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風雲の場所  作者: yunika
第一章
18/79

十八.五月晴れの昼休み

ハクアとジュラの二人は現坑道への入り口で

ラニッジ鉱山の螺旋状になったトロッコから

運び出されてくる、採掘石が詰められた麻袋

をリフトに乗せる作業をしていた。


リフトの下に降ろされた採掘石は、列車を

用いて鉱山駅から工場と運搬される。

その最終工程を仕切る、はるか目下の地表の

作業場では、ヒムカ親方が周りの作業員や

リフト上めがけて何やら指示を叫んでいた。


ハクア達が行っているのは比較的単純な作業

だが、採掘された袋に詰められまとめられた

鉱石はとても重い。

かなり骨が折れる仕事である。ハクアは汗水

垂らしながらも、子どもながらにきびきびと

与えられた指示をこなしていた。


その様子を横目に感心する人物が一人。

リフト積荷場を仕切る女性親方、メリザだ。


「へえ。中々頑張るじゃないの」


メリザの腕まくりした赤いTシャツからは、

女らしくも筋肉の程よくついた腕が顔を

のぞかせる。


「毎日体を動かしているからね。

 これ位は出来るさ」


子どもでも出来るからとこの作業を与えられ

たものの、やはり常日頃から鍛錬を積んで

いるハクアといえど重い採掘石の塊を延々と

運ぶのはやはり骨が折れる。


彼は口では強がってはいたが、すでに腹の虫

が先程から音をあげていた。

そしてそんなハクアの隣では。


「心頭滅却すれば、火もまた涼し……!!

 心頭滅却すれば……!!

 火も、また涼しィ……!!」


先刻から念仏のように呟いているのは、

放心状態の獣を背負った男、ジュラだ。

標高の高い山上とはいえ、力を使い体を

動かすその身はすでに燃焼体。

彼のこめかみからは滝のような汗が垂れて

いる。


「あのさあ。

 あんた、それ外せばいいんじゃないの?

 見てるこっちも暑苦しいったらないよ」


メリザはジュラの背にいるラウルスを差し、

タバコの煙を外に向かって吐く。


「出来ることなら私もそうしたい。

 だが彼を置いていくわけにもいかず」


真剣なジュラだが、事情を知らぬメリザは

少しばかり困惑気味だ。


「ぬいぐるみ好きの男も悪くないが、ずっと

 くっついてんじゃ女が出来ないよ」


「ぬいぐるみじゃないよ。

 これ、れっきとした生物なんです。自分で

 動く気ないらしいけど。

 それを解決する方法があるんじゃないかと

 思って俺達ここへ来たんです」


ハクアはそう言いつつ、


「あれっ。

 これって人に言ってもいいんだっけ」


と慌ててジュラを仰いだ。


「大抵の人は冗談だと思うだけでしょうから

 特に構いません」


「ちょっとちょっと、冗談なの、本当なの。

 どっちさ」


そうメリザは言い咥えていたタバコを地面に

吐き捨て、足で火を消した。


二人は同時に手を止め、メリザを振り返る。

そして、


「至極真面目なり」


と己の掌を握り拳で打ち、ポーズを取って

みせた。

二人は意外とこの作業場状況を楽しんでいる

らしい。


そんな二人に、メリザは半ば呆れたように

笑い出す。


「おかしな二人組だね。

 もしかしてここへ来たわけは本当に鉱石

 目当てじゃないってわけかい」


「そうだよ。旧坑道に行きたいんだけどな。

 リフトも使えないし鉄塔は錆びてて登れ

 ないし」


「そりゃ困ったね。

 ……さて、昼休憩にするよ。

 飯の用意があるからついといで」


三人は作業を止め、リフトを使って地表に

降りる。そしてヒムカ親分とその手下達と

ともに昼食を世話になった。


どこから持ってきたのか、ピクニックに

持っていくようなカラフルなシートが、

ごつごつした岩肌の地面に広げられている。

 

シート上にはスープが入った大きなポットが

数瓶、その隣には銀の平たいバットの上に

薄くスライスされたライ麦のパンとトマト、

レタス、フライドフィッシュやベーコンが

数種類のソースと共に並べられていた。


どうやらセルフサービスで作るサンドイッチ

の具材らしい。

ハクアはヒムカ達の見よう見まねに、パンを

手に取り好みの具材を挟んで頬張った。


「うん、美味しい! すごく美味しい」


ハクアは頬を一杯に膨らませながらモゴモゴ

呟いた。

髪の薄い灰色と相まってその様相はまるで、

頬袋にありったけの種を詰め込んだ

ジャンガリアンハムスターのごとくである。


「そうかい。たんと食べな」


そう言ってメリザは景気よく笑いながら、

ジュラとハクアに運んできたスープカップを

手渡した。


やがてシートには駐屯所にいた軍人達も、

どれどれと顔を見せにやって来る。

ヒムカは手ずからパンに具とソースを挟んで

彼らに手渡している。

ハクアはそんなヒムカに尋ねた。


「ヒムカ親方。

 これ、誰が用意してくれたんですか?」


「ぜーんぶメリザの娘、ティモナの

 お手製さ」


ヒムカがそういって親指で指した先には、

シートの端席にちょこんと座り、ポット

から次々とカップにスープを注ぐ女の子の

姿があった。


彼女がティモナらしい。

ハクアと同じ年頃のような子だ。

しかしティモナはハクアと目が合うと、

恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。


そんな恥ずかしがりな少女によって作られた

スープは、野菜や豆が沢山入った温かい

ミネストローネであった。


ヒムカはそのスープを旨そうにすすり、

ティモナの事をハクアに話す。


「あの子は将来料理人になりたいんだと。

 その修行の一貫で、皆で飯代を出し合った

 分で、こうやって毎日色々と作ってきて

 くれんのさ。

 本当に旨いから、俺達は毎度の昼休憩を

 楽しみにしてるのさ」


ティモナの母であるメリザもどこか誇らしげ

だ。


「毎日、何をこさえようかと考えあぐねて

 楽しそうだよ。

 ……あの子の夢を叶えてやるために、

 私も頑張らなくっちゃね」


「しかしティモナが料理人になってここに

 来られなくなったら、昼休憩の楽しみが

 なくなっちまうな。

 そのときはメリザ、おめえが作ってくれ」


ヒムカの提案にメリザの部下が慌てて首を

横に振る。


「ダメダメ、この人卵も焼けないから。

 反面教師のこの母にしてティモナの腕あり

 なんだよ」


部下のからかい草にメリザは拳を振り上げ、

いきり立つ。


「そんなにあたしの料理に興味があるなら、

 明日の昼食はあたしが作ってやるよ!」


部下の男はわざとらしく目を向きおののいて

見せる。一同にどっと笑いが起こった。


すると、突然、一人の作業員が駅の方角を

見ていて何かに気づき、慌てた様子を

見せる。

そしてヒムカ達に向かって潜め声を出した。


「来たぞ。大臣どのだ」


するとヒムカもメリザも、その場にいる

全員が食事をするのをピタリと止め、即座に

立ち上がって手を横にピタリとつける。


思わずの出来事に、ハクアとジュラもそれに

従った。


彼らの視線の先には、駅の方向にある鉄橋

から誰かが歩いて近づいてくる人影、

それも数人分のものがあった。


しかし中心にいる人物は明らかに一人、

ずいぶんと身分の高そうな身なりをしていて

周りとは違う雰囲気をまとっている。


横にいるメリザがこっそりとハクアに、


「この鉱山を所有してる偉い大臣だよ」


と告げた。


その大臣の一行はやがてハクア達が昼食を

取るシートの前までやって来るなり立ち

止まり、作業員達に声を掛けた。


「おや、皆さん。

 今日もご苦労様でございます」


ヒムカが静かに頭を下げる。

周りの作業員達もそれに倣った。


「ご足労頂き、感謝致します。

 コノクロ様」


ヒムカのその静かな口調は、先程までの

威勢の良いものとはまるでうって変わった

ものであった。

豪傑な親方をそうさせる人物は何者なのだ

ろうと思い、ハクアはそっとコノクロと

呼ばれる身分の高そうな男を見上げる。


その男の顔は黒く日焼けし、丸みを帯びて

脂ぎっていた。

そこから下はシワひとつない長袖シャツに、

センターラインがきっちり付けられた

スラックスに身を包んでいる。

 

しかしそのような仕立ての良い服に隠されて

いても彼の丸顔は、ハクアが彼の服下にある

小太りの体系を想像するには十分であった。

そして彼はにこやかに笑ってはいるが、

瞳の奥は笑ってはいないと、またハクアは

感じたのである。


「まだ昼休み中ですか?

 まぁ随分と手が混んでいますな。

 もっと早く食べられるものならば、作業を

 早く再開できましょうに」


そう言ってコノクロ卿はシートに広げられた

サンドイッチバイキングに冷ややかな視線を

投げる。

そして端で気まずそうに俯くティモナに

気付いた。


「ああ、またこの娘の仕業ですか。

 こんなもの、片付けておしまいなさい。

 ここは子どもの遊び場ではありません」


そう言ってコノクロ卿はティモナを睨み

付ける。

ティモナは今にも泣き出しそうだ。

母親であるメリザも反論できず悔しそうに

俯いている。


コノクロ卿はその様子にニヤリと意地悪な

笑いを浮かべた。

そして顎でクイ、とシートを指すと周りを

取り囲む部下達に、その上にある食材を

まるでゴミのように片付けさせ始めたので

ある。


「ちょっと!

 お金は皆が出してるし、まだ休憩時間は

 始まったばかりです」


ハクアはとっさに片付けようとする男達の

手を止めた。ティモナや作業員達を庇う

ハクアに、コノクロ卿の睨み付ける視線が

向けられる。


「何ですかな! あなたは!」


ハクアは少々まずったと思うも、まぁいいか

と後には引かず、後悔も無しであった。


五月雲が広がる青空の下、ハクアは鉱山を

牛耳る男、コノクロ卿と対峙したのである。

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