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風雲の場所  作者: yunika
第一章
11/79

十一.一族の山城

ミモザの行方を知らせるか否かは、主家への

忠誠に関わる問題だ。今は迷ってはいても、

今に彼らの威厳を前にすればおそらく進言

することになるだろう。

ビャッコは未だ心が晴らせないまま、滝の

一族の地を奥へ奥へと進む。


店や民家が立ち並ぶ路地を通り抜け、

ようやくビャッコの視界が切り開かれた。

眼前には、空を仰ぐほどの高さの真っ白な

岩崖がそびえている。


しかもそれはただの崖ではない。   


ところどころ岩肌には穴が開き、窓のような

穴が幾つも作られている。


中腹に見える小さな洞穴からは、緩やかな

カーブを描いた白い階段がまるでビャッコを

内部へと誘う如く、地に向かい伸びている。


この白い崖こそが、滝の一族の主家が暮らす

山城である。


ビャッコがいざ赴かんと城へ続く階段に近づ

いたとき、数段登った所から見覚えのある

人影がこちらを見ていることに気づいた。


ビャッコはその人物に近づき声をかける。 


「リオネル次官。もうお着きで?」


そこにいたのはジオリブ国政府の高官の女、

リオネルであった。


赤いスーツを纏い長い黒髪を靡かせ、蛇の

ような目つきで薄ら笑いを浮かべている。


「もうお着きもなにも言われた刻に、十分に

 間に合うように来たまで。

 貴方は随分と足取りが重かったようだ」


相変わらず嫌な言い方をする。

ビャッコはそう思うも、反論するも無駄と

悟り言葉少なに彼女を先へと促した。


「行きましょうぞ、彼らがお待ちだ」


白石の階段に案内され、岩肌の影へと二人

の姿が入っていく。

洞穴の日陰に入った途端、もとより冬の

冷えきった空気が一段と肌寒いものへと

変わる。

さらに石段を数歩上ると、そこには革の鎧

に身を包んだ兵士が立っていた。

 

その背後には頑丈そうな、これまた白い岩

で出来た石扉が固く閉ざされている。

すぐ近くの壁には松明が焚かれているが、

ビャッコは微塵も暖かさを感じなかった。


滝の一族の権威を感じるこの場所では、

その炎でさえも冷ややかに自分達を

見下しているように彼は思えたのだ。


「ビャッコ様とリオネル様、お揃い

 ですね。

 どうぞ中へとお入りくださいませ」


兵士はそう言うと石扉にある小窓を開け、

内側にいるものに合図をし、扉についた

ハンドルを回し始めた。

どうやら中の者と外の者が力を合わせねば

扉は開かない仕組みになっているらしい。


重く鈍い音を立て、平らな石の塊が壁の中

へとスライドしていく。


兵士がハンドルを切り終えるのを確認し、

ビャッコとリオネルは扉の奥へと進んだ。


彼らが通過するや否や、今度は内側にいた

兵士が合図をして扉を閉め始める。


やがてずしりと重い音を立て、外界へと

つながる扉は閉じられた。


二人は先ほどと同じような階段を進む。


扉を開け閉めしていた兵士の姿が見えなく

なった途端、リオネルがくすくすと不気味

な笑い声をあげた。


「先ほどはわたくし一人では中に入れて

 くれなかったのですよ。

 彼らはどうやらかなりお怒りのようで」


リオネルは楽しげににやついている。

まるで彼らをあざ笑うかのようだ。

薄暗いこの場では、リオネルの青白い顔は

ますます血色を失ったかのように見えた。


「言葉を慎め」


ビャッコはリオネルを諌めた。

しかし彼女にはまるで届かなったらしく、

鼻で笑って済まされた。


階段がようやく終わりに近づいたとき、

目の前の視界が急に広がった。


岩の洞窟がまるで小さなホールのように

広がっている。

その内部は相変わらず薄暗く、所々松明が

置かれている。


おそらく外から見えた岩肌の穴だろう、

外面の壁の天井に近い位置に彫られた四角い

窓の群からは、陽光が幾つもの筋となって

差し込んでいる。


そして反対の山側に面した壁にも同じ様に、

高い位置にいくつもの四角い穴がある。


だがそこからは光ではなく、代わりに細い

滝が静かに、だが流麗な弧を描きながら

流れていた。


どうやら外からの光線も内壁からの流水も

ホールの中心のとある一点に集まる仕掛け

になっているらしい。


それらの曲線は全て、人が立ち入らないよう

仕切りが施された場所にある、まるで切り株

のような形をした岩へと導かれていた。


その岩の中心には地下へと続くであろう穴が

開いていて、滝水はそこに飲まれるように

流れ込んでいる。


幾多もの白滝と光筋が岩の切り株と結び付く

その様相は、見る者に光と水の枝を持つ大木

を思わせる。


随所に施された松明の灯し火が射光と白糸の

枝木を、より一層幽玄な趣にと醸し出して

いた。


ここを訪れた者で、滝の一族に何のしがらみ

もない純粋な客人はこの光景を目にするなり

きっと、何と風靡な場所であろうと感嘆を

漏らしただろう。


しかしビャッコはこの景色を前にしても固い

表情を崩さずにいた。

その上リオネルに至っては気味の悪いせせら

笑いを浮かべ、挙句の果てに


「わたくし以上に陰気な場所ですね」


と呟いた。

 

そこへ一人の老男がやってくる。

公爵の執事である人物だ。


「公爵様がお待ちでございます。

 どうぞこちらへ」


二人はいよいよ、怒れる公爵の待ち構えるで

あろう玉座へ通されることとなった。


彼らは群青色の絨毯が敷かれた長細い広間へ

と通された。その一番奥に置かれた椅子には

顎髭を生やし、白い絹のローブに身を包んだ

人物が座している。


まとう絹衣の滑らかさとは相反しその肉体は

がっちりと筋肉質で、組んだ腕からは所々

古傷が覗いている。


この人物こそこの地を治める滝の一族の長、

サルバト公爵その人である。


「ご無沙汰しております、公爵どの」


ビャッコは公爵にひざまづくと、恭しく

挨拶を述べた。

隣のリオネルもそれにならう。


しかし公爵はそんな挨拶など聞こえなかった

かのように会釈すらせず、野太い声で話を

切り出した。


「なぜこんなにも時間がかかるのだ。

 例の侍女はそなた達の国に入ったのは確実

 なのだ。

 ……これ以上呆れさせないでもらいたい」


言葉は冷静だがビャッコとリオネルを交互に

見やるその目は、険しく吊り上っている。


やはり、公爵はお怒りのようである。


そして般若のごとく形相の公爵の隣には、

ビャッコには見慣れない若い男が座って

いた。

公爵と同じく白い絹の衣を身に纏っているが

彼と違い、細くしなやかな体つきに光沢の

ある白地がよく似合っている。


玉座に座ることの出来るこの年頃の男という

と、おそらくサルバト公爵の若き嫡男、

カール子爵しかいないだろう。


彼は次期の長となるべき者だが武道も鍛練も

好まない為、その立場を危うくされており、

表の場に姿を現すことは滅多にない。


そして彼はミモザの腹の子の父親でもある。


彼は優しく大人しそうな顔つきをしている

が、その髪は激しく燃える炎のような朱色で

あった。


ビャッコの脳裏でミモザの声が再生される。


――彼は、ずっと私をだましていたのです。


果たして女を騙すような人物なのだろうか。

ビャッコは探るような目で青年を捉えた。


サルバト公爵は隣に座る、自らの子息を二人

に紹介した。


「この者はカール子爵、私の長男である。

 普段はこのような場に出ないのだが、

 今度のことはこやつの不始末によるもの。

 カールよ、この者達に何か言いなさい」


カールの不始末だと? 

ミモザを城から追いやったのは公爵自身で

あろうに。


公爵の言い様が引っ掛かり、ビャッコは

もう少しであからさまに顔をしかめる所で

あった。

 

当のカール子爵は反論すらせず、自信なさげ

に彼の父親である公爵とビャッコ達を交互に

見比べている。

そしてようやく、ミモザの身を心配する言葉

を述べた。


「ミモザはこの地を出る前、体調が悪かった

 と聞いた。その身が心配だ、早く彼女を

 見つけてくれ」


高圧的である公爵と違い、子爵はずいぶんと

腰が低く、頭を下げてビャッコとリオネルに

頼んだ。

ビャッコはその姿に、ミモザ自身が戻らない

と拒むものの、せめて彼女が無事でいたこと

を伝えようかと身を乗り出したそのとき――。


声を発したのはリオネルであった。


「ミモザ様は腹のお子とともに、すでに息を

 引き取られました」


ビャッコは驚いてリオネルの方を振り向く。

どうやらリオネルも、ミモザの行方を知るに

至っていたらしい。


しかし、息を引き取っただと? 

ビャッコはまさか信じられないという表情を

した。


二週間前にビャッコがミモザを発見した際、

確かに彼女はずいぶんと弱っていたが、

パール夫人により手厚い看病を受けていた

はずだ。

あれから体調が悪化したのだろうかと思い、

ビャッコは落胆した。


カール子爵はその言葉を聞くやいなや、呻く

ような小声をあげ、頭を抱えて身を伏せて

しまった。


公爵は目を見開いてリオネルに問う。


「いつの話だ」

「聞いたところによりますと、三週間程前

 であられるとか」


一切の感情を挟まず淡々と女高官は答える。

ビャッコはその言葉にすぐさま無言で反応

した。


――三週間前だと?


彼がミモザに会ったのはたった二週間前だ。

リオネルの話は辻褄が合わない。

彼はリオネルの澄ました横顔をまじまじと

見やった。


リオネルはそんなビャッコの訝る様子に

気づいたのか、横目で彼をちらりと見た。


そして赤い口紅が塗られた唇をにやりと

歪ませ、不気味な笑みを浮かべたので

あった。

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