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風雲の場所  作者: yunika
第一章
14/79

十四.秘密の赤子

滝の一族主家の血を継ぐ赤子、フォルカが

生まれて一ヶ月が経った頃、ビャッコは

ジオリブ国首都スイレンの中心街にある

国営病院にひっそりと姿を現していた。


滝の一族にはミモザは身重のまま亡くなった

と偽っているので娘のフォルカが生まれた事

ももちろん極秘事項である。


政府の中でもこのことを知る人物は少数しか

いない。


ビャッコはガラス張りのエントランスを通り

過ぎ、迷路のような病院内を惑うことなく

進む。


やがて政府要人や国の重要人物が入院する

病棟前に着くと、壁に取り付けられた装置に

政府のIDカードをかざし、通路を塞ぐ扉を

開けた。


病棟内に入るとすぐ、リオネルに知らされた

番号の病室に辿りついた。

だが病室の名札には彼の見慣れない名前が

書かれてある。


――ミミ・ブライダだと?


扉をノックして開け中をそっと覗くと、そこ

には短い黒髪の女とリオネルの姿があった。

見慣れた女高官の存在に、この部屋で合って

いたかとビャッコは安堵するが、すぐに肝心

の赤子はどこだろうと彼は室内を見渡した。


そして信じられないことに無垢であどけない

赤子は陰気で嫌味な女、リオネルの腕に抱か

れていたのである。意外なことに、リオネル

から発せられているとは到底思えない甲高い

裏声で赤子はあやされ、キャッキャと嬉しげ

に声を上げている。


この光景を目にしてビャッコは思わず顔を

ひきつらせたが、気を取り直し黒い短髪の女

に声を掛けた。


「ミモザどのか。

 随分思い切って髪型を変えられたようだ」


そう声を掛けられた黒髪の女、ミモザは自身

の髪に手を触れて、ふふと笑い返す。


「名前も変えたんですよ。

 これからは私をミミと呼んでください」


リオネルから事前にミモザが名前を偽ること

を聞いてはいたが、具体的には知らされて

いなかった。

病室の札に書かれた名前こそが彼女の新しい

名前だったらしい。


ミモザ改め、ミミとなった彼女の笑い顔を

ビャッコはまじまじと見る。

彼女の笑う様子を見るのは初めてだ。

以前、初めて出会ったときよりもずいぶん

心も身体も良好になってきたらしい。


「おかげ様で、私たちは命を助けられただけ

 でなく、新しい人生を歩みだすことが出来

 ました。赤子の娘、フォルカもこの通り

 元気に生まれてきました」


ありがとうございます、と丁重にミモザ――

ミミは頭を下げた。

しかしビャッコは謙遜しかぶりを振る。


「この件では私は何もしていない。

 そなたを見つけただけだ。礼ならリオネル

 に言ってくれ」


事実、そうであった。

ビャッコは彼女の生存を滝の一族に黙ること

はしたが、病院の手配や彼女の生存を偽る為

の風貌や名前を変えるアイディアは全て

リオネルによるものなのである。


それを聞いてリオネルはバツが悪いのか照れ

くさくなったのか、急に仏頂面になり腕の中

のフォルカを無言でビャッコに手渡した。


「赤子は久しぶりだな。

 どれ、この私が笑わせてやろう」


ビャッコはフォルカを抱くなり思わず顔を

綻ばせた。赤子はビャッコの揉み上げを

ジョリジョリと触り、声をあげて喜んだ。


しかしその様子にビャッコはいささか驚く。


「一ヶ月の赤子とはこんなに意識がはっきり

 していただろうか。

 この子は随分と聡いようだ」


その台詞にリオネルがすぐさま反応した。


「まったくその通りです。

 医師の検査によるとこの子は随分と成長が

 早いらしい。

 なんと生後一ヶ月のこの時点で、三ヶ月の

 乳幼児が行える動作基準を全てクリアして

 いるのです」


彼らのやり取りに、一瞬ミミの顔が曇る。


「やはり、滝の一族の主家の血を継ぐ子

 だからでしょうか」


「確かに主家の血を継ぐ者はその身体能力も

 人一倍というが、しかしカール子爵は……」


そこまで言い終えてビャッコは、禁忌の単語

を発してしまったことに気付き言葉を詰まら

せる。彼女の元恋人であり、赤子の父親でも

あり、彼女を何か騙していたらしい男の名を

聞いてミミは今にも泣き出しそうな顔をして

いる。


ビャッコはミミに背中を向け、リオネルに

ひそひそ声で話し掛けた。


「彼女と子爵の間に何があったのか、そなた

 は聞いてはいないのか?」


リオネルも意図を察し声を潜めた。


「ええ。そのことに触れなければ、彼女は

 精神的にも落ち着いている。しかしまだ

 産後の、心身ともに疲れている時期。

 まだ聞き出せる状態にないでしょう」


リオネルはさらに話を続ける。


「そういった訳もありまして子爵からの

 ペンダントのことは渡してもいないし、

 話してもいません。どうかご内密に」


そこまで聞き終えるとビャッコは再び

ミミに笑顔で振り返った。


「そういえば出産の祝いを持ってきたのだ。

 これを受け取ってくれ」


そう言ってビャッコは腕に掛けられた紙袋を

ミミに差し出す。


「ビャッコ様、ありがとうございます」


ミミが頭を下げ、包みを開けるとそこには

薄い桃色の生地に馬車の刺繍がはいった二歳

児用のドレスが入っていた。

ミミは手に取るなり、感嘆とした声を出す。


「なんて可愛らしいドレスを……。

 ありがとうございます」


「仕事仲間の子に渡すと言って、うちの家内

 に選ばせたものだ。うちには男の子しか

 いないもんで、女の子の服を選ぶのはさぞ

 楽しかったらしい」


滝の一族の案件について、今後はロウガや

カズラになるべく関わらせたくないと思い、

ビャッコはミモザ捜索の件を


「済んだ」


とだけ二人に伝えてあった。二人とも何か

重い雰囲気を察したのか、それ以上詮索は

してこなかった。


「奥様にも、どうぞ宜しくお伝えください

 ませ。本当に可愛らしい。

 そうだ、リオネル様もとても素敵なドレス

 をフォルカに贈ってくださったのですよ」


そう言ってミミはベッドの横に置いてある棚

から何やら取り出した。


それは先程と同じく二、三歳児用のドレス。

しかしカズラが選んだそれとは随分趣向が

異なり、真っ白のレースにフリルがふんだん

に使われた、かなりボリュームのあるドレス

であった。

リオネルの毒々しい気配からはこのような

ドレスを選ぶ姿が想像できず、ビャッコは

目が点になる。


「そなた……。

 こんな少女らしい趣味があったのか」


「悪うございますか」


リオネルはその話題に構うなという風に、

いつも以上に白けた目でビャッコを射抜く。

凍りついたつららのごとく態度にも関わらず

案外、この毒蝮のような女高官は女子どもに

優しいのかもしれない。


ビャッコはこれまでのやり取りからそう感じ

始めていた。


その後ミミが疲れないように、二人は早々に

病室を後にした。


「ところで、子爵がよこしたペンダントの

 ことですが」


病室から数歩離れたところで、リオネルが

唐突に声を潜めて語り始めた。


「あれには、位置を追跡する装置が仕掛け

 られていました」

 

ビャッコも驚きを見せつつ、同じく声の調子

を合わせる。


「なに? カール子爵は我々を疑っていたと

 いうのか」


「そのようですね。

 しかし、我々がペンダントを彼女に渡して

 くれるという善意は信じていた模様。

 そこがまた滑稽です」


先程のフォルカをあやしていたときとは別人

のように、リオネルはいつもの毒蝮に戻って

いた。


「その追跡器はどうしたのだ」


「直ちに取り外し、寺院の墓地に埋めてやり

 ましたよ。

 さもミミ殿の亡骸と一緒に埋めたように

 思えるでしょう。彼女には、何か彼らに

 関する後ろ暗いことが見え隠れしている気

 がします。

 あなた様も取扱いにご要心くださいませ」


リオネルはそう言い残すとビャッコに一礼し

病棟を足早に去って行った。


こうしてジオリブ国に匿われた女、ミモザは

ミミと名前を変え風貌を変え、本来滝の一族

のわ子となるべき赤子のフォルカを抱えて

この国で暮らしていくこととなった。

 

そして秘密に守られながら純真無垢な笑い声

を上げる、この世界に産声をあげてまだ間も

ない赤毛のフォルカは、このとき既に類い稀

なる身体能力の片鱗を見せつつあるので

あった。


だが、彼女は未だ知らない。

その力に隠された真実を。

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