の主は静かに、だが素早く

彼らの目の前に舞い降りて姿を現した。


その途端、ジュラの背中にいるラウルスが

これでもかという位に暴れ出した。


だがそんな事よりもハクアとジュラは、

彼らの目の前に姿を現した『生き物』に目が

釘付けになっていた。


それは、人間ではない。

だが人間の言葉を操っている。

その姿は、人間よりも大きな白い猫。

だが猫でもない。


その背には、先程ひどい目に合わされた

コウモリのそれに似た、体と同じ白い翼。


だがコウモリでもない。


その額には、どこかで見たような、二本の

銀の角。そこまで見てようやくハクアには

ピンときた。


「もしかしてラウルスの友達?」


その生き物は、その言葉を聞くなり豪快に

笑い出した。


大きく開けた口からは鋭い牙が覗いている。


「友達だと!? おかしな事を言う。

 そんな腑抜けた奴の友達なんぞ、

 私はまっぴらごめんだ!」


その生物は続ける。


「我が名はシルクス。

 ラウルスとは同じ種族、親戚のようでは

 あるが、それも今は否定したくなる」


そう言ってシルクスはジュラの背後を

ぐるりと覗き込んだ。


そこには、小刻みに震えるラウルスの姿が。


そして、子どものようなあどけない声で一言、

こう呟いたのである。


「オイラ、このヒト恐いよう」


と。

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