十九.波乱の予感
「おい、小僧!
このお方が誰だか知らないのか!」
「このお方はジオリブ国王の右腕で
あらせられる経済大臣だぞ!」
コノクロ卿の取り巻き達が口々に
ハクアに怒号を浴びせる。
しかしハクアはひるまなかった。
「だって、決められた休憩時間に
きちんと従っているのだから、
問題はないと思います」
コノクロ卿は、わからんやつだとばかりに
ため息を吐き、胸ポケットにしまわれていた
扇子を取り出し顔を仰ぎ始めた。
「この鉱山資源は、ジオリブ国を豊かにする
もの。それに今日この日、私が訪れること
は通達してありましたよ。
いつ来るかと皆さん緊張しているかと
思えばこの有様。まったく締まりがない。
私は昼食も未だ取らず、国の為にあくせく
働いているのだ! 見習ったらどうだ!」
「しかし大臣。
口元に揚げパン粉がついております。
トンカツですか?」
ジュラがここぞとばかりに口を挟む。
「トンカツ?
先ほど食したのは鰻だが……」
そこまで言い終えてコノクロ卿はあっと
口を押さえる。
「この私を罠にかけるとは…!!
お前達、無礼にも程があるぞ!
名を名乗れ!!」
「ハクア・ニレと言います。
こっちはジュラ・グルース」
「ニレ? 何かどこかで聞いたような。
……まあいい! この鉱山で働く以上、
私に逆らうんじゃあないぞ!」
そう言ってコノクロ卿はぷりぷりと
頭から湯気を出す勢いで鉱山の入り口へと
去っていった。
「今日は鉱山の視察に来たらしい。
ま、下っ端の俺たちには関係のない話だが
あの男は常に周りに敬ったりされなければ
満足しねえ野郎だ」
ケッと悪態をつきながらヒムカがそう話す。
するとその横で腕を組み何かを思案していた
若き軍人の男が、あっと声を漏らす。
「ハクア君。ニレってあのニレ!?」
彼のさす、あのニレがどのニレなのか
正確にはわからなかったが、おそらく
言いたいことはこれだろう。
「父の名はビャッコです」
それを聞くなりその若い軍人は白目を
剥いて卒倒し、泡を吹いて真後ろに
倒れてしまったのであった。
小波乱の昼休みも終わり。先ほどの軍人は
シートの上で仰向けに寝かされ、片付けを
終えたティモナが団扇で彼を扇いでいる。
「ねえ、ピンときたよ。
ビャッコ・ニレって国軍の英雄よね。
本当にあんたの父さんなのかい?」
再び作業場で、メリザがハクアに問う。
「そうだよ。
現役は引退して籍だけ置いてるけどね」
「あんたたち、てっきり似てない親子か
兄弟なのかと思っていたよ」
メリザがハクアとジュラを交互に指差す。
「ジュラはうちに弟子入りした門下生さ」
「そうだったのかい。……さっきはティモナを
庇ってくれてありがとうね。
何も反論できなかった自分が情けないよ」
メリザは思わず感情が込み上げたのか、
目頭を抑える。
「あの子の父親は呑んだくれの男でね。
物心がつく前にさっさと別れたのさ。
だから、あたしがもっと強くなくちゃ
いけないってのに」
「メリザ親方は強いと思いますが。
この俺が太刀打ちできそうにもない位」
ジュラはよいしょ、鉱石の積荷をリフトへと
持ち上げながらメリザを振り返る。
「あはは。あのさ。あんた達が怪しい人間で
ないことはわかったよ。でも、もう無断で
旧坑道に入っちゃいけないよ。
あたしからヒムカに話しておくから、
あそこに入れるよう手を打ってやるよ」
ハクアの瞳がパッと輝く。
「鉄塔を登る以外、他に方法があるの?」
「無いわけじゃあないんだ。
だから、今日のところは帰んな。
明日の早朝にもう一度おいでよ」
二人はメリザの言葉を得て、鉱山を後に
することにした。
彼らが駐屯所の前を通り過ぎようとした
とき、慌てた様子で先ほどの若い軍人が
ハクア達の元に駆け寄ってきた。
「ああ、あの! 私はビャッコ将校に憧れて
軍部に入隊したものであります。
名をスカイ・ウェラと申します! 若輩者
でありますが、以後お見知り置きを!!」
「そうなんですね。どうも」
有名な父を持つハクアにとってこのような
風景はよく有ることでる。しかし俺は父さん
じゃないぞ、と心でツッコミを入れながら
ペコリとお辞儀をする。
「お父上に何卒、宜しくお伝えください
ませーー!!」
「よろしく言っておきます」
とハクアは再度お辞儀をした。
その若き軍人、スカイは彼らの後ろ姿を
どこまでも最敬礼で見送っていた。
鉱山駅に差し掛かろうとしたとき、誰かが
数人こちらの方を見ていることに気付いた。
コノクロ卿の一行が待ち構えていたのだ。
「ハクア・ニレ君。
君、英雄ビャッコ殿の一人息子だな!!」
そう言ってニヤリと冷酷な笑いを浮かべ、
「ご友人達にも宜しくお伝えくださいね」
と言い残しその場を去っていった。
――スイレン郊外の家に帰宅後。
ハクアは今日の出来事を夕食の場で父である
ビャッコに報告をした。
コノクロ卿と、彼が話したことについて
話をすると、途端にビャッコは険しく
顔をしかめた。
「お友達に宜しく、だと!?
よくもハクアにそんなことを言えたもの
だな、嫌なやつめ!」
ハクアの前で、こんな風にビャッコが
怒るのは珍しい。
「……どうしたの?」
おそるおそるハクアはビャッコの顔をのぞく。
「怒って当然だ! コノクロ大臣こそが、
奴こそがテンジャクとミードの父上を
国外へと追いやった張本人だからだ!」




